第25話 解散宣言
土曜日。お台場。
『さぁ、いよいよ始まります! アイドルの祭典、お台場アイドルフェスティバル2023!』
アナウンスとともに、会場のファンたちは一斉に大歓声に湧き立つ。
「ヤス君、会場はどこでしたっけ?」
みことヤスは人混みの中、数か所に分かれた目的の会場を探す。
「みこちゃん、頼むよ。それでもドルヲタか? 会場はウエストガーデン、あっちだ!」
「さすがです、ヤス君!」
「さすが日本一のアイドルフェス「OIF」ですね。これで今日うちのごーるどあっぷるが日本中の注目を集めながら、いよいよメジャーデビューです」
「うちの雑誌でかなり特集を組みましたからね。今日もごーるどあっぷる目当ての客でごった返しますよ」
特設会場の屋上から、スマイルプロ社長の
「丸山君にはいつも世話になるね。メジャーデビューしてからも、ぜひうちの特集を頼みますよ」
「もちろんですよ。スマイルプロさんほど、うちにバックを入れてくれるところはありませんからね。星井希美の件でも、三割をうちに入れてくれるそうで」
「あれはもう、丸山君の功績だからね。希美もなかなかしぶとい子だったよ。レッスンに参加させなければパフォーマンスが落ちるかと思ったのに」
「むしろ上がってましたからね。ごーるどあっぷるが飲まれるんじゃないかと、ヒヤヒヤしましたよ」
「あの子は努力家なんだけどね、しなくていいところで努力するから……」
「それこそまさに無駄な努力と言うやつですね」
「まったくだよ」
二人は向かい合ったまま高笑いをする。
「ストーカーで捕まった彼も、君の指示かい?」
「あれはたまたまですよ。星井希美のコアなファンに、ちょっと情報を伝えたら、うまいこと動いてくれました」
「相沢かのんを使ったSNSか?」
「まぁちょっと暴走してしまいましたがね。おかげで代わりのスキャンダル写真は撮れましたし」
「あれは見事だったよ。言い逃れの出来ないスキャンダルだ」
「アイドルにとってはご法度。そしてめでたく違約金を貰って契約解除と。いやあ、社長の悪どさには頭が下がりますよ」
「誰が好き好んで、身寄りのないあの子の後見人になるものか。今まで世話してやった分を返してもらっただけだよ。そういう君だって、一歩間違えれば人が死ぬところじゃなかったか」
「確かに。同じ死ぬなら保険を掛けてからにしてもらいませんとね」
「まったく、君は大した男だよ」
「誉め言葉と捉えておきますよ。では、ごーるどあっぷるの様子を見てきますので、一度失礼します」
ごーるどあっぷる控室。
「全員気を抜くなよ。今日はメジャーデビュー発表の大事な日。テレビ中継も入る。万が一にも下手なパフォーマンスをしたら……分かってるな?」
丸山は控室に入ると、メンバーに圧を掛ける。
「もちろん。マネージャー、今日はこんな立派な控室まで確保してくれて、本当にありがとうございます」
リーダーのあいりは、そう言いながら丸山の首に両手を回す。
「おいおい、あいり。さすがにみんなの前だ……あとでな」
丸山は少し焦った様子を見せると、控室をあとにする。
「なんやあいりちゃん、やっぱりマネちゃんと出来てたんかいな?」
「そんな訳ないって。あいつが私を利用するように、私もあいつを利用するだけ。ほんと、なんにもないから。これでも私、身は固いんだよ?」
「ごっつ透かしとんな。まぁええわ。それより、あれは回収出来たん?」
「もちろん。これ」
あいりは一円玉ほどの大きさの黒い円盤をみんなに見せる。
「こんな小さいんか。敵わんなぁ、こんなのウチでも気付けへんわ」
「ね、本格的だよね。じゃあ私、嶋さんに連絡しちゃうね」
「ごーるどあっぷるのみなさん、出番十分前です」
「は~い」
控室に呼びに来たスタッフに返事をすると、メンバーはステージ袖に向かう。
『続きまして、スマイルプロ所属「ごーるどあっぷる」のみなさんです!』
ステージではごーるどあっぷるの出番がアナウンスされる。
「この前のあいつらは……大丈夫、いないな」
客席の奥から、丸山は武士と華が紛れ込んでないか慎重に確かめていた。
「これだって? メジャーデビューのグループって」
