第28話 期待に胸を膨らませ

 俺は箱に入っているカードの束に手を伸ばす。


 着けてるスリーブには見覚えがある。中のカードも俺が組んだものがそのまま入っていた。


 確かに嬉しいと言えば嬉しいのだが、嬉しさよりも驚きの方が勝っている。


「何で俺のデッキがこの世界に?」


 このデッキを含め、使用していないデッキ達は本来俺の部屋の押し入れの中で保管されているはず……。

 

「それについては私からお話しします……」


 そこにプラテアがこっそり姿を現した。


「これは他の人には内密にしていただきたいのですが、この宝箱、実は私がこの世界に配置した物なのです」


 そうか。自然と一緒にいるからすっかり忘れてたけど、この人神様だった。


 神様にどんな力があるのか知らないが、俺を生き返らせて別の世界に送ることが出来るくらいなんだ。世界中に宝箱を置くのだって、きっと造作もないことなんだろう。


「なるほどなるほど、それで?」


「本来宝箱の中身は全て、前にスリィブさんが言っていた様に『開けた人が望んだ物』が入っている宝箱にする予定でした」


「しかし、これを実行するには神としての私の力が足りず、結果的に宝箱の中身はランダムになってしまったのです……」


 まさかの失敗談だった。


 けど、自分の欲しいものが確実に手に入る宝箱がそこら中にあるなんて事態になったら流石の俺でもヤバいと分かる。


 ある意味、失敗して良かった案件だな。


「それで、結局宝箱の中身は開けてみるまで分からないってことだよな?」


「はい。宝箱の中身は開けた人の運勢によって左右されます。当たりであれば『開けた人が望んだ物』が入っていますし、逆に外れてしまうと――」


「二人とも~!」


 プラテアの言葉を遮るようにスリィブとセンリがこちらへ歩いてくる。


「せっかくだし、ここで一緒に宝箱を開けましょう!」


「いいけど、俺の方はもう開けちゃったぞ」


「えぇ、本当!? ねぇ、中身は何だったの?」


「俺のは……収集品かな。よく集めてるやつだし、俺が望んでた物ではあるな」


 そう返すと、スリィブは一段と目を輝かせて自身の宝箱を見つめる。


「初めての宝箱……何が入ってるのかしら――!」


 期待に胸を膨らませて宝箱を開けるスリィブの身体が流れる様に地に落ちる。


「おい、どうした!?」


 急いで彼女を抱き起こすと、宝箱の中から刺々しい何かが転がり出てきた。


「何だこれ? ……たわし?」


 茶色の小判型をしたそれは、紛うことなきたわし……ッ!


 まさかこれが宝箱の中身だというのか? 今時外れ枠がたわしって、商店街にある福引でももうちょっとマシな物出てくるぞ。


「あんなに頑張ったのに……! 出てきたのがたわし……たわしって…………!!!」


「ウケるニャ」


 おいそこ、死体蹴りするな。


「……ご覧の通り、外れてしまうと相応の物しか出なくなってしまって……」


「な……なるほど」

 

 確かにこれはキツイな。命を張って攻略した宝箱の中身がたわしって…………。


「……フフッ」


「ねぇ、今笑った?」


「わらってない」


「絶対笑ってたよね???」


「いや、そんなことは……フフッ」


 ダメだ。真剣な表情でたわし持って怒ってる絵面が面白すぎる。


「なんで……なんでたわしなのよぉーーーっ!!!」


 遂に我慢の限界を迎えたのか、昂る感情を抑えきれなかったスリィブは感情のままに持っていたたわしをぶん投げる。


 綺麗な弧を描いて勢いよく飛んでいくたわし。やがて迷宮ダンジョンの壁にぶつかったそれは虚しく跳ね、そのまま瓦礫に混じって消えていった。


「まぁともかく、宝箱は手に入れたんだ。後はここから脱出するだけ――」


 ――グラグラグラッ!


 迷宮ダンジョン全体を揺るがす波が再び訪れる。


 振動の発生源は迷宮ダンジョンの壁面、つい先程たわしがぶつかった場所だった。


「……なぁ、これって……まさか――!」


 走る罅割れ。落ちる天井。抜ける床。


 波は今まさに俺達の立つ場所へと到達し、そのまま迷宮ダンジョン全体へと伝わっていく。


「まさか、またやったのかお前スリィブ!」


「えっ!? いや、私は何も――!」


 後退るスリィブは迷宮ダンジョンの瓦礫に躓き、思い切り足を振り上げた。結果、一摘みの小石が蹴られて飛んでいく。


 そして小石が見事にたわしと同じ場所を捉えたことによって、迷宮ダンジョンの完全なる崩壊は決定づけられた。


 轟く地響き。崩れる足場。無作為に降り注ぐ瓦礫が俺達を襲う。


「――にっ、逃げるぞ!!!」


 もう何度目になるか分からない、迷宮ダンジョンからの脱出劇が再び始まったのだった。



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