4章
理想のスローライフを夢見た僕――アク・リナンはその夢を現実にさせるために生まれ育った村を出ることにした。
その後、森の中で今後の方針を考えていたら突然、女性の悲鳴が聞こえ、大変かな、と、思いながらも悲鳴がした方向を辿ると、そこで出会ったのは、一台の馬車。
どうやら最低で最悪の魔物であるゴブリンに襲われていたようだ。
それを見て何もせずにいられない僕が馬車を助け――そんなところから物語が再開する。
◇
白いドレスに金の髪の毛、そして高貴な顔立ち。
どう見ても貴族の娘だ。
どうやら僕が助けたのは、リリス=ヴオン=サテラという名前の貴族だったみたい。
っていうか貴族はそもそも、なんでこんなへんぴな森にいるかな?
なんてことを思っていると、その隣にいる赤髪の剣士に話しかけられた。
「貴様は何ものだ?」
じろりとアサミという名の剣士が僕をにらみつけながらそう問うてくる。
自己紹介はもう言ったはずだが、もしかして聞こえなかったのか?
「アク・リナン。元冒険者だ」
まあ、聞こえたかどうかは別によくて、僕は再度自己紹介をすることにした。
するとアサミは、
「元冒険者だと?」
猜疑心に満ちた目をこっちへと向きながら眉をしかめて言う。
全く僕のことを信用していないように感じるが、べつにいい。
僕は彼女らにとっては赤の他人だし、疑われてもしょうがないか。
「ちなみに……ランクはなんだったか?」
「Dランクだったけど?」
と、僕が言った瞬間、ちゃき、とアサミは剣を構える。
おっと……僕なんか疑われてしまいそうなことでも言ったのか?
すると僕の質問をまるで答えているように、アサミはこう言った。
「Dランクのくせにゴブリンを、しかもあんな大量に瞬殺するなんて、そんなの普通じゃない。魔王の者かなにか、貴様は?」
ん?
ちょっとわけのわからないことを言っているな、この人。
「う……ん。えっとね、ゴブリンはDランクの魔物だけど?」
「ゴブリンはDランクの魔物じゃないんだが?ベテラン冒険者すら手こずる、Bランクの魔物だぞ。元冒険者なのにそんなことを知らないということはやはり……」
ゴブリンは……DランクじゃなくてBランクだと?
「いやいや。そんなはずがないよ。ほら、こう見えて僕、もう数ヶ月も冒険者をやってるし。仮に魔物のランク変化が行われていても、元冒険者の僕はもうとっくに聞いてたんだ」
僕は必死に説明をしてみる。
が、アサミは相変わらず聞いていない様子だった。
「貴様は怪しいなぁ。そもそもなぜ、こんな危険なところにいるんだ?」
いや、そりゃこっちのセリフだが。
「まあまあ、アサミちゃん、落ち着いてくださいよ。恩人に失礼でしょ?」
「しかし、リリスお嬢様……」
と、さらに抵抗しようとするアサミだが、今度はリリスが今まで見たことがない鬼の形相をして、アサミを見据える。
「おやめなさい」
と、リリスは言う……もとい命令する。
「……は、はい」
するとそんなリリスを目の当たりにして、素直に引き下がるアサミだった。
なんかちょっと恐ろしいなぁ。
するとアサミをいさめたあと、リリスは僕の近くまでやってきて、頭を下げる。
「部下が大変失礼いたしました。心からお詫び申し上げます」
「い……いや。だいじょうぶ……です?」
貴族が僕なんかに頭を下げるのはこれで2回目だ。
しかも同じ貴族に。
正直に言っていまだにどう反応すればいいのかわからなくてとても困るんだが。
「それで、リリス……さまは」
「ぜひ、リリちゃんと呼んでください」
「お嬢様!?」
……はい?
貴族を呼び捨てに?
して……いいのか?
いやいや。
何考えている?
よくないに決まってるでしょ。
「えっと……リリスさま……」
「ぜひ、リリちゃんと呼んでください」
しかしにっこりと笑いながら、リリスは再度言う。
可憐な見た目とは裏腹に意外と強引だな。
……しかたない。
とりあえず、言われるがままにするか。
「リリ……ちゃん?」
「はい! なんでしょう、アクさま」
「いや、さまなんていいよ。普通にアクって呼んでくれ」
ちなみに僕たちが話している中、アサミは歯を食いしばりながらずっと「死ね死ね」と、言わんばかりの睨みを僕に送っているのだ。
僕に対する憎しみがすごいっすね。
こいつの恨みを買うことをなにひとつもしていないと思うけど。
「アクくんか。珍しい名前ですね」
そんなに珍しい名前じゃないよ?
……いや、意外と珍しいか。
考えれば、アクという名前の人を僕以外は知らない。
偶然か?
