第33話 屋台巡り(華視点)

「お好み焼き? それもいいのですが、それよりも私、あっちのたこ焼きが食べてみたいです」

「あ、あぁ。たこ焼きね」


 とりあえず導入はこんな感じね。


 境内に入ると道の両側に屋台がずらりと並んでいた。

 お祭りというものについては、私は事前に嶋からみっちりと教わっていた。食べ物についてももちろん。お好み焼きや焼きそばなどに比べて、たこ焼きは一個当たりのサイズが小さいので、比較的食べやすいとのことだった。

 いくら庶民の場とは言え、私が大口を開けたり、口元を汚すような食事の取り方は出来ない。しかも部長の前でなんて絶対無理。


 そうよ、私がこんなに気をもんでるのに、当の部長は私を気にする素振りなんて微塵も見せない。浴衣だって全然褒めてくれないし……。

 二人きりなのよ? デートなのよ? 私だけ意識しちゃって、馬鹿みたいじゃない……。


 ――でもそれも、もう少しの辛抱。

 今日、私が部長と一緒にここに来た最大の目的は二人で鈴を鳴らすこと。もちろん、部長とのお祭りデート自体、かけがえのない素晴らしいものだけど、例の鈴を鳴らせば、きっと部長も私を――。

 ……別に神宮さんの言葉を信じてる訳じゃないわ。あんな非科学的なこと、私が信じるはずはない。ただ庶民の迷信に触れてみたいと言う好奇心なだけ。


「お待たせ。んと、あっちの木の下で食べる?」

「は、はい」


 場所を移動すると、部長はたこ焼きのパックを開けた。

 すると、おいしそうな香りが湯気とともに溢れてくる。部長は手に持ったパックを、私の方に差し出して言った。


「さ、桜木から、どうぞ」


 さすが部長だわ。庶民とは言え、レディファーストと言うものを分かっている。

 私はたこ焼きに刺さったつま楊枝ようじを掴み、そのまま持ち上げる。


 確かに大きくないわね。これなら一口でいける。


 皿の上ならともかく、楊枝に刺さっただけのたこ焼きを数回に分けて噛みちぎるのは品性に欠けるし、楊枝から外れて下に落としてしまうかもしれない。

 決してものぐさではなく、部長に下品な姿は見せたくないと言う思いで、私はそのたこ焼きを丸ごと口に入れた。

 それが失敗だった。

 たこ焼きは思いもよらぬ熱さで、私の口の中は灼熱地獄と化したのだ。

 だからと言って口から吐き出すなんて真似、部長の前では出来るはずもない。


「さ、桜木? 大丈夫か?」


 部長は心配して声を掛ける。きっと私は物凄い表情でいたのだろう。恥ずかしい。

 だけど、部長の問いに答えることは出来ない。だって、熱くて言葉が出ないのですもの。息をするのがやっと。


「こ、これに出せ。俺はあっち向いてるから」


 そう言って部長は私に、たこ焼きのパックが入っていたレジ袋を渡してきた。

 そうだ、部長は全部分かってたんだ。

 私は部長の気遣いを嬉しく感じるも、だからこそ余計にそんな殿方に醜態を晒す訳にはいかないと、口の中に空気を送り込み続けて熱を冷まし、どうにかたこ焼きを飲み込んだ。


「ぶ、部長。ご心配をお掛けしてすみませんでした。もう大丈夫です。袋、ありがとうございました」


 私は部長にそう声を掛け、未使用のレジ袋を返した。


「ごめん、先に俺が一言注意しておけばよかったのに。火傷しなかったか?」

「ええ。なんともありません。私こそ、不注意でした。でも、部長がいてくれてよかった」


 私を心配してくれる部長の言葉が嬉しくて、私は自分の感情を素直に出した。そしてすぐ、自分で言った言葉に対して焦り始める。もしかして、「部長がいてくれてよかった」とは、私が部長と行きたかったと言う気持ちを曝け出してはいないかと。私の気持ちが部長にバレてはいないかと。

 そう考えると、緊張して部長の目を見れなくなってしまう。


「い、いや。お、俺こそ、ささ桜木を、祭りに、あ案内できてよよ良かった」


 あら? 部長まで私の緊張が移っちゃったのかしら?


