第19話 第2章 竜人の姫 その1 アリア視点

「はぁはぁ……」


 ひたすら走る。足に力を込めて……


 みんなで何としてでも逃げて生き残る。


そう誓っていたのに死という現実はすぐそこに迫っていた。

 脇腹が痛み、呼吸が途切れ始める。

 「きゃっ!」

 声をする方をみるとマキナが倒れていた。

 「いけない!手を貸すわ!早く起きて!」

 私は立ち止まって、彼女に駆け寄り、手を取った。

 彼女の綺麗だった手は地面の石で切れ、血がにじんでいた。

 「いけません!アリア様!私を置いて逃げてください!」

 マキナは手を払うも、私は再度彼女の手を握った。

「何をバカな事を言っているんですか!」

 私は無理やり彼女を立たせて、再び歩き出す。

 後ろから迫って来るウェアウルフは嗅覚に優れた魔獣だ。山一つぐらい離れたところからでも獲物を嗅ぎ分けることができる。それに身体能力も秀でている。

特に足の持久力は高く、瞬発力も早い。一撃で頸動脈を貫く牙を持ち、皮膚を容易く裂く爪も持つ。大きさも巨大で口を開くと私の頭を齧れるほど開く事ができる。

 ベルナー・オーバーランド。多種多様な魔物を使役するモンスターテイマーのお気に入りの種族。


 ドラゴンの贄に選ばれた私を捕まえるために放たれた死の猟犬だ。

 私たちには勝てない相手だ。けれども希望は捨てたくなかった。


 なんとしても生きないと、このままだと民は彼の家畜になってしまう。

 そして私も……

 体力が付き、足を止める。息が絶え、王族としての振る舞いも気にせず、口から唾液が漏れ出る。

 「アリア様、大丈夫ですか?」

 従者の一人、アイナが声をかけてくる。

 「んっ……大丈夫です!でも……いざという時は私を置いて逃げなさい……」

「何を言っているんですか!先ほどは私にあれだけの事を言っておきながら。これではあべこべです」

 マキナが少し笑いながら声をかけてきた。


 「私はこの国ではなくあなたの為に仕えてきました。お父上があなたを犠牲にベルナーにドラゴンを使役させようと考えていたとしても、私たちは貴方様についてゆきます」

 マキナも頼もしい言葉を息を絶え絶えにしなから語りかけてくる。でも、その手は震えていた。私はその手を取り、無言で頭を下げる。

 「それにしても、あれほど私の事を嫌っていたのにな。肌の事でどうとかって。本当に私を置いて逃げていいのだぞ」

 「そ、それは昔の事です!アリア様……あの時は申し訳ございませんでした……」

 「この身体の事をどう思われているか一番知っているのは私だ。それでも変わらずに接してくれる皆には感謝しかない。本当にいいのか?」

 「はい」

 従者たちは私の目を力強く見てくる。言葉はないが皆の覚悟が伝わってきた。


 私の恐ろしい身体を知っていても、何も変わらず接してくれる皆には感謝しかなかった。

 それこそ実の家族よりも親愛を持っているだろう。


 私の産まれたドラゴナイト帝国の王族の始祖は竜に見初められ、竜の血を受け継ぎ、魔の力で国を築いた歴史がある。

 多種多様な国に囲まれていても侵略を受けずに今まで存続できたのは竜の威光だった。

 しかし、それにも代償がある。

 まれに魔の血を持つ怪物が王族に生まれる。

 それが私だ。

 肌は緑の鱗に、髪で隠しているが小さな角、気にならないが尻尾も生えている。

 実の家族からも恐怖の目で見られる呪われた怪物の身体だ。

  呪われていても王族に生まれた務めとして民や仕えてくれる従者たちの為に生きて働いてきた。

 そのお蔭か私は人に……主従を超えた友に恵まれた…… 

 


 足で地面を踏みしめて歩こうとするも膝が震えた。

 「くっ……」

 「無茶はするな。ヒザに限界が来てるだろう。体力回復も重要だ。道はまだ遠い。少し休んだ方がいいだろう。頑張りすぎだ」

 唯一の兵士であるマレクが休憩を提案してきて、従者たちも私もそれに従った。

 もう時を数えられないほど逃げている。私も体力の限界に近かったが、仲間たちの事を思えば休む何て言えなかった。

 そして、しんがりとして戦っているはずのカトレナの事も考えれば、余計に言葉が出てこない。

 頃合いを見て逃げるから王国で落ち合おうと彼とは約束をしたが、無事だろうか、

 東洋から伝来した刀と呼ばれる武器を持ち、果敢に切り込んでいった時の背中が記憶をよぎる。

 幼くも気高く立ち向かう姿は私の絶望的な運命に立ち向かう勇気をくれた。

 

 そして、他の仲間たちも……

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