5章
【アサチの村】へと到着してスローライフを本格的に始めていたら、どんな職業をして生きていこうかな。
農家? それとも漁師?
どうやら今後の方針を考えるのは、また後ほどにしないといけないみたいだ。
サテラ公爵のご令嬢であるリリス=ヴオン=サテラを窮地から救い、【魔物を統べる者】と呼ばれる存在の正体を暴露するように手伝ってほしいと頼まれた。
師匠ならもうとっくに彼女の依頼を受けただろうが。
しかしそれは師匠がとんでもないバケモノだったからだ。
残念ながら僕は普通の人間で、すごい力など持っていない。
つまりというと、もし、僕がこの【魔物を統べる者】とやらの正体を暴露するように手伝おうと王都に行っても、ただの足手まといになるに違いないのだ。
よって僕は彼女の依頼を断ることにした。
そして今に至る、と――
◇
「遠慮しとく……でしたか?」
やけにあきれたような表情をしながらリリスが問うてくる。
何?
ひょっとして僕は、また何か変なことでも言ったのか。
「えぇ。遠慮しとくよ」
戸惑いながらも彼女の質問を答えるように言うと、リリスはガッカリしそうに見えた。
「名誉……ですか?」
「はい?」
突然言われて思わず漏れるひと言。
にもかかわらず、彼女のその根気強さはなかなかのものだった。
「名誉がほしいって聞いてます。それとも富み?女? サテラ公爵の令嬢としてある程度までですが権力があります。きっとあなたさまが望んでいるもの、例えばお金であろうが女なかろうが、与えることができますので……」
ここで、リリスがまた頭を下げてくる。
「どうか、王都――わたくしの居場所をわたくしたちが魔物の到来から救えるように協力してください」
冒険者でもない平凡なヤツの僕に訊いているということは、とても必死なんだよな、リリスが。
……正直頭を下げて乞うてくる彼女のこの無防備だと言ってもいいほどの姿は見たくない。
この子、リリス=ヴオン=サテラは貴族で、比べて僕はほとんど誰も知らないへんぴな村のDランクの元冒険者だから。
……けれど僕にできる範囲以内では何かしてあげたい、というその気持ちは本物だった。
具体的に僕に何してほしいんだろう。
あらかじめ訊いておくべきだったな。
……そうしなかった僕が悪い。
「って言うか、聞き忘れてしまったのだが、もし行くことになるのだとしたら、具体的に僕に何してほしいんだ?」
よって僕は訊くことにした。
だいぶ遅れてしまったけれど。
そして僕が訊いた瞬間、彼女の目に映る、一縷の望みが見えた。
「もしかすると……」
「……多分ね。僕に何してほしいこと次第なんだけど」
とはいうものの、心の中で行くともう決めている。
どう言う風の吹き回しか?
勘違いしないでほしい。
名誉とか女がほしいとかじゃない。
単に何かしてあげたいから行くことにしたのだ。
まあ、僕にできることはなにひとつもないと思うけど。
剣を振ることぐらいかな。
「アクくん。……大変感謝しております」
するとまた頭を下げて感謝の言葉を述べるリリス。
毎回しなくてもいいのに。
貴族のあんたに比べて僕は全然すごいヤツじゃないんだから。
むしろ頭を下げて行かせてくださいと乞うのはリリスじゃなくて僕のほうなんだ。
やはり礼儀正しい彼女を見て、この子は普通の貴族と違うのかもしれない、と思った。
貴族に対して嫌悪感を持っていないとはいうものの、聞いたいろんな話によりあんまり信用できない存在だと認定はしていたんだ。
「アクくんは認めないと思いますが、わたくしはアクくんが強いと思います。わたくしの命を護れるぐらいの強さを持っていると信じます。ですので、アサミちゃんと一緒にわたくしの護衛を頼みたいのですが、いいでしょうか?」
あ、なるほど。
護衛か。
しかもアサミちゃんと一緒にか。
まあまあ。
いいんじゃない?
「まあ、アサミちゃんと一緒ならば……」
「おい!アサミちゃんって気軽に呼ぶな! 斬るぞ。ぐっ!」
と、怒鳴り散らす最中で左腕を強く握りしめるアサミ。
……そういえばまだ傷を治していないか。
残念ながら僕は回復魔法など覚えていない。
が、幸いなことに、持ってきた荷物の中で回復薬もたくさん入っていた。
ポシェットの中に手を突っ込んでしばらくあさると、回復薬を2個取り出す。
「ほれ、回復薬だ。もらっとけ」
その2個の回復薬をアサミに渡そうとするが、
「………………」
しかしアサミは受け取ることはせずに、じっと見つめていた。
この期に及んでまだ下心がないのを信じていないか。
僕がリリスに一瞥を投げると、リリスは僕が何を言おうとしているのを正解に察したか、パッと目を見開いてアサミに声をかける。
「ほら、アサミちゃん。回復薬ですよ。お受け取りくださいませんか」
そして案の定、リリスの言葉はアサミには効果抜群だった。
照れたような表情でアサミは「ごはん」と咳払いをしてから、
「……では、お嬢様がそう願いますのならば、素直にお受け取りします」
などとそう言って僕から2個の回復薬を奪うように受け取り、さっそく1個を飲むことにした。
――栓を抜き、回復薬を開けて一口で飲み干すと、
…………?!
「おぉ? 何これ? 普通の回復薬じゃないんだろうこれは」
「どうだ? すごいでしょ?」
「すごいすごい! え? 何これ?普段買える回復薬と違ってまじで甘くて美味しい!それに傷がどんどん治されているのを感じるわ」
「それはね、実は師匠が作った回復薬のレシピだよ。剣術だけじゃなくて薬作りもとても凄かったよ、師匠は」
「ほんとほんと」
っていうか何?
こうやって話してみれば、普通の女の子であることに改めて実感するなぁ、アサミは。
まあ、回復薬の効果、あるいはその味に驚いて誰に話しているかまだ気づいていないだけだと思うんだけど。
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