第6話 知らない世界

 どれだけの時間が流れただろうか。


 ぼやけた意識と感覚を搔き集めるようにして、俺は目を覚ました。


 目を開いた先に映るのは暗闇だけで一切の光はなく、自分の姿すらまともに見えない。


 一先ず灯りを探したくて起き上がろうとするが、身体を少し持ち上げただけで頭が何かにぶつかったのか、ゴンッという鈍くて重厚感のある音が付近に響く。


 試しに手を上に伸ばしてみると肘を伸ばすよりも早く掌が何かに触れ、ひんやりとした感触が伝わってくる。


 色々触った結果、頭上には平べったくてほんの少し歪曲した壁があると分かった。四方にも手足を伸ばすが、同様に壁があるだけで立ち上がるスペースすらない。


 箱か何かに入れられてるのか?


 頭上の壁を押してみるが、体勢が悪くて碌に力が入らない。


 確か神様(を名乗ってる人)に会って、俺が死んだことを知らされて、それで生き返らせてくれるという話だったはず……。


 けどこれじゃあ生き返るどころか、一生出られずに餓死してしまう。


「——誰かぁぁぁぁぁ!!! 誰かいないかぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!!!」


 必死で見えない外に向けて声を飛ばすが、人の気配は微塵もしない。それどころか物音一つすら聞こえてこない。


 壁を叩いても当然素手では壊せるはずもなく、完全に打つ手がなくなっていた。


   * * *


 目が覚めてから一時間くらいは経過しただろうか。もしくはそれ以上だろうか。


 未だにここから脱出する算段は立っていない。


 このままだと本当に餓死してしまうと焦りはしたのだが、意外と腹が減っているという感覚はない。


 それどころかどれだけ壁を叩いても汗一つかかないし、傷だってつかない。


 試しに全力で叩いてみてもそれ程強い痛みは感じなかったし、ここも普通とは違う空間なのだろうか。


「腹が減らないのはいいけど、流石にずっと暗い所にいるのは気が滅入るな……」


 そんなことを口にしていると、ふと壁の向こうから足音が聞こえてきた。


「——やっと見つけた!」


 壁越しでいまいち確信は持てないが、多分そう言っていた気がする。


 何はともあれ、これはここから脱出するチャンスだ!


「おい、誰か! 助けてくれ!!!」


 そう叫びながら、とにかく頭上や側面の壁をひたすら叩き続けた。


 すると足音は徐々に近づき、目と鼻の先で止まった。


 その直後、あれだけ押しても叩いてもびくともしなかった頭上の壁が持ち上がり、僅かな光が差し込んでくる。


 一度上がったことで中からも押せるようになり、俺は全力で頭上の壁を押し上げた。


 肌に外気が触れ、目には黒以外の景色が映し出される。


「――でっ、出られたぁ!!!」


「きゃぁっ!??」


 閉塞感と不安から解消され、口から安堵の声が飛び出した。


 助かった……。けど、ここは何処だ?


 足元にある光源によって照らし出されるのは、煉瓦で出来た壁と床。そして俺が中に入っていたであろう装飾の施された、何とか人一人が入れる大きさの宝箱。


 何故こんな所に閉じ込められていたのか疑問に思いつつ、俺は宝箱の中から外へと足を踏み出す。


 ――ふぎゅっ!


 柔らかい感触と共に間の抜けた声が聞こえてくる。


 身を乗り出して真下を確認すると、俺が足を着けたところには女の子が一人地べたで寝そべっていた。


「……お前、そんな所で寝てたら風邪ひくぞ」


「誰のせいでこうなったのよ! というか、早く足退けて! 重い~!」


 そういえば近くに誰かいたのをすっかり忘れていた。これは失礼をば。


 すぐに足を退けると倒れていた女の子は直ぐに起き上がり、付いた土汚れをぱっぱと払う。


 首辺りまで伸びた水色の髪やあまり見ないデザインをしたシャツとスカートにも目を引かれるが、何よりも彼女の装備に目を奪われる。


 大きめのリュックにポーチが幾つも付いた革ベルト。そして腰には柄に宝石が埋め込まれた短剣をぶら下げている。


 この時点で俺は薄々感づいていた。


 ここは、俺の知る世界ではないということを――。



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