第29話 「アレ」

 ゴールデンウイークも明け、通常の生活が再開する。

 どうにか四月のうちに部活動の条件をクリアすることの出来たカウンセリング部もまた、活動を再開する。

 だが、特にこれといってやるべきことがある訳でもない中、その活動内容は、武士の昼食会場だったり、みこの恋占いだったり、最近では中間テストに向け希美は積極的に武士に勉強を教わっていた。

 まぁ、要はなんでもあり部と化していた。




「――なるほど、顔よりも内面を褒めたほうがいいのですね」


 そんなある日の華の部屋。

 華は何やら本読みながら、独り言を呟き納得している様子だった。


「あの、華様。気が散るんで、いちいち声に出さないでもらえます?」

「え? 声に出てました?」


 そこで楓は中間テストに向けて、一人黙々と勉強に励んでいた。


「ふむふむ、褒める箇所は抽象的にね」

「わたし帰っていいですか?」

「だめよ! 嶋がいないと、私の勉強のアリバイを証明してくれる人が居なくなるでしょ⁉」


 中間テストが近いことで、勉強していないことが知れると、華は家庭教師を付けられる決まりだった。


「はぁ……(この人、何見てるんだろ)」


 そんな華の台詞から、絶対に勉強していないと悟った楓は、華の読んでいる本の表紙を覗き込む。


(「男心をくすぐる大和撫子やまとなでしこ これで彼の心は貴女のもの!」?  嫌な予感しかしないわ……)




 翌日の放課後。


「じゃあ、先生はもう帰るから。最後の人、鍵をよろしくね」


 顧問にされた聡美が言う。なんだかんだ、律儀にも彼女は毎日応接室に顔を出していたのだ。


「あれぇ? 先生なんか今日は化粧もバッチリだし、まさかデートですかぁ⁉」


 恋愛脳のみこは聡美のそわそわした様子を、その研ぎ澄まされた嗅覚ですぐに嗅ぎつける。


「え? いやぁデートだったらいいんだけど、今日はね先生合コンなの。イケメンの男子大学生たちに誘われちゃってぇ」


素面しらふでもこれかよ……。ったく教師のくせに)


 家庭訪問の地獄を味わった武士は、若干記憶が蘇る。


「合コンですか⁉ うわぁやっぱり大人ですねぇ。羨ましいなぁ」

「神宮さんも大学生になれば、引く手あまたよ。じゃあ、行ってきまぁす」


 そう言いながら聡美は軽い足取りで部屋を出る。


「おはようございます。さっき先生がニコニコしながら出て行ったけど……」


 入れ替わりに入って来た希美は、いつもと様子のおかしい聡美のことを恐る恐る聞く。


「ああ、希美ちゃん。おっはよ~。先生ね、これから合コンなんだって!」

「合コ……あぁ、なるほど。あ、武士君おはよう。今日も勉強教えてもらっていいかな?」

「あ、おっす。うん、俺も勉強してたとこだから」


 そして希美は武士の横に座る。


(この女また……まぁいいわ。我慢するのよ私。これも作戦のうち)

(……)


 希美を睨む華を見て、楓は益々不安が募る。


「先生って、いつもちょっと抜けてる感じですよねぇ。でも男性にとっては逆にそこがいいのかなぁ。華ちゃんどう思います?」


(きたきた。なんて扱いやすい子なのかしら。とりあえずは一度話しを――)


 普段なら、そんなパスを送られれば鬱陶うっとうしさを隠さない華であるが、この日は違った。

 むしろこれは華の仕組んだ作戦の一部だった。

 聡美が誘われたという合コンの相手も、桜木グループ傘下の人材派遣会社の人物。聡美の性格上、それを隠さずみこに言うのも予想のうち。

 そしてそれを聞いたみこは恋愛脳が活性化され、華に話を振る。

 まさに今までの出来事は、事前に計画を立てた華の手のひらの上で転がされていたのだ。


「神宮さん。そういうのは直接男性に聞いた方がいいのでは?」

「あぁ確かに! 部長、どう思います⁉」

「……え? あ、ごめん。なんのこと?」

「だからぁ、男の人ってドジっ子とかに惹かれるのかなって」

「うぅん、どうだろ? 人によるんじゃない?」

「じゃあ部長は?」

「俺? 俺はそうでも……ないかな……」


(さすが部長です。これも予想通り。だってドジのお手本みたいな神宮さんに言われて、それを肯定するはずありませんもの。さぁ、あと一押しです)


「えぇ、そうなのですかぁ⁉」

「むしろ、女のほうが男を顔で選ぶ人が圧倒的じゃん?」

「えぇ? だって、やっぱり最初見るのは顔じゃないですか。まぁイケメンは好きですけど、あたしは中身も大事だと思いますよ! ね、華ちゃん?」


(キタキタキタキタキターーーーーーーー‼)

(なんでこの人は右手で小さくガッツポーズを作る……)


 華の態度に、楓は危機感を覚える。


「私、ですか? そうですね、中身と言うか、男性は「アレ」が大きいほうがいいと思っていますよ」

「え……」


 一同、華の言葉に耳を疑う。


「他人と比べるものではないでしょうけど、一般論で言えば部長のアレ、大きいですよね」


 武士は飲みかけのお茶を豪快に吹き出す。


「は、華ちゃん……みみみ、見たんですか⁉ ぶぶぶ部長のアレを!」

「はい。ちゃんと映像も残してありますよ」

「みみみ見せてないよ! 絶対に! は⁉ 映像⁉ (ナニそれ……いつの間にどこで……)」


 自分に集まる視線に、武士は慌てて全否定する。


「星井さん!」

「は、はいっ!」


 華は希美をにやりと見て言う。


「あなたも見ましたよね? 部長のアレを」

「み、見てませんよ!」

「嘘おっしゃい。嶋から聞きましたよ。あなたトイレで部長のアレを見て、泣いて喜んだそうじゃないですか」

「嘘じゃないです……私そんなことしてません!」

「わたしこそそんな話してません! (わたしを巻き込まないで!)」


 今にも泣きそうな希美。楓は必死に冤罪を訴える。


「部長、確かにあなたのアレは大きいです。星井さんはあれで満足でしょうけど、私を満足させるにはもっとアレを大きくして頂かなければ――」

「……」


 応接室に沈黙が訪れる。

 開いた口が塞がらないみこ。真っ白になる武士。泣き出しそうな希美。


「あの、華様……」


 そんな中、楓は華に耳打ちする。

 これ以上主人である華の失態を広げないために、「アレ」とは一般的に何を指すのか教えてあげたのだ。


「え⁉ だって、言葉を濁せって……書いて……違うんです⁉ アレとは決してそういう意味ではないんです! 器とか男気とか……だって本にそう書いて……」


 動揺しまくった華は、顔を真っ赤にしながら外に走っていった。

 しかしながら、応接室に残った三人は生ける屍となり果てていたため、華の弁明が聞こえていなかった。その誤解が解けたのは中間テスト後のことだった。




 ちなみに中間テストでは、華はどうにか二位をキープ出来た。

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