第22話 第2章 その4
「ヒッ」
目の前にはもう一匹ウェアウルフがいた。
「いや……うそ……」
あの時、彼女の言っていた言葉が心に突き刺さってくる。
『だから、私たちの事は早く忘れて幸せになってくださいね……』
その後に続く言葉の真相はわからない。でも、きっとそれは優しい意味だったと思う。
もうその本心を知る事はできない。
ここから逃げ出す方法が全く思いつかない。彼らの努力が全て無に帰してしまった。
もうダメなの……?
再度、後ろをみるとウェアウルフはネズミを咥え、私に見せつけるように頭を振り、玩具を手に入れたように目をキラキラさせていた。
それはまるで主に褒めてもらいたくて期待している忠犬のようだ。
しかし、ここに主であるベルナーはいない。
そして、遊ぶかのように肉を弄りだす。
「やめて!」
ネズミの死体をオモチャにされていると思うと言葉が自然と出てきた。
私にそんな時間も気に掛ける余裕もない。
だが魔物とはいえ、愛はある。その愛を踏みにじんでいるウェアウルフたちに一言だけでも怒りの感情を伝えたかった。
狼は頭を落とし、こちらに唸り声を上げて近づいてくる。
ネズミだったものと瞳と目があった。
その目はどれだけの恐怖と痛みを持っていたのか、語りかけてきた。
私の顔はきっと彼らにとって望む表情をしている。
周囲には次々とウェアウルフ達がやってきて、唸りをあげて取り囲んでいた。
呼吸が早くなって、頭では起き上がって走らなければならないとわかっているのに、力が入らない。
何匹かは手や口に付いた肉片や血をペロペロと舐めている。私には何も脅威を感じていないといった様子だ。
頭の側面に衝撃が走る。ウェアウルフの一匹がその前足で私を叩きつけたのだろう。
地面の石や岩が胸に当たり、強く痛む。
「いっ!」
再びの衝撃。獣の皮を容易く切り裂く爪を持つ。
否が応でも私の前にいた瞳が私の目を見つめてくる。
齧られ、弄ばれ、絶望の果てに朽ち果てて、片目しか残っていない瞳には苦痛と涙の跡がくっきりと写っていた。
私があのネズミの巣に近づいてしまったからだ。
そのせいで子まで殺される結果になってしまった。
すまない……すまな……っ……
心で謝ろうとしても、ウェアウルフは腕を叩きつけるのをやめない。
痛みで思考が止まってしまう。
ウェアウルフが強く力を振るい、私は拭き飛ばされた。
無力に横たわった私をやつらは見つめてくる。
これ、遊んでいるんだ……私が爪も牙もない無力な小娘だから……いたぶって、怖がらせて、もがいているのを見ているのが嬉しいんだ……。
命までは取らない事は分かっている。けれどそれを裏返せば、この狼たちが満足するまで、この遊びは終わらない。
そっと目を閉じて歯を食いしばる。痛みを耐える方法はそれしか知らない。真なる強者の前では無力なのだ。
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