第64話 第6章 その7


「行ったか……」

  そう言うとシルビアは俺にもたれ掛かってきた。

「シルビア?」

「すまない、能力を使い過ぎた。少し肩を貸してほしい」

 最強といっても弱点はある。能力を使うたびに体力を消耗し、能力の再使用にリキャストタイムがある。

 この弱点を知っているのは能力を与えた俺だけ。

 進化し続ける彼女はもはや人の域を超えた次の人類種だ。

 もし、シルビアが一線を越えた時、止められるのはきっと弱点を知る俺だけだろう。

 そして彼女が一線を越えるとき、きっと……

 彼女の方を目をむけると顔を少し赤らめて微笑むシルビアがいた。

 それほど、急いできてくれたのか……

 ってか、ふぁっ!すっげえ!なんだこのデカチチ……

 俺の頭よりデカいんじゃないか?どうなってんだよ!同じ人類か?ってか、なんだこの乳は鍛え上げられた筋肉の中に女性としての柔らかさを持ち、

その乳はありとあらゆるものを退けるハリがある。その形は服の上からでもはっきりとわかるほどの凄さだ。

 ってか乳を押し付けるんじゃない!お前!俺をセクハラで合法処罰する気か?その手には乗らんぞ!

 って離れん!なんだこの力!いや引力!哺乳類として生まれた記憶が本能を超えて意思を抑え込んでいる。

 くそ!俺が赤ちゃんだったら、どれだけ幸せだっただろうか!おぎゃ!ばぶ!くそ!どんどん幼児退行してくる!

「ヴィクター」

 シルビアが少女のような顔で俺の事を呼んだ。

 ば「ぶっ!」

 くそ!あとちょっとでバブるところだった。こいつ洗脳能力持ってたっけ?

「すまない。ヴィクターも疲れていたはずなのに……すまない……」

 そういうとシルビアは俺から離れる。

「いや、昔みたいにしていい。俺に出来ることはもうほとんどないからな……」

「そんなことを言わないで……ヴィクター……」

「いこうか……」

 俺は扉を開くとそこには見るも無残な光景が拡がっていた。人型の死体とドラゴネットの死体もあった。それにもうよくわからなくなった死体。

 あれほどの大騒ぎをしていたんだ。すぐに敵兵が駆けつけてくるはずだ、それなのに来なかった理由。

 どっかのタイミングでドラゴンの眷属とやらが食いまくっていたんだな。

 ベルナーもドラゴンもどういったやつらだったか知らないが、お互いがお互いをエサとしか思っていなかったんだろう。


 頭が粉々潰れた者もちらほらいる。

 こっちはイレイナか……

 スプラッター映画じゃねえんだぞ……

 ドゴーンと遠くから爆発音が聞こえ、少し地面が揺れる。

 「この音はキャプテンだな」

「ええ、クリスが緊急信号弾を発射していたから。ここに辿りつけた。私の想像より早く到着している。彼は本当に優秀だ」

 「ああ……」

 キャプテンが来たという事は部隊のみんなは大丈夫なのだろう。が……

 特にあの少女。アリアちゃん。ついうっかりキャプテンの流れ弾に当たって死んではいないだろうか……

 キャプテンやルイス君みたいな男だったらあんな子供に手を出すことはないと思うが……

 そう考えながら、歩いていると時間はあっという間に過ぎていった。

 そして大きな城門にたどり着く。

 「ここが出口のようだ。流れ弾に当たらないようにゆっくりあけるぞ……」

 「いや、大丈夫。銃弾が飛んできても、それより早いスピードで掴んでみせよう」

 そういうと重そうな扉をシルビアが軽々開けた。

 「わ、わあ……」

 血みどろの城内と打って変わって清々しいほどの青空が空には拡がっていた。

 「きれいだ……」

 「ヴィ!ヴィクターぁ!///一体なにがだ?」

 「シルビア、空がきれいだなと思ってな」

「……そうか……」

 まあ、空は綺麗だ。しかし、下は違う。その光景に思わず目を背けて、空をみて情緒が吹き飛んでしまった。

「あはっ♡あはははは!!死ね!死ね!死ねえええええ!」

 目の前にはアリアちゃんがバカでかい家の廃材か何かを振り回し、人を殺しまくっている光景だった。

 しかも、背中には羽が生え、でかい尻尾を持ち、頭には角が生えてて、さっき見たドラゴンのようだった。

 「これはカトレヤの分だぁああああ!!」

 そう彼女が叫ぶと、手の爪が伸び、鎧を軽々と引き裂き、尻尾がまるでサソリのように動き、盾を貫いて何人もを同時に殺していた。

 そして尻尾は長ーく伸びて、突き刺さった人が高いところでうねうねと振り回された後、壁に叩きつけられ、周囲は血の海になっていた。

 彼女の隣では部隊のみんなが能力を使って人もモンスターも関係なく殺しまくっている。

 「あ、あのアリアちゃん……」そう呟いた瞬間、

 「わああああああ!!」

 叫び声が上から聞こえてきて、グシャっという音と共に人が空から落ちてきた。

 ひえ……

 「あっ、ドクターさん!無事だったんですね!」

 そういうとアリアちゃんはにこやかな笑顔で近づいてきた。

その姿は弱々しかった面影はない。全てが吹っ切れたようだった。

 「あっ、ドクター!」「無事だったんですね!」「ひゃっはぁああああー!ドクターに貰った力で今日はこんなに殺したぜぇえええええ!」

 と部隊のみんなも近づいてきた。うん、みんな無事でよかった。

 ルイス君やミシェア、キャプテンも遠目に見つけた。よかった。

「みてください!この姿!あなたのおかげで自分の本当の力を得る事ができました。ありがとうございます……」

  目の前にいたアリアちゃんは手の爪を引っ込めると俺の手を握って感謝を伝えてきた。

 わあ、すっげえヌルヌルする。全部、血だあ……

 たしかに彼女を毒から救うには頭によぎったアイデアを試すしかなかったけど、心にまで悪影響を及ぼすような物ではなかったのに……

 「ドクターさん、見ててください。私の最大の力を……」

 「ん?」

 彼女は何人も逃げているベルナーの兵士たちに顔を向けると、口を大きく開けた。

 わあ、可愛いお口。すっげえ牙生えてるけど……

 

 そう思っていると口の中から眩く光が輝いてきた。

 「ブィイイイイイイインンンンンン」

 とレーザー音のような音と共に……というより、彼女の口から光線が発射され、その先にいた人間が消え去っていった。

 そして、遠く離れた光の先では大爆発を起こし、キノコ雲が一つできていた。


 わあああああああああああああ!

 やべえええええええええええええええ!!

 なんだよ!この能力!ナパーム弾の爆発実験みたいになってる!


 「いいねえ!アリアちゃん!なかなかの強能力じゃねえか」とアリアちゃんとは面識がなかったはずのヤツがにこやかに声をかけてきた。

 「はい!これもドクターさんのおかげです!」

 うん、アリアちゃん。キャプテンたち以外とも仲良くなったんだ。うん、よかった。


 いや!よくねえよ!なんであんなに可愛らしい少女だった彼女が悪落ちしてるんだよおおおおおおお!!

 俺の心の叫びは誰にも伝わらない。

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