第28話 五人目

 翌、月曜日の放課後。


「はぁ、一昨日はよかったですね~。あたしももらい泣きしちゃいそうでしたもん」

「手続きを踏んでからになるけど、これで星井も大川さんのとこで、新しいスタートを切れるな。スマイルプロとの契約は無効、学費のほうも問題ないだろう。やっと依頼完了だな」

「やっぱり部長って頭いいんですね~」

「やっぱりってなんだよ?」


 応接室ではみこと武士が土曜日の件を話していた。


「ぶ、部長……(教室では人目が気になって余り話せませんでしたが、ここなら……)」


 そこに、華がやや緊張した面持ちで入ってくる。その後ろから、疲れた顔をした楓も入ってくる。


「あ、華ちゃ~ん。一昨日はお疲れさまでした~」

「桜木、どうかした?」


 みこのことなど目に入っていないようで、華は真っすぐ武士の元に歩み寄る。


「こ、これどうぞ。私のです……」


 そう言って、華は武士に色紙を差し出す。


「ん? これは?」

「わ、私のサインです……(部長、サイン欲しがってましたよね⁉ ちゃんと聞きましたよ! あの女に言ってたのを!)」


 そこには象形文字のような、暗号のような、子供の落書きのような、ダイイングメッセージのような怪文書が書いてあった。


「あ、ありがとう……(いや、桜木からの贈り物は嬉しいんだけど……これ、なんだ? 絵? 記号? 扱いに困るな……)」


(……はぁ。だからあれほどやめろと言ったのに……華様一度決めると聞かないから……)


「私、一生懸命それを――」


 華がそう言いかけたときに、応接室のドアがノックされる。

 普段訪問者など居ない中での出来事に、驚いた一同の視線はドアに集中する。


「はいは~い」


 みこはすぐにドアに向かう。


「おい神宮、気を付けろよ。もしかしたらストーカー……は、ないか」

「あれ、部長トラウマになってます? まぁそうですよねぇ、あんなことがあったし。でも、これはきっとあれですよ!」

「あれ?」

「クライアントですよ! この前の事リング部の「カ」の字も出てないだろ……)


 武士は心の中で突っ込む。


「はい、いらっしゃいませ~。どんなご相談ですか……あれ?」


 様子のおかしいみこに、一同の視線は再びドアに集まる。


「あの……みなさん、この前はありがとうございました」

「あ~! 希美ちゃんだ~! どうぞどうぞ~」


 入ってきたのは希美だった。


(……なんでこの女がこの聖域に来るのよ!)

(うわぁ……今のうちに逃げておこ……)


 希美を見て急激にご機嫌が悪くなる華を察し、楓はこっそりと部屋を出ようとする。が、華に気付かれると襟を掴まれて逃走失敗となる。


「星井? ……あれからどう?」

「うん、昨日朝から新しい事務所に行ってね。自己紹介程度だったけど、みんな優しくしてくれて。私、一歩踏み出すことが出来たよ。本当に、武士君のおかげだよ」

「そっか、それはよかったな」


(はぁ? 武士君? ふざけないでよ! 部長、すぐに男を下の名前で呼ぶようなこんな女、尻軽のクズですよ! お願いだから早く気付いてよ!)


「それで、今日はどうしたんですか? 希美ちゃん」

「あの……もし、募集してたらなんだけど……私も、その……カウンセリング部に入れて貰えないかなって」


(はぁぁぁぁぁ⁉ 急に何を言い出すの、この女! ここは私と部長の部屋なんですよ! 人の家に何を土足で上がり込もうとしてるんですか、あなたは⁉ 嶋、早くこの女をつまみ出しなさい!)

(絶対に目を合わせないようにしとこ……)


 危険を感じた楓は、華と目を合わすまいと、そっと窓のほうを見つめる。


「本当か⁉ いや、それは入ってくれるなら嬉しいけど……仕事のほうは大丈夫か?」

「うん。まだ基本的に夜間の稽古だけだから。もし何かに出演とか決まると、そっち優先になっちゃうかもしれないけど……いいかな?」


(いい訳ないじゃない! 私たちはこの部活に命を懸けているのよ⁉ そんな中途半端な気持ちで入ってこられたら、みんな大迷惑よ!)


