第3話 後輩くんは、おおかみさん?

 


『この中に押しはあるかな?』


 アイスの写真と一緒に紙ひこうきをキツネ顔の彼氏に飛ばした。


『お勧めはありますか?』


 ぴこん、すぐに返信がやってきた。


『えっとね、私はきなこ黒蜜アイスとほうじ茶アイスを押してるよ! どっちも押しで美味しいから悩んでるとこだよ』


 コンビニのアイス売り場から紙ひこうきを飛ばす。

 優柔不断だから、すっごく悩む……。


『きなこ黒蜜アイス食べたいです。ひと口あげますよ』


 ぴこん、返信がやってきたので確認した途端に、口もとがにやけた。

 キツネ顔の後輩くんは、とっても優しい。どうしよう、好きだ。ありがとうのスタンプをぺたんと押して、うきうきとアイスをレジに持って行った。


 今年の桜は咲くのが早くて、ひらひらと桜が舞い散る。青空みたいな青色のスカートと桜色の花びらが、春風にふわりと揺らされて、私のうきうきもアイスの入った袋と一緒に揺れながらキツネ彼氏さんの家を目指して歩く。


「あれ? こんなところに公園あったかな……?」


 一人暮らしのキツネ後輩くんの家にはサークルメンバーと何度か遊びに行っていて場所も知っているから、駅までお迎えは要らないよ、と言ったのにちょっと迷った気がする……。


 いつもは大学からキツネ後輩くんの家にみんなで向かうから、駅からの道がちょっとあやふやで迷っている気がする……。


 うん、でも、気がするだけだよ? 最後に目的地に到着すれば、それは寄り道だから迷子じゃないと思ってる――そう思っているけど、ぽかぽか陽気の中をアイスを持っていたら溶けちゃうのは困っちゃうなあと青空を仰いだ。




『今、どこですか?』




 助けを呼ぼうとスマホを取り出した途端に、ぴこん、とキツネヒーローから連絡が届いた。


『さくらもち公園です……』


 公園の入り口の言葉をそのまま紙飛行機で飛ばすと、ふるふるスマホが動きはじめた。


「ーー迷子ですよね?」


 おかしそうに声を震わせるキツネヒーローは、電話だといつもより声が低くて、ちょっと意地悪なのに、声を聞いたら安心してしまう。

 どうしよう、好きだ。


、迷子じゃないもん」


 余裕綽々な後輩くんがずるくて。

 告白してきたのはそっちなのに、どんどん好きになってるのは私ばっかりみたいで、ついつい子供みたいな言い方をしてしまう。


「寄り道もいいですけど、それは俺と一緒のときにしてください」

「――うん。ごめんね、ありがとう」


 結局、嬉しくなって口許が緩んでしまう。どうしよう、好きだ。


「さくらもち公園の入り口を背にして、右側の道をまっすぐ歩いて、曲がり角まで戻ってきて下さい」

「うん、わかった!」


 スマホの電話は繋いだままで元来た道を歩いていく。

 ええ、とかへえ、とか優しい相槌に気をよくして、るんるんで話をしていく。どうしよう、好きだ。

 曲がり角に後輩くんを見つけて、アイスの袋ごと手を振った。



「――アイスが溶ける前に会えてよかったです」



 キツネみたいに細い目をもっと細めて笑う後輩くん。

 そんな顔をアイスに見せるなんてずるい。アイスずるいと思います。



「アイスがずるい」



 むうっとして、後輩くん側にいたアイスを愛しのキツネ彼氏から引き離して、むぎゅっとぶつかって、ぎゅっと腕を絡めたら、大きな手で頭をぽんぽんされた。どうしよう、好きだ。