それとも……
「ねぇねぇ、アクくんってこの辺に住んでいるんですか?」
それにしても、元気だね。
好奇心旺盛な目で僕を見つめながら元気よく問うてくるリリス。
しかし困るなぁ。
どう答えたらいいのか全くわからない。
確かに僕がこの辺で生まれ育ったが、もうあの村にさよならをしたんだ。
まあ、適当に答えてもいいか。
「えっとね、確かに僕が生まれ育ったところはこの辺にあるが、冒険者の引退とともに、別のもっとこう、静かなところで暮らしてみたいかなぁ、と思って、現在、【アサチの村】へと向かってるんだ」
そう説明すると、目をキラキラさせるリリス。
「ほんとに、冒険者でしたか?」
「ん?あ、そう。Dランクだったけど」
「でも、さっき倒してくださったゴブリンはBランクの魔物でしたよね?もしかしてこのへんにいるすべてのDランクの冒険者が、あなたさまみたいにゴブリンを瞬殺できるかと、言ってるんですか?」
どうやらアサミだけじゃなく、リリスまでもゴブリンはBランクの魔物であることを思い込んでいるらしい。
「だからゴブリンはDランクの魔物だっつーの。そもそもあんたたちは、貴族のくせにこんな田舎に、何しに来たんだ?」
「あ、そうそう。それはですね、冒険者を募集するためにここに来たんですよ」
「ん? 冒険者を募集するために……こんなほとんど誰もいない田舎に来たってことか?」
「はい!そうです」
やはり聞き間違いじゃなかった。
何言っているんだ、この人は?
あと、なんでそんなに元気なわけ?
怖いよ、めっちゃくっちゃ。
「ちなみにさ、聞いていい?」
「ん? なんでしょうか」
と、訝しげな表情をしながら首を傾げるリリス。
「あんたはさ、貴族だろう?」
「はい。貴族ですけど」
「じゃあ、なんで冒険者を募集するためにこんなどこにでもないへんぴなところまで来たんだ?貴族ならあんたの命令を聞く者は王都にはたくさんいるはずだろう」
「貴様。口の利き方に気をつけろよ。誰に向かってものを言ってると思うんだ? お嬢様はサテラ公爵の令嬢様だぞ。貴様などが比べものにならないほど力も権利もあるの」
と、うしろに控えていたアサミが僕を警告する。
…………確かにちょっと……いや、相当失礼だったな。
「あ、悪い」
そのために僕はリリスに謝ることにした。
が、しかしリリスはどうやら、相変わらず全然気にしていないようだった。
「いいですよいいですよ。わたくしは別に構わないんですからね。むしろ、わたくしとこのふうに同等に話していると、まるで友だちと話しているみたいでとても楽しいです」
僕たちは全然同等じゃないんだが?
まあでも、もしリリスがいいって言っているのならば僕もいいって思う。
「あと、アクくんの質問に答えますと、確かにサテラ公爵の令嬢として、王都ではわたくしの命令を聞いて、こなせるために全力を尽くす冒険者がたくさんいますが、それでも人手が足りません」
「人手が……足りないか?」
「はい。実は王都はですね、ちょっと危ない状況に巻き込まれています。アクくんは【魔物を統べる者】って聞いたことがありますか?」
【魔物を総べる者】?
何それ?
魔王のことか?
そう、リリスに訊くが、リリスは否定で首を振った。
「いや。ちょっと違いますね。魔王とは違って【魔物を統べる者】と呼ばれる存在は、少なくともわたくしたちが知っているかぎり、魔物を洗脳させる力を持っています。その力を使って王都に魔物を呼び出しているんですよ」
なるほど。
でも結局なんで、冒険者を募集するためにこんなへんぴなところに来たか、いまでもイマイチわからない。
そのままリリスに訊くと、リリスが答えてくれた。
「収集された情報に基づいては、【魔物を統べる者】が王都で冒険者をやっている誰かだ、というのが判断されましたから」
あ……
ようやくわかってきた。
つまり、王都の冒険者ギルドに所属している誰かがこの【魔物を統べる者】である、ということだ。
そして王都の冒険者であることを上の人々が知っているのさ。
もちろん、【魔物を統べる者】の正体を確実に暴露するためには、王都の冒険者に任せるわけにはいかない。
もし、間違えて【魔物を統べる者】本人に直接言えば、お終いだからさ。
【果ての地】という僕が生まれ育った村に来て冒険者を募集することにしたという不思議な判断もうようやくわかってきた気がする。
要は【果ての地】が冒険者ギルドを管理する、王都に最も近い唯一の集落だから。
「そこでお願いですが、アクくん。もしよかったらわたくしたちと一緒に王都に戻って、【魔物を統べる者】の正体を暴露するために手伝ってくれませんか?」
そう、リリスにお願いされた。
【魔物を統べる者】。
その正体を暴露するために手伝うだと?
いやぁ……そりゃちょっとあれなんだけどね。
そもそも僕はもはや冒険者じゃないし、冒険者だったころだってDランクという絶対乗り越えられない壁に成長が阻まれたから弱いヤツ扱いされていたしな。
……実際はめっちゃくっちゃ弱いんだけど、僕が。
きっと、そんな弱い僕が行ってもただ足でまといになるに違いない。
そう考えてみれば、やっぱり意味ないんじゃないか?
「いや。遠慮しとくよ」
……よって、僕は断ることにした。
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