第31話 デートのお誘い
七月に入った。
期末テストを終えた部員たちは、冷房の効いた応接室でそれぞれくつろいでいた。
「あれ? 部長勉強ですか? テスト終わったばかりなのに、精が出ますね」
「一応テストの復習をな。俺の場合、成績が下がって学費免除が無しになる訳にはいかないからな」
「へぇ、なんか大変なんですね」
「神宮さん。あなただってうかうかしてられませんよ。学費は関係ないにしても、あなたの場合、落第だって有り得るのですから」
「華ちゃん、なんてことを⁉ あたしは今のとこギリギリ赤点ラインは越えてますよ!」
「だから、いつそれを下回るか分からないじゃない」
華に対し、返す言葉のないみこは口を尖らせている。
「まぁまぁ。もし赤点とっても、追試やら補習やらでどうにかなるよ、きっと」
「部長~、もしそのときはよろしくお願いします~」
(……何をよろしくお願いされるんだ……)
切羽詰まった顔で訴えるみこの台詞の意図が読めず、困惑した表情を浮かべる武士。
「華ちゃんもよろしくお願いしますね~」
(なんなのこの娘は。人に頼ってばかりいないで、部長を見習って少しは勉強なさいよ)
華のほうは、笑顔でありつつも、内心では軽蔑の眼差しを向けていた。
(今のところは、まだ大丈夫)
楓は無言のまま、華が機嫌を損なって自分が愚痴を聞かされるはめにならないか。と、言うことだけ気にかけていた。
「みんな、期末テストお疲れ様!」
そこへ希美が入ってくる。彼女は仕事と勉学を両立しているため、試験が終わってほっとしたのだろう。嬉しそうな笑顔で、言葉もハキハキとしていた。
「あ、みこちゃん。明日、事務所の娘たちと一緒にみこちゃんとこの神社に行ってもいいかな?」
希美はみこを見つけると、そう問いかけた。
「はい! あれですね? ステージの確認ですね⁉」
「そうそう。ただ、芝居やるって程その日空いてる人がいなくて。でも、あいりちゃんとかのんちゃんが大丈夫って言ってくれたから、三人で行かせてもらうね」
「それって元ごーるどあっぷるの二人だよな? ってことは、星井も入れていよいよアイドル復活とか?」
「うふふ、まだ内緒。でも、武士君。絶対に私たちのステージを見に来てね」
「あぁ、もちろん。楽しみにしてるよ」
「本当は武士君と一緒にお祭り行きたかったけど、次は一緒に行こうね」
「あ、うん……(それってつまりデートのお誘いだよな? いやいや、また悪い癖が出てるぞ俺。こんなかわいいアイドルが、俺をデートに誘う訳がない。ただの社交辞令だ。危ない危ない)」
「あれ? 希美ちゃんもしかして、部長にデートのお誘いですかぁ?」
みこはその恋愛脳が稼働し、ニヤつきながら希美に聞く。
「えぇ? そう聞こえる? あはは、どうだろ? 武士君はどう聞こえた?」
「え? 俺⁉ (なんで俺にふるんだ……分からん、何をどう答えるべきなのか、全く分からん……)」
他愛もないことなのだが、武士にとってそれはどんなテストの難問よりも、正解を導くのが難しい問題だった。
(……星井さん。あなた、私と部長がお似合いだと言っておきながら、なんですかこの仕打ちは? そうですか。あなたがそう来るなら私にも考えがあります。もうこの国に居られないと覚悟しておきなさい!)
