第21話 第2章 その3

ただひたすらに走る。後ろから声はしない。このような小娘に命を賭けて付いてきてたのに、私は何もできない。

 どれだけの時がたっただろうか、息が上がり、呼吸ができないなるまで足を動かし続けた。

 しかし、次第に膝が痛みを教えてくる。獣の声は聞こえない。

 まわりを見ても草木が生い茂っていて、何もいなさそうだ。

 休んでる暇はない。

 ふと、下を見ると杖になりそうな木があった。

 少しでも歩かないと……

 「……」

 手に取ろうとしゃがみ込む。

 「チュー!」

 「ひっ!」

 鳴き声がした方をみると巨大なネズミが走ってきていた。

 ラットマンと言われる魔物だ。

 それは、どこにでもいる力も弱ければ、肉を裂く爪も無い臆病な魔物と聞く。

 その魔物が襲い掛かってきた。

 私はとっさに下の木でその猛攻を防ぐ。

「ヂュー!ヂュー!」

 そのネズミの目は血走っていて、がむしゃらにガチガチと歯を鳴らしている。

 げっ歯類の前歯は大きく、噛みつかれたら私の肉を嚙み切れるほどの鋭さはありそうだ。

 でも……

 女の私の力でも押さえられてる。

 そして、次第にその力は弱くなっていっている。少しずつだが、押し返せていた。

 でも、ラットマンの表情は決して諦めていない。鬼気迫る鳴き声だけは強くなっていた。

 「チュー……」

 目の前のネズミ以外の鳴き声が聞こえた。

 ま、まずい!2匹で襲われたらまずい!

 心臓の鼓動が早くなって恐怖が私を襲ってくる。

 鳴き声の方を見る。

「チュー……」

 そこには子ネズミほどの小さい魔物がいた。

 子ネズミは震えて襲ってこようとはしていない。

 ただ縮こまっているだけだ。

 そうか、この子は子供なんだ。そして目の前の魔物は親……

 我が子を守ろうとしているんだ。

 私利私欲で私を捨てた親と違う……

 でも、ここで死ぬわけにはいかない。

 「わああああああ!」

 声を出して、力を振り絞る。

 その勢いでラットマンを突き放す。

 「ヂュー!」

 ラットマンは倒れ込んだ。

 「ああああああ!あああああ!!」

 そして、手に持った木で地面を叩きつけた。

 言葉になっていない鳴き声のように叫ぶ。

 ネズミ相手に何をやっているのであろうか。

 だけど、子を守るために身を犠牲にしている者に直接攻撃するなんてできなかった。

 お願い……逃げて……

 そう祈った時、顔に影がかかる。

 「ひっ……ウェアウルフ……」

 「ヂューッ!!!」

 狼はネズミに牙を剥き、牙を立てる。

 「あっ……」

 ぴちゃっと生暖かい物が頬にかかる。

 あれほど狂気に満ちていたラットマンの瞳から生気が無くなっていく。

「お願い!やめて……」

 小さいが思わず、声に出してしまった。その言葉が伝わるはずは無いのに。

「あっ……」

「ピギィ!!」

 ウェアウルフはその前足で子ネズミを叩き潰した。 

 目の前の小さな命は簡単に潰され、命がけで守ろうとした親もペッと吐き捨てられた。

 どんどんと血の気が引いてくる。

 「に、逃げなきゃ……」

 

 後ろへと走り出した瞬間、ずるりと身体が前へと転がる。肝がすっと下がる感触と共に視界に石に血がついていたのが見えた。

 手が痛み、身体中に擦り傷ができ、チクチクと痛む。

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