「確かそうだ。上から口を酸っぱくして言われたからなぁ。ごーるどあっぷるのときは、全カメラを使ってしっかり回せって」
アリーナ席では、ごーるどあっぷるのアナウンスを聞いたテレビクルーたちが話す。
「なんで、いちいち上がそんなこと言うんだろうな?」
「丸山社長が絡んでるんだと。新進気鋭だろうが、たかが一出版社に媚び売らなきゃいけないなんてよ。テレビ業界もいよいよ終わりかねぇ」
「あれ? なんか時間かかってない?」「誰も出てこないぞ?」「どうしたんだよ! 運営、なんとかしろよ!」「あいりちゃん、どこにいるの~⁉」
アナウンスから一向に姿を見せないごーるどあっぷるの面々に、会場のファンたちはざわめき始める。
「丸山君、どうなってるんだ?」
「しゃ、社長。いや、おかしいな……」
金谷は丸山の元へ来ると、苛立った様子で聞く。
「おお、やっとだ」「待ちわびたよぉ!」「あいりちゃん!」「俺は、かのんちゃん推しだ~!」
大量のスモークがステージを覆う。そして色とりどりのライトが中央を照らした。
「あれ? これって新曲?」「なんか、プログラムと違う?」「どうなってんの?」
会場にはファンも聞き覚えのない曲のイントロが流れる。
「みなさ~ん、初めまして。星井希美と言います。今日はたっぷり私の曲を楽しんで行ってくださいね~!」
スモークが晴れるとともに姿を現したのは、ごーるどあっぷるでなく、希美だった。
「おい、丸山君。これは一体どういうことだ!」
「わ、私にも分かりませんよ」
「テレビ中継されてるんだぞ!」
「と、とりあえずステージ袖に行ってみましょう」
「星井、希美?」「ライブでごーるどあっぷると一緒の会場だったことはあるけど……」「俺この曲知らないんだけど」「おい、運営。説明しろよ!」
目的のごーるどあっぷるがいないことに、ファンたちのざわめきはクレームに変わり始める。
「よっしゃー! いくぞー!」
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」
前奏に合わせ、みことヤスは大声でコールを叫ぶ。
「コ、コール?」「星井希美もスマイルプロなんだし、コラボとかじゃん? とりあえず、コールやっとけ!」「実は希美ちゃん、密かに推してたんだよね」
それに釣られたドルヲタたちも、次第にざわめきを止めてコールに参加する。
(さすがガチのドルヲタのヤス君。一瞬で会場の雰囲気を変えてしまいましたね)
(まさか俺のコールに着いて来れるなんて。神宮みこ、お主ただ者ではないな)
「おい、お前たち! これは一体どういう――」
丸山と金谷がステージ袖に来て、ステージ上の希美を止めに行こうとする。
しかし、ごーるどあっぷるは全員で必死に二人を食い止める。
「お前ら、こんなことしてどうなるか、分かってるのか⁉」
「そうだ! 契約不履行で違約金、いや、賠償問題だぞ!」
「希美ちゃんのステージはもう終わるから、ちょっとだけ待ってよ!」
「そうや、そしたらそのあと、うちらがぎょうさん歌っちゃる。あまり暴れると、テレビに抜かれんで」
かのんの一言で、二人は我に返る。
「いいか、お前たちのステージが成功しても、賠償はしてもらうからな」
「わ~ってるって。賠償でもなんでしてやるから、おとなしくウチらのステージしっかり目に焼き付けとき」
希美の歌は大盛況のうちに終わり、希美をステージに残したまま、ごーるどあっぷるの面々はその希美を中央に据えてステージに立つ。
「何やってるんだよあいつら……何が分かっただ!」
その様子を袖から見る、丸山と金谷の怒りのボルテージはどんどん上がる。
「みなさ~ん、お待たせしました! ごーるどあっぷるで~す」
「待ってましたぁ!」「あいりちゃんこっち向いて~!」「フライングメジャーデビューおめでとう!」
「今日はみなさんに大事な報告がありま~す」
「知ってるよ!」「ついにメジャーデビューでしょ?」「いつまでも応援してるから~!」
「私たち、ごーるどあっぷるは、今日を持って解散しま~す!」
突然の言葉に会場のファンたちは静まり返る。
それは正に青天の霹靂だった。
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