(あ~あ、華様ついに悪魔召喚しちゃったよ。ってか、そうなるなら自分から気持ち伝えちゃえばいいのに……)
楓は引きつった顔で華を見ると、武士に言った。
「部長。そういえば顧問から、職員室に部長を連れてくるよう言われていました。ちょっと来ていただいてよろしいですか?」
「ん? 顧問? あ、うん」
楓はいかにもな理由をつけて武士を応接室から誘い出す。希美への返答に困っていた武士にとって、それは渡りに船でもあったので、素直に従った。
「あれ? 職員室じゃ?」
武士が連れて来られたのは、校舎裏だった。
楓は奥にいた子犬を、座って撫でながら武士に言う。
「ごめんなさい、あれは嘘です」
「嘘⁉」
「ちょっと部長にお願いがありまして」
「ってか、お願いなら部室でいいんじゃ?」
「華様のことです」
「桜木? どうかしたの?」
武士も正面に座り、逆側から犬を撫でる。
「ご存じのように、華様は生粋の箱入り娘です。それゆえ、庶民の風習に疎いところがありまして。部長にお願いと言うのは、華様と一緒にお祭りに行ってほしいのです」
「一緒にお祭り⁉」
「正確には、お祭りに誘って華様を連れて行ってほしいのです」
「誘うって言っても……(異性と二人きりで祭りって……それってリア充のカップルにしか許されないイベントじゃないか!)」
武士の中ではそういう認識だった。
「華様のお父様は大変厳格な方です。女性から殿方を誘うなど言語道断。もちろん殿方から誘われたとしても、異性との交遊など許されません」
「だったら俺だって――」
「しかし部長はクラス委員長であり、カウンセリング部の部長。共に副を務める華様となら、部活動の一環やクラスの行事の視察など、なんとでも言いようがあります」
「いや、だったら嶋が一緒に行けばいいんじゃ?」
「先ほども言いましたように、華様に必要なのは庶民の自然な暮らしを知ることです。私は長らく桜木家に仕えておりますので、知識だけでしか庶民の暮らしを知りません。あくまで自然な庶民が必要なのです」
(なんか、すごく馬鹿にされている気がするのだが……)
「当日は神宮さんや星井さんは、主催側ですのでお祭りには参加できませんし、やはり部長しかいないのです」
「でも俺が誘って、桜木は承諾するかな……(これってつまりデートの誘いになる訳だもんな……)」
「これはデートではありません。部活動です。ですので、深く考えずにどうかお願いします」
「(なんか俺、心の中覗かれてません?)ま、まぁ……そういうことなら……」
武士が答えると、楓はこれで華の機嫌が直るとの安堵で、ほっと胸を撫でおろした。
武士が応接室に戻ると、みこと希美はすでに下校していた。
廊下で待つ楓は、その時間も見計らって武士との話を切り上げたのだ。
「あの、桜木?」
「……なんですか? アイドルを色目で見ている部長さん」
(なんかすげぇ毒づいてないか? 俺なんかしたっけ……こんな状況で誘うなんて無理だろ……)
武士はビビッて部室を出ようとするも、扉は固く閉ざされていた。
(やっぱり逃げようとした。即席で外鍵を取り付けて正解だったわ)
ドアには外側から楓によって簡易式の施錠がされていた。
「あ、あのさ。神宮のとこの神社のお祭り。よ、良かったら、お、俺……俺、俺……」
「はぁ?」
部活動とは言われても、女性を誘った経験のない武士にしてみれば、これを口に出すのはとてつもなく高い壁であった。極度の緊張から、武士は言葉に詰まってしまう。
(部長……それじゃ昔のオレオレ詐欺になってますよ!)
廊下でこれを聞く楓も、武士がここまでヘタレだとは予想外だったようだ。
「なんですか……そうやってふざけて。良かったですね、星井さんに誘ってもらえて。私だって憧れていましたよ……」
(涙?)
華はそう言うと、耐えきれずに頬から涙がしたたり落ちた。
(そうだ、桜木は行ったことないんだよ。お祭りに。だから純粋に、男女とかそういのじゃなく、純粋にお祭りに行きたいんだ。俺はなんて浅はかな考えをしていたんだ。そうだよ、せっかく俺が桜木に教えてやれる数少ない行事じゃないか)
「ごめん。あのさ、桜木。俺と一緒にお祭りに行かないか?」
武士はついに言った。変化球でもない、それは直球ど真ん中で。
「お祭り?」
「あぁ。俺は小さい頃からさんざん地元のお祭り見てきたからな。きちんとガイド出来ると思うよ?」
「……し、仕方ないですね。部長がどうしてもと言うなら……よ、よろしくお願いします」
ぎこちないながらも、内心嬉しさで爆発しそうな感情をどうにか抑え、華は返事した。
その夜。
「――でね、部長が言うのよ。私と一緒にお祭りに行きたいって!」
「はいはい、良かったですね……(はぁ、もう十回は聞いたわ。愚痴は聞かずに済んだけど、失敗したかなぁ……)」
楓は華の部屋で散々同じ話を聞かされていた。
「それでね、部長が部室に戻って来たと思ったら、私に言うのよ。私と一緒に――」
「華様、私もう帰っていいですか……」
華の興奮はしばらく続いた。
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