第5話 初めての江戸ご飯

 私は布団に寝かされていた。

 どうやらここは私の部屋らしい。時代劇の世界だから当たり前に和室で、すごく落ち着く。前の私の部屋は普通にベッドとかある洋室だったから、時代劇好きというのもあって和室にはすごく憧れがあった。畳の香りもさわやかだし、漆塗りの鏡台とか木で出来た高そうな和箪笥なんかも並んでいる、最高の部屋だ。さすが大店の一人娘の部屋。ただ、箱枕はちょっと固い。

 奉公人のみんなが言うには様子がおかしすぎて、本当に強く頭を打ったと思われたらしい。別にどこも痛くないと言っても、さっきお医者さんの往診まで来てしまった。そして、私の思ったとおり、どこも悪くないと言って帰っていった。番頭さんがもっときちんと診てくださいと追いすがっていたが、本当のことなのだから仕方がない。

 おとっつぁんはあれから私を一瞥して、番頭さんに少し話を聞いただけですぐ奥に引っ込んでしまった。


「って、鏡台!」


 目についたものに気付いて、私は布団をはねのけがばっと起き上がる。

 今の私がどんな顔なのかすごく気になる。私はバタバタと鏡台へ向かった。

 あのおとっつぁんに似ていたらどうしようと不安になる。女の子であれはヤバい。

 ご丁寧に鏡にされている蓋を取って、のぞき込む。


「……ふむ」


 思ったより悪くはなかった。おとっつぁん譲りなのは目つきの悪さくらいで、意外と美人だ。顔の形も割と細いし、色白で富士額。悪くない。もしかして、父親似ではなく母親似なのかもしれない。

