後輩くんは、キツネ顔
楠結衣
第1話 後輩くんはキツネ顔
『おみあげは何がいいかな?』
今頃、講義中のキツネ顔の後輩くんにラインを送る。
鳥取旅行中の講義ノートを頼んでいたのだ。
『先輩、ラクダから落ちなくてよかったですね(笑)三色団子がいいです』
ぴこん、すぐに返信が届いた。
砂丘でラクダに乗るんだよと話していたことを覚えていたらしい。大学の階段で滑り落ちて捻挫してキツネ後輩くんに助けてもらった過去を持つ私……。
これは団子以外のものを追加しよう、そうしよう。
『イケラクダを選んだからね(笑)捻挫した時はお世話になりました。団子以外にもおみあげ買って行きます……』
反省を込めてラインを送る。
ラクダの顔が思った以上にイケメンラクダとそうじゃないラクダの境目がはっきりして、お店のおじさんにラクダ指名をしたら笑われた。
いや、でもどうせ乗るならイケメンがいいよね?
『先輩の守備範囲広いですね(笑)団子だけでいいので、明日食べたいです』
キツネ後輩くんは講義が暇なのか返信が早い。明日はバイトも休みだし、講義ノートのコピーを取らせてもらっちゃおう。
『じゃあ明日部室に行くね』
お昼くらいに行こうかなあとのんきに思いながら返信したら、ぴこんと着信音が鳴った。
『先輩、大切な話があるので二人で会えませんか?』
ええっ?!
これは、これは――もしかしなくても、恋の告白なんじゃないだろうか?
後輩くん、私のこと好きだったの?!
『いいよ』
ぷるぷる震える手で送信ボタンを押した。
その後は、もうドキドキが止まらなくて。
キツネ後輩くんを知る友達にも、これは告白だよと囃し立てられた。
キツネ後輩くんはサークルメンバーの一人だ。
サークルメンバーは、みんな仲がいいけれど後輩くんは同じ経済学部で講義もまあまあ被っていて、話す機会は多いかな。一緒に受ける講義もあれば別々に受ける講義もある。一緒にいても気負わないし、歳下の後輩くんを恋愛対象として意識したことはなかったけれど……キツネ顔も嫌いじゃない。
ちょっと目が細いけど、鼻は高くて顎のラインはシュッとしていて、横顔が好みだなあと講義中に思ったのでそのまま伝えてみたら、細いキツネ目がびっくり見開いて可愛かった。
階段から滑り落ちた時もお姫様抱っこじゃなかったけれど、おんぶして連れて行ってくれた背中は温かくて広かったし、大丈夫ですかと聞く声は低音で安心できた。
お礼を言ったら細い目がもっと細くなって、優しく見えるのもよかったかも……。
後輩くんのことを意識したら、途端に、胸がキュンと震えた。
待ち合わせより早めに部室に着いた。
午前中の部室は誰もいない。真面目な学生は講義に出ているし、重役出勤組はこんな早くに大学にいないのだ。
「先輩、おはようございます」
「っ! お、おはよう……っ」
部室の扉をひらいた後輩くんが、涼しい顔で入ってきた。
そわそわして早起きしてしまった私と違っていつも通りの様子に一気に肩の力が抜けていく。後輩くんは癒し系ではないが、キツネ系なので和むのだ。
「はいこれ、おみあげのお団子だよ」
「ありがとうございます。旨いですよね、ここの団子」
「うん、私も自分の分を買ったよ」
いつもみたいなやり取りが終わると、急に部室がシン――と静かになった。
いつもはすらすら会話が出来るのに、キツネ後輩くんと二人きりになって緊張するのは初めてかもしれない……。
どうしよう、すごくどきどきして来たけど、沈黙に耐えきれなくなった私の口が動き出す。
「あ、あの、大切な話って、なにかな……?」
「ああ。覚えてたんですね――」
少し困ったような顔をして、扉に顔を向ける。
まだ誰も来ない時間だから扉はひらく気配はない。
「先輩、言いにくいんですけど……」
「うっ、うん……」
心臓が飛び出るくらいにバクバク音を鳴らしている。
「『おみあげ』じゃなくて、『おみ
言いづらそうに告げられた誤字の指摘。
「へっ? あっ、そ、そうなんだ?!」
「そうなんです――お土産、有り難くいただきます。これ講義のノートです」
「ああ――うん、ありがとう。コピーしてノート返すね」
お土産っておみやげと書くのか。
漢字で書く時は気にしていなかったけど、ずっと『おみあげ』だと思っていたので恥ずかしい……。
まあ勝手に告白されるなんて思っていたことの方が恥ずかしいけど……。
「先輩、いつもと何か違いますね」
「ああ、うん……マスカラ塗ってるからだと思うよ」
告白されると思って、旅行の帰り道に盛れると評判のマスカラを買って丁寧に塗ったんだよね。たぬき顔といわれる私のたれ目が気合いバッチリぱっちりパチパチ瞳なんだよ。
明後日な勘違いが恥ずかしくて泣きたい気分の瞳はぱっちりパチパチにうるうるも追加しているけど、間抜け過ぎる自分に呆れて、気の抜けた声で答える。
「俺に告白されると思ってですか?」
「へあ?」
「違いましたか?」
思わず間抜けな音が漏れた。
ニヤリと笑って目を細める姿は意地悪なキツネそのもので。キツネに化かされたと思うと悔しくて、むう、とぱっちりパチパチうるうる目で睨みつける。
「脈アリってことでいいですよね?」
「へ?」
キツネの言ってることが理解出来なくて、やっぱり間抜けな音が溢れた。ついでにぱっちりパチパチまつ毛の影が忙しくぱちんぱちんと動いたのも見えた。
「好きです、先輩」
早いけど昼飯食べに行きましょう、とキツネは手を差し出してきて。
「俺、彼氏に化けてもいいですか?」
ニヤリと意地悪そうに口元を上げたキツネ顔の後輩くんのゴツゴツした手をきゅっと掴んで、こくんと頷いたら、後輩くんの細い目がもっともっと細くなって、とびきり甘く笑われた。
彼氏に化けたキツネくんが、狼に化けるのはまた別のおはなし――。
おしまい
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