第9話 sideレイ
side レイ
「なに、これ」
「煮物。晩飯作った」
珍しくタクヤが早く帰ってきたので、レイは食卓に作った食事を並べた。外に出ることも制限されているレイは、暇すぎてやることがない。気がつけば故郷の味を思い出しながら食材を取り寄せて、煮物を作っていた。食材はネットスーパーで注文するとマンションのフロントに届き、部屋に持ってきてくれる。伯父と暮らしていた時の癖で二人分作ってしまったので、風呂上がりのタクヤにもふるまうことにした。
「茶色…こんなん食ったことねぇわ」
「嫌なら食わなくていい」
「食うよ、食うけど…茶色…いただきます。茶色ぉ……うっま。うまいんかい。うっっま!」
タクヤは文句を言っていたのに箸を進めた。うまいうまいと食べ進めていく。二人分あった煮物はあっという間に空になってしまった。他に作ってあった汁物と小鉢も瞬時にタクヤの胃袋の中に消えてしまった。
「嘘だろ…俺の昼の分まで…」
「おかわりねぇの?」
「もう、ない」
レイはがっくり肩を落とした。残りは明日の昼の分と思っていたのに、タクヤに食い尽くされてしまった。
ご機嫌なタクヤは風呂に入るため鼻歌を交えながら部屋から颯爽と消えていった。さっきまで茶色茶色と怪訝な顔をしていたのはなんだったのか。相変わらずコロコロ変わる機嫌とテンションにレイはついていけない。
レイが後片付けを終えると、タクヤが部屋に戻ってきた。
「めっちゃ美味かったわぁ~明日も作っといて、早く帰るから♡」
「…風呂入ってくる」
満腹で風呂に入り、満足したのかタクヤはソファでひっくりかえっている。タクヤの手のひらがえしに、レイはため息をついた。
レイはゆったりと広い湯船に浸かる。煮物は我ながらよくできた。懐かしい味は、故郷の祖母や母を思い出させた。
レイの祖母と両親は東北地方にある小さな島にいる。父の故郷だった。祖父が漁師で、レイが幼い頃に父は仕事を辞めて祖父の跡を継ぐために実家に戻った。祖父は父に漁師の仕事を教えて間もなく、亡くなってしまった。
『美怜は細っこいな~これじゃあ漁師んなれねぇぞ?女の子なら良かったのになぁ』
漁師たちの飲み会で言われる言葉だ。美怜の肩を抱く漁師の腕はがっしりとしていて太い。母に似て線の細いレイはいつも劣等感を抱いていた。漁師になれないだろうことはレイ本人が一番感じていたことだ。ここに美怜は必要ないと言われている気がした。
『誰に断って美怜に触っとんじゃお前、あぁ?死ぬかぁ?』
『ひぃっ!!ばあさ、すんません、こ、殺さないで』
『美怜は好きなことをしたらええ。将来も、この土地に縛られんでええ』
美怜の祖母は漁師たちの中で権力者だったようで、誰も祖母には逆らえなかった。祖母はいつもレイと母にそう言ってくれていた。慣れない田舎での生活に祖母はレイの母とレイをとても気にかけてくれた。芸能界を目指したいと言ったときも、一番に応援してくれたのが祖母だった。レイは両親を説得して、母の兄弟を頼り上京してきた。
東京に出てきて美怜は綺麗だと言われるようになった。貧弱な体は線が細くて美しい。漁師たちにからかわれ、しょっちゅう女の子に間違われた容姿は美しい、可愛い、綺麗だ、と言われる。男として可愛い、綺麗という言葉が嬉しいかは別として、褒める言葉ばかりだった。場所が変われば評価も変わる。
オーディションに向かう途中、ぜひうちにと言ってくれたのが社長だった。まさか女装アイドルになるとは思ってもみなかったが。
風呂から上がるとタクヤはスマホを片手に、所属するグループであるcolourSの映像を見ていた。ラフな格好のメンバーがタクヤと一緒に写っている。ダンスの練習風景のようだ。レイは寝そべるタクヤとソファの背もたれの隙間に膝を立てて座った。
「なんだよ。お前も見んの?」
「見たい」
タクヤは体を起こしてソファに座る。レイは場所をあけてもらったが、膝を抱えたまま小さく座っていた。当然のごとく、colourSメンバー全員ダンスが上手い。キレがあり、軽いダンス練習では息一つ上げていない。全員が顔も良く、それぞれキャラクターがある。様々なファンがつくよう、考えられているのだろう。レイは知らぬ間に前のめりになって見入っていた。やはりタクヤのダンスは人を惹きつける。どう見えるか、どう見られるかを理解した上で彼らしく動きを昇華している。
「お前さ、もっと食って肉つけろよ。スタミナなきゃ話になんねーぞ」
話しかけられてレイはタクヤに目を向けた。以前レイはタクヤに、息切れがしてダンスが続かないと話をした。タクヤは笑ってレイを馬鹿にしていたが、内容は覚えていたようだ。ふと、タクヤのスマホが目に入った。スマホの画面にはステージ衣装を身に着けたアイドルのレイの姿が写っていた。
「なんでその写真…」
「あ?あぁ、いや、なんかネットニュースで上がってたから…あのさ、この写真見てると信じらんねぇんだけど…お前さ、男、だよな?」
「男だけど」
「おぉーい!出すな出すな!立派なモンついてるわ!ごめんね、疑って!!」
レイがズボンと下着を下ろして見せるとタクヤは慌てて大声を出した。わかってくれたようなのでレイは服を整える。顔を赤く染めたタクヤを不思議に思った。同性なのに何を恥ずかしがることがあるのか。レイは引き続き、colorSの映像に魅入った。
それからまた数日経ち、なんだかんだでタクヤとの同棲生活も慣れてきていた。タクヤのオフの日に簡単な変装をして食事に出かけたが、当然のように週刊誌に撮られてしまった。
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