第2話 たぬき顔な先輩

 


『おみあげは何がいいかな?』


 講義中に振動したスマホを確認すると、先輩からのラインだった。

 今頃、鳥取空港の土産売り場でウロウロしているんだろうな。俺のことを考えてくれていると思うと、講義ノートを取るのも苦にならない。


『先輩、ラクダから落ちなくてよかったですね(笑)三色団子がいいです』


 砂丘でラクダに乗るんだよ、とふわふわ話していた先輩を思い出して文字をタップする。

 先輩の運動音痴はなかなか酷い。以前に先輩が大学の階段で滑り落ちて捻挫した時は本当にびびった。ただでさえ目が離せないのに、更に気になって目が離せなくなって、気づけばずっと目で追ってて本当にやばいと思うけど、幸いか不幸か先輩だけは気づいていない。


『イケラクダを選んだからね(笑)捻挫した時はお世話になりました。団子以外にもおみあげ買って行きます……』


 イケラクダってなんなんだ?

 先輩は不思議ちゃんや天然という程じゃないけれど、ちょっと変わってて、一応歳上なんだけど凄くかわいい。


『先輩の守備範囲広いですね(笑)団子だけでいいので、明日食べたいです』


 先輩に早く会いたいと思って文字をタップすると、あっさりスマホ画面が光る。


『じゃあ明日部室に行くね』


 のんびりした文字に少しも異性として意識されていないのを汲み取ると、無性にイラついて意味深な文字をタップした。


『先輩、大切な話があるので二人で会えませんか?』


 既読がついたのに沈黙し始めたスマホに背中にすう、と冷たいものが流れる。これは不味かったかもしれない。さすがに引かれたか……。


『いいよ』


 長い沈黙をやぶって現れた三文字に、知らぬ内に詰めていた息を吐いた。




 先輩の三文字は脈アリな気もしたし、たまたまお土産売り場を巡っていて返信を忘れていた可能性も捨てきれない。

 ああ、どうしたらいいんだと頭を抱えたら講義が終わっていた。



 先輩はモテる。恋人を取っ替え引っ換えしているわけじゃなくて、長く付き合うのだ。先輩の隣は居心地がいいからだと思う。

 先輩が彼氏と別れたら告白しようと思っても全然別れる気配はなくて、不毛な片想いをするくらいならと告白された子と付き合っても直ぐに振られた。


 先輩が好きだと認めたら、あとは先輩の近くにいる努力をした。気持ち悪く思われない程度に時間割を合わせて、サークルの飲み会もさり気なく隣に座る。

 先輩の恋愛対象が歳上だと聞いて絶望したが、そもそも一歳差なんて関係ないだろうと開き直る。


 先輩はたれ目で丸顔で癒し系だ。先輩に癒し系ですよね、と言ったらたぬきっぽいから一緒にいると気が抜けるってよく言われるよとほわあと話していた。

 鼻が低いのを気にしているけれど、小さな鼻は収まりがよくてすごく先輩っぽくて可愛いし、ふわふわした髪は思わずくしゃくしゃに撫でまわしたくなる。

 階段から滑り落ちた時に抱っこしたら、軽くて柔らかくていい匂いがした。困ったような泣きそうな顔は庇護欲を掻き立てる。



 先輩が恋人と別れたと聞いて、チャンスは今しかないと気合いを入れた。




 待ち合わせより早めに部室に着いたら先輩がすでにいた。

 先輩は遅刻はしないけど、ギリギリに来るタイプだ。もしかしたらもしかして――!


「先輩、おはようございます」

「っ! お、おはよう……っ」


 部室の扉をひらいた途端に先輩がそわそわしている。

 初めて見る先輩の姿に口元が緩みそうになるのと戦っていると、先輩がいつもの落ち着きを取り戻してしまった。


「はいこれ、おみあげのお団子だよ」

「ありがとうございます。旨いですよね、ここの団子」

「うん、私も自分の分を買ったよ」


 いつもみたいなやり取りが終わると、急に部室がシン――と静かになった。

 どうしよう、と分かりやすく顔に書いてある先輩を見つめていたら、沈黙に耐えきれなくなった先輩の口が動き始めた。


「あ、あの、大切な話って、なにかな……?」

「ああ。覚えてたんですね――」


 告白しようと思っていたのにサークルメンバーが来てないか扉に顔を向ける。

 もちろん誰も来ない時間だから扉はひらく気配はない。


「先輩、言いにくいんですけど……」

「うっ、うん……」



 行くんだ、俺!



「――『おみあげ』じゃなくて、『おみげ』です。最初は打ち間違えかなと思っていたんですけど、ずっと間違えているので気になって――こういう間違いは、みんなの前で言うことでもないので」



 ああ……俺、なんで誤字の指摘してるんだ?!



「へっ? あっ、そ、そうなんだ?!」

「そうなんです――お土産、有り難くいただきます。これ講義のノートです」

「ああ――うん、ありがとう。コピーしてノート返すね」


 うわ……やっちまった。

 しかも先輩、お土産っておみやげと書くんだあとか思ってるよな。

 絶望したまま先輩の顔を見つめていると、あることに気づいた。



「先輩、いつもと何か違いますね」

「ああ、うん……」



 へにょんと眉を下げた先輩が俺を見る。情けない顔も可愛いんだけど?!



「マスカラ塗ってるからだと思うよ?」



 長いまつ毛を震わせて、うるんだ瞳で見上げるなんて反則だ。なんだこれ、むちゃくちゃ可愛い。



「俺に告白されると思ってですか?」

「へあ?」

「違いましたか?」



 ぶわりと真っ赤に染め上がった先輩が可愛くて、愛おしくて思わず笑ってしまう。

 眩しいものを見た気持ちで先輩をじっと見つめてしまうと、先輩もじいっと見つめ返してきて。



「脈アリってことでいいですよね?」

「へ?」



 先輩の大きなタレ目が何度も瞬くたびに頬の赤みが増していくから。




「好きです、先輩」




 真っ赤な可愛い先輩をサークルメンバーの誰にも見せたくなくて、昼飯食べに行きましょう、と手を差し出してもまだ固まっている先輩。



「俺、彼氏に化けてもいいですか?」



 キツネみたいだねえ、と俺を揶揄う言葉で先輩を揶揄えば、小さな手がおずおず伸びてきて、そっと握ってから小さく小さくこくんと頷いた。



 ようやく彼氏になれた俺が、狼になるのはまた別の話――。





 おしまい

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