 そして、やっぱり綺麗な日本髪だ。

 なかなか、いい。


「って、そうじゃなくて!」


 私は誰もいない空間に向かって右手でツッコんでしまう。

 ここが本当に悪徳商人がやっている大店だとしたら、時代劇と言えば勧善懲悪。つまり正義は勝ち、悪は滅びる。


「これは、成敗、されてしまうのでは?」


 店の名前がどう見てもアレで、こういう大店は大体悪徳商人がやっている店として描かれやすくて、おとっつぁんが悪人顔で……。

 それだけで、何も本当にここが悪人の店だと決まったわけではない。しかし、ここまで揃っていると決まりな気もする。


「うーーーむ」

「お嬢様。失礼します」


 一人でうんうん唸っていると襖の外から声がした。女の子の声だ。

 さっきから何か話す度におかしくなったとか言われっぱなしだ。どう答えていいかわからなかったが、とりあえず返事をすることにした。


「はーい、どうぞ」


 返事をすると、襖が開いて大人しくて可愛い感じの女の子が入ってきた。同い年くらいに見える。

 私のことをお嬢様と呼んだから、この子もここの奉公人なのだろう。

 入ってきた女の子はきょろきょろと部屋の中を見回す。


「あの、話し声が聞こえたのですが誰かいらっしゃったのですか?」

「あ」


 どうやらさっきの独り言を聞かれていたらしい。


「あー、ただの独り言だよ。気にしないで」


 あはは、と笑って誤魔化す。そうだった。ここは日本家屋だから現代の建築よりも声が漏れやすい作りになっている。

 独り言を聞かれるのは恥ずかしい。以後、気を付けることにする。

 しかし、同い年くらいの女の子がいるのは嬉しい。ちょっとほっとする。


「は、はあ」


 それなのに何故か女の子の方は腰が引けている。何かまたおかしなことをしてしまったのかもしれない。


「食事をお持ちしたのですが」

「食事! やったぁ。ありがとう!」


 気を取り直したように女の子が言った言葉に、私は思わず身を乗り出す。

 その勢いに驚いたのか、女の子が目を丸くする。


「お加減が悪いと聞いたので、雑炊にしたのですが」


 女の子が布団の横にお膳を置いて、鍋の蓋を開ける。


「わー、いい匂い」


 ふわりと立ち上る湯気の匂いを嗅いだ途端に、お腹が鳴った。

 そういえば転生してから何も食べてなかった。美味しそうな匂いだったからしょうがない。


「それでは、私はこれで」


 女の子は気まずそうに部屋を出て行こうとする。


「ちょっと待って~。一人で食べるのさみしいよ。側にいてくれないかな」

「お嬢様がそうおっしゃるのであれば……」


 思わず引き止めてしまった。本当にこんなところで一人で食べるのはさみしい。いつもなら家族でわいわい食べていた。

 女の子は少し離れたところに座っている。一緒に食べてくれた方が嬉しいのだけれど、あいにくお膳には一人分しか載っていない。

 とりあえず、手を合わせて、


「いただきます」


 を言ってから雑炊を口に運ぶ。


「これ、美味しい! 卵もふわっふわだし!」


 一口食べて、どこかのバラエティー番組みたいになってしまった。なにしろ、あまりに美味しかった。空腹だと何を食べても美味しいとか言うけど、これはそういうことじゃない。本当に美味しい。

 私は夢中で箸を進めてしまった。


「ぷはー、ごちそうさまでした。美味しかった~」

「お粗末様でした」


 手を合わせてごちそうさますると、女の子が初めて笑った。なんだかとても嬉しそうだ。さっきまではあまり表情が変わらなかったのに。

 だから、もしかしてと思った。


「もしかして、あなたが作ったの?」

「はい、そうですが……」

「すごいね! こんな美味しい雑炊が作れるなんて。私、料理なんか全然出来ないのに」

「お嬢様にそんなことはさせられませんっ」


 そういうことではなくて、実際に料理が苦手ということなんだけど説明が難しそうなので止めておく。


「あ、そうだ」

「はい?」


 お腹が落ち着いたところで、気になっていたことを。


「私ってさ、おっかさんに似てるのかな」


 軽く聞いただけなのに、ぴき、と女の子が固まった。聞いてはいけないことだったのだろうか。


「あー、私おとっつぁんにあんまり似てないなーと思って」


 笑って雰囲気を和まそうとするけど女の子は笑わってくれない。

 もしかして私、本当はここの子ではないとか。なんか悪いことに利用される為に連れてこられたとか、そういうことなのだろうか。

 そういえば、ここに来て一回もおっかさんのこと見てない。なんか訳ありなのだろうか。

 首をひねっていたら、女の子が言った。


「私は奥様のことは存じ上げません。奥様はずいぶん前に亡くなったとしか聞いておりませんので」

「……あ。ごめん、変なこと聞いて」

「いえ。あの、お嬢様の様子がおかしいとは聞いていたのですが、もしかして本当に記憶が?」

「そうなんだよ。だから変なこと言ってたらごめんね」

「そ、そんな!」


 変な雰囲気になってしまった。私から切り出してしまったから気まずい。まさか、そんなことになっているとは思っていなかった。

 ここは明るい雰囲気に持っていきたい。


「そういえば、名前まだ聞いてなかったね。きっと前は知ってたのに聞くのも失礼かもだけど教えてもらっていいかな?」

「は、はい。ゆきと申します」

「雪ちゃんね。可愛い名前だね」

 私はにっこり笑う。のだが、心なしか怖がられている気がする。やはりちょっときつめの顔立ちなのがいけないのだろうか。それはどうしようもない。

「そ、そんな。雪で十分です」

「いやいや、せっかく年も近いみたいだし、仲よくしようよ」


 言葉も敬語じゃなくていいとか言いたいけど、他の人に何か言われたら困るのはきっと雪ちゃんの方だから、それは口に出さないでおく。

 雪ちゃんの方も答えにくいのかなかなか口を開いてくれない。どう言ったらいいのだろう。


「無理しなくていいんだけどね、仲良く出来たらいいなって」

「は、はい!」


 なんだか無理矢理答えさせているような気がする。私、そんなに怖いだろうか。

 それにしても、悪徳商人の店でもこんなに普通の女の子も働いているんだな、とかよくわからないことに感心する。時代劇に出てくる悪徳商人は基本あんまり生活感が出ないように描かれているし、実際その場所にいないとわからないものだ。

 雪ちゃんはどうして、こんな店で働いているんだろう。


「そうだ。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい」

「雪ちゃんはさ。私のおとっつぁんのことどう思う? おとっつぁんて、どんな人?」


 私はぐぐっと雪ちゃんに詰め寄る。もしかして顔が怖いだけで普通にいい人という可能性もまだ残っている。

 だが、


「だ、旦那様ですか? それは、あの、とてもよくしていただいております」


 と、おどおどしながら言われても本当なのか嘘なのかわからなくて困ってしまった。

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