第4話 ここが天下の大黒屋
私は政七さんに連れられて、きょろきょろしながら江戸の町を歩いていた。
そして、思った。
どうやら、ここは江戸時代の日本なのではなく時代劇の世界観の江戸らしい。
まず、言葉が通じる。江戸時代なら喋り方も本来違うはずだ。現代と全く同じなはずがない。時代劇でも、ちょっとそれっぽく話しているだけで、話している言葉は当たり前に現代語だ。そこで時代考証を忠実にして江戸の言葉で話されたら、視聴者も何言ってるかわからなくなって面白くない。
岡っ引きも思いっ切り十手を持って走っていた。
髪型はさっきからちらちらと政七さんを見ているが、カツラっぽい境目が無い。時代劇だともみあげのところの地肌とカツラの境目がどうしても隠しきれていないことが多い。そこはさすがに地毛らしい。
が、時代劇の世界だと思った極めつけは、さっき見た姫路城だ。
姫路城。そこはあの上様が出てくる時代劇の聖地。江戸城として撮影に使われているせいで、私の頭の中ではしっかりと江戸城としてインプットされてしまっている。本当の江戸城ではないと知ったときにはかなり衝撃だった。
しかし、ここでは本当にアレが江戸城らしい。
政七さんに先導されて歩きながら私は考える。大江戸八百八町ランドにいたはずなのに、どうしてこんなところにいるのか。
馬に蹴られて死んだ→こっちでは転んで頭打った→なんか別人になってる。
ここから導き出される答えと言えば、私の知っている限りではやはりアレしかない。
『異世界転生』
それも、時代劇の世界に。
それはそれで、悪くない、のか?
などと考えていたら、
「お嬢様、着きましたよ」
「うお! ここが大黒屋!?」
政七さんに声を掛けられて、顔を上げた私は思わず叫んでしまった。
これは……、絵に描いたような時代劇に出てくる
「お嬢様、その言葉遣いは……。はあ、本当に頭の打ち所が悪くて……。旦那様になんと説明すればいいのでしょうか……」
政七さんがため息を吐いている。そんなに変な言葉遣いだろうか。ここが江戸ではなくて時代劇の世界だとすると、現代語を話していてもおかしくはないはずだ。ただし、もっとおしとやかな話し方だった、とか言われたら私には正直無理だ。
それに、旦那様というのは、この世界での私の父親、時代劇風に言えばおとっつぁんなわけで。こんなにびくびくしてるということは怖い人なのかもしれない。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「お早いお帰りで」
のれんをくぐって政七さんが声を掛けると、私の顔を見て店の中にいた奉公人、つまり現代で言うところの従業員たちが深々と頭を下げる。
現代では普通に女子高生していた私には、はもちろんそんなことをされた経験がない。思わず緊張して固まってしまう。
目だけを動かして店内を見ると、奉公人らしき格好をしているけど小学生くらいに見える子もいた。丁稚なのだろうか。この頃の奉公人は十歳くらいからもう働いていたらしい。
その子と目が合う。その子は私のことを見てぺこりとぎこちなく頭を下げた。そして、さっと目を逸らしてしまう。まだ小さいし、慣れていないに違いない。なんとなく今の私と近い立場な気がして、親近感を感じてしまう。
きっと働き出したばかりだ。現代で考えればまだ公園で遊んでるような子どもなのに、もう働いてるなんて偉い。私だって、高校生だったけどまだバイトもしたことが無い。それに比べたらめちゃくちゃすごい。
さっきからこの世界がなんなのか考えながらドッキリの可能性もちょっぴり考えていた。私があまりに時代劇好きだから、それを知っている楓がサプライズとして特別に頼んでくれたとかそういう可能性もアリかと思っていた。
が、私の顔を見て自然に頭を下げてくる人たちを見ると、ここが別の世界なんじゃないかという真実味が湧いてくる。役者さんがやっているのなら、さすがに子どもなんていないと思う。今日は平日だし、小学校も普通にある。