 うん、アイスずるくない。





 後輩くんの家で一緒に見ようといっていたDVD鑑賞が終わり、目の前にはティッシュの山が築かれていた。



「――泣けたねえ」

「これは反則ですね……」



 子供と動物とお使いとか、なにこれ、泣かしにかかってるよね……。

 思い出すとうるうるしてくる瞳を、ぱちぱち瞬きで散らすのに忙しくしていると。



のアイス食べましょうか?」



 ほんのり赤い目の後輩くんがわざと間違えて発音したお土産に口をとがらせる。


「――いじわる」


 余裕たっぷりな後輩彼氏は、やっぱりずるい。

 ぷいっと怒った仮面を身につけると、くつくつ笑いながらキツネ後輩くんが立ち上がり、冷凍庫で冷やしていたお土産のアイスを持ってきてくれる。

 私の大好きなアイスを見せられたら、不機嫌な仮面はどこかに行ってしまう。やっぱりアイスはずるい。



「確かに旨いですね」

「でしょ? 最近この二つばっかり食べてるんだあ」


 きなこ黒蜜アイスとほうじ茶アイスを途中で交換してもらう。

 アーンしてあげよっか、と今度は先輩らしく余裕たっぷりに聞いたら、自分のタイミングで食べた方がアイス旨いでしょと断られてしまった。

 後輩くんは甘いものが好きなんだけど、好きなアイスは聞いたことがなかったなあと思う。



「ねえねえ、なにが好きなの?」



 最後のひと口を口に運ぶ前にキツネさんに聞いてみる。

 彼氏のキツネくんはとっくにアイスを食べ終えて、私が最後のひと口を味わうところを細い目でじっと羨ましそうに見ている。でもあげないのだ。わざと見せつけるように、ぱくんと味わっちゃう先輩な私はずるいのだ。







 いつもより低い声に、アイスを見せびらかし過ぎて怒っちゃったかな、と心臓がびくっと動いた。




「言いにくいんですけど――『推し』はプッシュの押すじゃなくて、推進や推理の『推し』です。推しを押したい感じだったので先輩のこだわりなのかもしれないですけど、この誤字はどっちですか?」


 細い目で告げられた誤字の指摘。


「えっ? あっ、えっと――」


 スマホ画面に映される誤字の『押し』に顔が熱くなっていく。

 うわあ……すごい押し押し書いてる。

 ずっと何か違和感は感じていたのに、キツネ後輩くん以外にも最近のメッセージのやり取りは、ずーーっと押し押し書いてある……。

 コメントに残る押し押しの誤字が恥ずかしくてたまらない。

 よしっ、次から間違えない! 押しじゃなくて、推し! よしっ!




「俺の推し、知りたいですか?」




 百面相を披露していたら今度は優しい声が聞こえてきて。



「うん」

「押していいですか?」



 そんなに推しなアイスがあるんだろうか?

 食べ終えたスプーンもカップも伸びてきた手にひょいと取り上げられる。

 アイスの発表をちゃんと聞くようにってことなのかな、と背筋を伸ばしてうなずいて。




「じゃあ遠慮なく押しますね――」




「えっ?」




 肩をトンっと押されて、気づいたら天井が上に見えて、キツネ彼氏の腕が顔の横にある床ドンになっていた。



「俺の推しを押していいって言いましたよね?」



 目をぱちくりしたあとで、ようやく漢字で頭に伝わるとどうしようもなく恥ずかしくて両手で顔を覆う。

 どうしよう、好き。好き、どうしよう。



「……あのね、好き」

「知ってる」



 クールな言葉も好き。ああ、どうしよう、好き。




「顔、見せて」




 片手で私の両手を頭の上でまとめるようにして縫い留められると細い目に見つめられる。




「俺、オオカミに化けてもいいですか?」




 ニヤリと意地悪そうに口元を上げたキツネ顔の彼氏にこくんと頷いたら、キツネさんの細い目がもっともっと細くなって、とびきり甘く見つめられて。

 この後、オオカミさんに化けたキツネ彼氏さんとアイスが溶けるみたいに甘く過ごしたかどうかは私とオオカミさんの素敵な秘密。



 オオカミに化けたキツネさんが、また化けてしまうのは別のおはなし――。





 おしまい

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