第8話
「この前映画で賞を取って、去年はベストファーザー賞を受賞してたわ。誰だかわかっても、みんなには内緒よ?」
マリアは人差し指を唇の前に立てて笑った。なんとなく、誰だかは絞れてしまった。マリアを手酷く振っておいて、そんな真似をしたあとでもこの業界で仕事をして実績を残している。マイは思わず険しい顔になってしまった。
「この業界に限ったことじゃないけど、上手に騙せる人が上に行けるのよ。ファンに、夢を見せてあげられる人…さぁ、どうかしら、マイちゃん」
マリアに肩を叩かれて、マイは鏡を見た。目の前には普段の舞斗に近い、マイがいた。さっきまでの自己流メイクに比べたら女子感が薄い。それなのに、目はパッチリと輝いていて、薄いピンクで潤った唇がエロく見える。全体的に健康的な可愛らしい自分が鏡の中にいた。目を見開いて驚く自分は、チークだけじゃない赤色で頬を染めた。
「すっげぇ…か、可愛いっす、俺…まじで、俺ですか?これ、可愛いっすよね?」
「とぉっても可愛いわよぉ!大満足♡アタシはね、ファンに夢を見せるための『騙し』は罪にはならないって思ってるわ。さっきも言ったけど、メイクと一緒よ。あなたはあなたのやり方で、ファンを幸せに騙してあげたらいいんじゃないかしら。あなたの本当のファンなら、きっとアナタを応援してくれるわ。これからはアタシのことも、騙してちょうだい♡でも不倫はだめよぉ~?」
健康的で男性的なのに、可愛らしい自分。レイとは違う、むしろ真逆の姿だった。これならレイとも遜色なくいられる。ツインズとして、ステージに立てる。
「~っ…ありがとうございます!俺、嬉しいです、こんなに可愛くしてくれて…ファンになってくれて、ありがとうございます!」
マイは立ち上がり、マリアに深く頭を下げた。ファンになってくれた上に、こんなに可愛くメイクをしてくれた。メイク一つでこんなに可愛くなれた。マイは自分にこんな可能性があったなんて知らなかった。メイクもファンに対しても、マリアには今日たくさんのことを教えてもらった。なんとなく、自分が行くべき道が見えた気がする。顔をあげると、マリアは頬を染めて目を潤ませてマイを見ていた。マリアはマイの頬に触れて顎を掴む。
「なんてこと…なんて、可愛いのかしら…」
マリアの親指はマイの顎をなぞる。マリアの顔がゆっくりマイに近づいてきた。
「ちょっとマリア~また電話よぉ?って、ンギャアァ!さすがマリアねぇ、とっても魅力的よ♡アタシもツインズのマイを推してるんだから!頑張んなさいよぉ♡」
その時、ユキが顔を覗かせた。マイを見て、ユキは奇声を上げながらマイを褒めちぎってくれた。
「…あらやだ。どこのどいつよ、なんつータイミングなのよ、クソが」
「やだぁマリアったら地が出てるわ。さっきのアイツよ、ご指名なのよ」
地を這うような声でマリアが吐き捨てる。今日始めて見たマリアの男の部分だった。マイはちょっと怯えてしまった。思ったよりもドスの効いた渋い声だった。
「…わかったわ、待たせといてちょうだい。ごめんなさいね、マイちゃん。また来てくれるかしら?もっと試したいメイクがあるの。連絡先教えてくれる?今日のメイクのコツ、あとで送るわ」
「また来ていいんですか!?」
「もっちろん♡これ、私の名刺。待ってるわ♡」
マリアがスマホを取り出したので、連絡先を交換する。プロのメイクさんに教えてもらえるなんて、まして他のメイクもしてくれるだなんて、こんなにありがたいことはない。ちょっと怖そうな一面も見てしまったが、マイは優しいマリアにすっかり心を許してしまった。レイのことも美しく変身させてくれるのではないだろうか。レイにも今日のことを話そうと、マイは足取り軽く小部屋を出て、扉へ向かう。
「ありがとうございました!」
店を出る前に、ユキと、ガラス張りの小部屋にいるマリアに頭を下げる。声は届かなかったと思うが、マリアは手を振って見送ってくれた。
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