こんなに自然に頭を下げられているということは、私は本当にこの店のお嬢様みたいだ。
しかし、時代劇の世界の大店のお嬢様に転生してしまうなんて、考えようによっては幸運かもしれない。お金もありそうだし、時代劇の世界を満喫しまくれるという素晴らしい展開だ。
それにしても大店のお嬢様とは、こういう時はどうすればいいのだろう。お嬢様の生活なんてそんな細かいことは時代劇では描写されていないからわからない。
こういう時には、最初が肝心だ。
私は息を吸い込んで、
「ただいま帰りましたー!」
とりあえず、大きな声で挨拶した。これで間違いない。挨拶大事。
と、思ったのだが……。私がにっこり笑って挨拶した途端、帳場に座っていた
コントのオチか何かか? と思うような光景が目の前で繰り広げられている。
「ま、政七、お嬢様はどうされたんだい?」
番頭さんがなんとか体勢を立て直すと、ごほんと咳払いして怪訝な顔で政七さんに耳打ちしている。心配されているというより、訝しんでいるように見える。
ちなみに番頭さん、ずっこけるような愉快な人には見えない。割と強面で落ち着いた感じなのだ。年は多分、私の現代での父と同じくらいの四十過ぎくらいのおじさんだ。
番頭さんというのは店の中で店主の次に偉い人のことだ。番頭さんにならないと番台には座れない。そんな人がずっこけるなんて、私がよっぽどおかしなことをした、のだろうか。
私が次に何を言えばいいのか悩んでいると、政七さんが代わりに説明してくれた。
「それが……、あの、私とはぐれている間に道で転ばれてしまったようで。頭を打ってしまったようなんです。それから、ずっとこんな調子で」
「頭を!? お嬢様大丈夫でございますか!?」
「全然大丈夫です! ちょっと擦りむいたくらいで。ほら、これくらい」
「わー! お嬢様! おやめください!」
「今回は往来じゃないですよ」
「往来でなくてもダメものはダメです!」
ここでも着物の裾をまくって見せようしたら、再び政七さんに止められた。番頭さんも気まずそうにそわそわとした様子でそっぽを向いている。
「先程からずっとこのような様子で困っているのです」
「そのようだな。明らかにいつものお嬢様ではなさそうだ」
番頭さんが困惑したように眉間に皺を寄せている。
なんだか店の中に変な空気が流れている。これは、和ませた方がいいだろうか、なんて考えていたら、
「どうしました? 店先で騒々しい」
「あ、旦那様!」
店の奥の方から威厳のある声がして、店先にいた奉公人たちがバッと、そちらの方向に顔を向けた。足音が聞こえてくる。
満を持して重々しく出てきた人の姿を見て、
「~~~~~~~~!?」
私は叫びそうになるのを必死で抑えた。
どこからどう見ても悪徳商人だった。人相が、悪すぎる。どこからどう見ても悪役顔だ。番頭さんも強面だなと思っていたけどそれ以上だ。
まず、目つきが悪い。時代劇特有の悪人ツリ目メイクでもしているのだろうか、というくらい、更には無駄に彫りが深くて、目の下のくぼみもすごいし眉毛が濃い。ずる賢そうないやらしい笑みを浮かべていて、小悪党感も漂っている。しかも、一人だけどこからどう見ても明らかに上質そうな着物着て、いかもに金持ちといった感じの羽織も羽織ってる。これで善人だと思えと言われてもちょっと信じられないくらい、悪徳商人のテンプレ集めてみました! な外見だ。
年も番頭さんより上で私の父親にしては、かなりいっているように見える。けど江戸時代の商人はかなり昇進しないとなかなか結婚を許されないらしいので、婚期が遅れて三十五歳頃にやっと結婚できていたらしい。だから、私の年齢(多分、転生前とあんまり変わらないと思う)を考えると五十を過ぎていてもおかしくない。
だが、今はそんなこと関係ない。どうでもいい。
それよりも、だ。
これは、時代劇的に破滅フラグというやつなのではないだろうか!
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