 口ごもる部長の言葉に、私はおかしくなって吹き出してしまう。


「な、なんだよ? 笑うことないだろ?」

「ふふ。だって、部長のそんな姿初めて見たのですから。他の人の前でもそんな口ごもることがあるのか考えたら、おかしくなってしまって」

「だってだな、俺は祭りに女と二人きりで来たことなんてなかったから、かなり必死なんだよ。ちゃんと祭りの楽しさを伝えられてるかってさ」


 部長、デートでお祭りに来たこと無かったのですね。……その言葉だけで私は幸せですよ。私も初めての殿方とのデート。お互いの初めてをこの場で共有できたことが私はとても嬉しいです。


「部長、たこ焼き美味しかったです。まだお祭りに来たばかりですもの、もっと色々教えて頂かないと。射的と言うものに連れて行って貰ってもいいですか?」

「射的? あぁ、いいとも」


 気のせいか、部長も笑顔で応えてくれた気がした。




「これが射的の屋台」


 少し歩くと、部長は屋台の前に止まって私に言った。

 そこには鉄砲がいくつか置いてあり、奥の棚にはおもちゃやお菓子がいくつも並んでいる。


「おばちゃん、二人お願いします」


 部長が屋台のおばさんに言うと、おばさんはコルクの置かれた皿を二つ私たちによこした。


「はいよ。お嬢ちゃん、撃ち方は分かるかい? このコルクを――」

「あ、大丈夫です。俺が教えるから」

「あら、優しい彼氏だね。良かったねお嬢ちゃん」


 おばさんの言葉に、部長は反論する訳でもなく、そのまま私のほうを向いた。

 私は私で、部長が否定しないことが嬉しかった。だけど、きっと照れから顔は真っ赤だったろう。


「こ、このコルクを、銃口に軽く、い入れて、ひ引き金を――」


 私の構えた銃を一緒に持って説明してくれる部長。だから私たちは何度も手が重なる。もうダメ。意識しすぎちゃって、部長の顔を見ることが出来ない。

 部長のほうも手が震えてる気がするけど、これが緊張なのか武者震いなのか、怖くて聞くことも出来ない。


 そのせいか、私はあっという間に五発あった弾を全部使いきってしまった。

 部長も残り一発。今のところ二人とも成果なし。

 別に成果なんか気にしない。部長と一緒にいられるだけで私は幸せなんだから。だけど最後、意外にも部長が聞いてきた。


「さ、桜木。ど、どれが欲しい?」

「え? じゃ、じゃあ。あれがいいです」


 私はそう言って小さなお菓子の箱を指した。本当はその横のうさぎのストラップが欲しかったけど、取りやすそうなものを選んだ。

 とは言っても、取れなくていい。私に聞いてくれたこと、私の欲しいものを狙ってくれること自体が嬉しいのだから。


「ご、ごめん」


 部長は謝った。景品が取れなかった訳ではない。取れたのだ。うさぎのストラップを。


「う、ううん。部長、これ、私頂いてもいいですか?」

「も、もちろん。期待したものでなかっただろうけど」

「そ、そんなことありません。私……」


 初めてのデートで、初めてのプレゼント。私は感極まって涙が出そうになる。

 目的の鈴を一緒に鳴らしたら、この気持ちを打ち明けてしまいたい。

 正直に、私の気持ちを伝えたい。


「ありがとうございます……私、このストラップ、ずっと大事にしますね」

「いや、そんな……なんか、気を使わせちゃって……」

「そんなんじゃありません!」


 私は気持ちが高ぶって少し声を荒らげる。


「本当にこれが欲しかったのですよ」

「そっか」

「部長、このあと――」


 私は一緒に鈴を鳴らしに誘おうとした。


『間もなく、アイドルグループ「ごーるどあっぷる」によるステージが始まります。ご来場の――』


 そこへ星井さんたちのステージの案内放送があった。


「あ、桜木。星井たちのステージだ。見に行こうよ」


 部長は言った。私の言葉が終わってなかったのに。


「そんなに見たいなら、どうぞ部長お一人で行ってください!」

「え? ちょっ。さ、桜木⁉」


 私はそう言ってその場から走り去った。

 自分でも分からなかった。なんでそんな行動をしたのか。

 だけど、もうやってしまった。

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