「大丈夫ですよ。うちの部はゆる~いですからぁ。ねぇ部長?」

「うん、そこは全然……桜木はどう?」

「い、いいんじゃないですか? (……誰か私の口を止めてくださいな……)」

「じゃあ、早速。この紙にクラスと名前書いてくださいね!」


 みこは引き出しから申請書を取り出して希美に渡す。

 希美はそれに記入すると、みんなに言う。


「みなさん、今日からよろしくお願いします」


 希美の挨拶に、みんな揃って拍手で応える。華も仕方なく、心のこもっていない拍手をする。


「それで、私は何をすればいいでしょう?」


 希美は真剣な眼差しで聞く。


「え? 何をって……部長、いつもあたしたち何してましたっけ?」

「何って……無駄話?」

「(私と部長の貴重な会話の時間を邪魔しないで!)って、言いたい……」

「華様……(心の声が漏れ始めてます……)」


 華がかなりテンパっていることに、楓は焦る。


「じゃあ、カラオケ行きませんか?」

「カラオケ?」

「そうです! あたし、アイドルの生歌聞きたかったんです~!」

「まぁ……たまにはいっか。星井と桜木、嶋もいいだろ?」

「あはは。もうアイドルじゃないけど、みんなと行きたいな」

「はい。行きましょう」


(え? 華様……急に、どうして? 絶対何か企んでるよ、この人……)


「嶋は?」

「はい、行きます……」


 こうして部員総出でカラオケに向かうのだった。






「201号室です」

「神宮、こういうのはテキパキとやるんだな」


 慣れた様子で受け付けを済ますみこを見て、武士は言う。


 部屋に入ると、これまたみこはみんなの飲み物を聞き、インターホンで注文をする。


「じゃあ最初誰入れます~?」

「神宮、歌いたいんだろ?」

「あれ? 分かりますぅ?」

「色々やってくれたんだし、好きなの歌えよ」


 そう言われると、みこは楽しそうに曲を選んで歌い始める。


「ちょっとよろしいですか?」


 みこが歌う中、華は希美に声を掛けた。






「――星井さん、あなた……」


 トイレに望みを連れ出すと、華は希美に語り掛けようとするが、それを遮るかのように希美のほうから、意外にも口を開く。。


「――あ、あの……桜木さんって、武士君と……付き合ってるの?」

「え? (……私の話の途中なのに⁉ って、何? どういうこと⁉)」

「急に、変に思うかもしれないけど……私、二人を見ていてそうなかって……お願い、答えて!」

「そ、そんなことはありませんよ……(この子……何よ、ちゃんと見てるんじゃない。そう、分かってるならいいんですよ)」

「なら、桜木さんは武士君のことどう思ってるの?」

「どうって……それは頭もいいし、頼りになる部長ですよ(そうよ、間違ってはないわよ?)」

「好き、じゃないの? 武士君のこと」

「そそそそ、そんな訳ないじゃないですか(そ、そうですよ。例え部長が私を好きだとしても、私は……)」

「本当?」

「もちろん、です……」

「そっか……ごめんね、変なこと聞いて(良かった……)」

「いえ……(それはつまり、私と部長はお似合いって言いたいのですよね? なんだ、この子案外いい子じゃないですか)」


 恋愛経験のない華には、希美の言葉の真意をきちんと理解出来なかった。

 トイレの外では、まさか完全犯罪でもするのではないかと、心配して着いてきた楓が、その会話を覗き聞く。


(……かなり決定的なこと言ってるんだけどなぁ……。どうやら、華様には理解出来てないみたいだし、まぁいっか)


 何はともあれ、平和のうちに、部員の揃ったカウンセリング部であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る