第34話 一夜限りの復活(希美視点)
「じゃあリハはこれで終わりです。十五分休憩後、本番入ります」
お祭りのメインストリートから奥に入った場所に私たち「ごーるどあっぷる」の特設ステージはあった。
みこちゃんが頑張ってくれて、即席にするのは勿体ないほど立派なステージが出来た。
「希美ちゃんのダンス、やっぱり輝いてるわね。前の事務所があんなのじゃなければきっと売れっ子アイドルになってたのに」
「そんなことないって。あいりちゃんの歌は相変わらず上手いし、歌唱力はどう頑張っても太刀打ち出来ないよ」
「いやまぁ、うちから見たら二人ともまさにアイドルやわ。ちぃとばかり手を抜いてもええねんで。じゃなきゃ、うちが悪目立ちしてまうから」
今日は新生ごーるどあっぷるの一夜限りの復活ステージ。
あいりちゃんは相変わらず歌が上手いし、かのんちゃんは自分でああは言ってるけど、話上手だしルックスやスタイルはグラビアアイドル顔負け。
なんだかんだ、アイドルグループとしてはバランスの取れたいい感じだと自分で思う。
あ⁉
私は遠目に見た顔に、一目散に向かっていった。
「武士君。来てくれたんだね」
「あ、星井。うん、もういつ、星井のアイドル姿見れるか分からないし、楽しみにしてるよ」
武士君が来てくれた。見に来るって約束はしてくれてはいたけど、正直不安だった。
――だって、彼の側にはいつも桜木さんがいたから。
「あら、あなたはお台場のときの。武士君ですよね?」
「あ、はい。一応初めましてですよね? 九里武士です……以前、自己紹介しましたっけ?」
「本郷あいりです。あのときは本当にありがとうございました。いいえ、いつも希美ちゃんがあなたのことを話してくれていたので」
「え? 星井が?」
「ちょ、ちょっとあいりちゃん⁉」
私はかなり動揺しながら言った。もちろん悪気がないのは分かっている。でも、私が話した内容なんて伝えたら、武士君に私の気持ちを告げることになっちゃう。
「久しぶりやな、武士君。うちは初対面じゃないもんね。けどあれやな、希美ちゃんが話し辛くなるんもあれやから、うちらは退散しとこか」
「あ……ども……」
そう言って、かのんちゃんはあいりちゃんを連れて楽屋のほうに向かっていった。
武士君は状況が分かっていないようで、あやふやな返答をしたけど……かのんちゃん! 気を利かせてくれたのは分かるんだけど、そんな風に言ったら、照れて余計話し辛くなっちゃうよ……。
部活動のみんなには言ってなかったけど、事務所の、この二人には私の武士君に対する気持ちを打ち明けていた。彼と接点がないだろうから、本人に気持ちが伝わる心配がないからと。だからさっきは私、相当焦った。
今日武士君に見て欲しかったのは、もちろん私たちのステージだけど、それ以上に歌を届けたかった。
彼のおかげで私自身もそうだし、さっきの二人や、前の事務所のみんなも救われた。だからこそ、今日のステージではそのお礼の気持ちを伝えるため、わがままを言って私が選曲させてもらった。
そんなことも色々と、直接武士君に伝えようと思っていた。
だけど、いざ二人きりになると物凄い緊張が私を襲う。
子役をしていた頃から、ずっと仕事三昧で恋愛など経験のなかった私にとって、これは初恋。役としては演じられても、これがリアルとなると、私はどうしていいか分からなかった。
「なんか、久しぶりだな」
「え?」
そんな怖気づいてる私を察してくれたのか、武士君から話してきた。
「星井と二人だけで話すの」
「あ、あのときは本当に、あ、ありがとうございました!」
私は深々と頭を下げながら言った。「あのとき」とは、前の事務所の謀略により、何もかも失った私が瑞光橋から身を投げようとしてたところ。武士君に救われた。だから今、私はここに居ることが出来る。
「役者のほうはどう?」
武士君はそれに答えるでもなく、優しい口調で聞いてきた。
「う、うん。まだ先だけど、順調に行けば年内にも舞台に立たせてもらえるかも」
「良かったじゃん! 決まったら教えてくれよ? 絶対見に行くから」
その言葉。いつも私を勇気づけてくれる武士君の言葉。観客が武士君一人でも私は嬉しい。武士君だけのアイドルになりたいから。
私は嬉しくて照れ笑いを浮かべていただろう。
でも、武士君の顔を見ると、私の笑顔は不安で隠された。
武士君は、その言葉とは裏腹に、どこか悲痛な面持ちをしていたのだ。
何かあったの?
そういえば、今日は武士君一人。桜木さんは居ない。だとすると、彼女と何かあったの?
私の中を様々な不安が襲うが、怖くて本人に聞くことも出来ない。
「希美ちゃん、そろそろ本番です。楽屋のほうにお願いします」
Dが呼びにきた。
「はい。今行きます。武士君、ごめんね。ステージ見てね」
「もちろん。最前列で応援してるよ」
笑顔で私に手を振ってくれるも、私にはそれが作り笑いにしか見えなかった。
「なんかあのセンターの娘、表情がすごく神秘的というか……」「星井希美? 役者もやってるみたいだな」「ググったら、元子役で地下アイドルだって」「こりゃ、すごい大物になるぞ」
観客の人たちの視線が集まるのに気付いた。
私は一生懸命演じ続けた。アイドルというものを。
だけどそれは他の誰でもない。最前列の、たった一人のための演技。
武士君、私何が足らないのかな? どうしてそんな悲しそうな顔をするの?
ステージが終わると、私たちは楽屋に戻った。
「お疲れ、お二人さん。いやぁ、お客さんの反応も最高やったな。うち、またアイドルに戻ろうかな?」
「希美ちゃん、あなた浮かない顔してるけど、大丈夫?」
「あ、うん。お疲れ様。久しぶりのステージだったから、緊張して疲れがどっと」
「なんや、希美ちゃんもかいな。うちも実は緊張して――」
メンバーと話していると、武士君からラインが届いた。
称賛と労いの言葉だった。
私はそれを読むとすぐに外に出た。武士君に来てくれたお礼を言いたかったから。
よかった。
屋台のほうへ歩き出したが、彼はまだそこに居た。
「武士君! 今日は――」
「え⁉ キュウちゃん⁉ 久しぶり~!」
武士君に向かって叫ぶ私の声を遮るように、前にいた娘が武士君に大声で呼びかけた。
私の知らない女の子。武士君がその声に振り向くと、彼女は武士君のところに走り寄る。
気のせいか、武士君はかなり驚いたような表情を見せ、私と視線が合うと逃げるようにその娘を連れて屋台のほうに行ってしまった。
キュウちゃん? 武士君のこと?
まさか武士君の彼女?
そういえば私は武士君と色恋話をしたことがない。
私が知らなかっただけで、武士君には彼女が居たってこと?
かなり親しそうな口調だった見知らぬ彼女に、浮かれ気味だった私の心はどんよりとした雲に覆われる。
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