第24話 役者は揃った

「お、お疲れさまでしたぁ!」


 撮影は滞りなく終わった。希美が代役で出たカットも、一発でオーケーが出た。

 未だ緊張が解けない様子の希美は、周りの演者やスタッフに深々と頭を下げながら挨拶をした。


「星井さん、だったよね? 急な代役だったけど、しっかりした演技だったよ」

「あ、ありがとうございます。さ、早乙女さんは、いつも私見てます。テレビで」

「ありがとう。お疲れさまでした」


 最後に希美は早乙女と挨拶を交わす。直接の絡みはなかったが、主演を張る早乙女も、希美の演技に満足した様子だった。


「星井、やっぱすごかったよ。普通に他の役者に見劣りしなかったもの。な、桜木もそう思うだろ?」

「そ、そうですね……(私に振らないでくださいな……)」

「ほんの一言だけの台詞だったけどね。でも、ありがとう。おかげで大好きだなオカ研の一コマに出ることが出来たよぉ。そうだ、この映画の配給って……」

「配給?」


 武士は希美の言葉を聞き直す。


「うん、台本の背表紙にあるんだけど、桜映ってもしかして」

「桜映? 有名な配給会社だけど、それがどうか……あれ、もしかしてこれ、桜木のとこ?」


 二人は一斉に華に視線を送る。


「そうですね、うちの子会社です(いちいちグループ全部のことなんて覚えてるはずないじゃない。でも、それなら……そうよ、部長と仲良くするようなこんな尻軽女が出てる映画なんて、配給しなければいいのよ!)」


 華は闇落ちする。


(そうと決まれば、早速お父様に……)


 そのまま華はスマホを操作し始める。


「上映、楽しみだな」

「私ちゃんと映ってるかなぁ?」


(今のうちにせいぜいはしゃいでいるがいいわ。上映中止となったら、この女どんな顔をするかしら)


 華は悪魔の顔をしたまま、父にメールを打つ。


「一緒に観に行こうな、桜木」

「はい! 楽しみにしています。星井さん、今日の演技、とても素晴らしかったわ」

「あ、ありがとうございます」


 武士の一言で、華はメールを打つ手を止め、闇から戻ってくる。


「星井さん、九里さん、今日は助かりました。ありがとう」


 やってきた大川社長は二人に礼を言う。


(この老いぼれ、よくも私を無視してくれますね。映画は上映しても、あなたの会社を潰すくらい造作も――)


「あなたは、九里さんの彼女さんかな? お名前まだ聞いてませんでしたね。お伺いしても?」


(お爺さん、よく言えましたね。安心してください。これであなたの会社は未来永劫安泰ですよ)


「桜木さんは武士君とはただのクラスメイトですよ。ね、武士君(なんか桜木さん、機嫌悪そうだし。ここで武士君の彼女と間違われて、余計に機嫌悪くなられたら困るわ)」

「え? あ、あぁ」

「(なんであんたが答えるのよ! ふざけるんじゃないわよ!)桜木……華です」

「桜木、さん? もしかして、あの桜映の?」

「そうですね、桜映はうちの子会社です」

「監督! D! ほら、早くみんな挨拶して!」


 大川はすぐにお偉方のスタッフを集める。華の素性を知ったスタッフたちは、あれやこれや華を持ち上げ始めた。


「いえ、そんな。みなさん、気をお使いにならないでください(やっとですか! 遅すぎるわよ! 遅れた分、しっかり私をもてなしなさいよ)」


 みなのもてなしを受ける華は、やっと機嫌を直すのだった。


「社長、ほんとすんませんでした!」


 大川社長の元に、謝罪をする女性の声が聞こえる。


「いや、仕方ないよ。こちらこそ、待ってあげられなくて申し訳ない」

「そんなことあらへんです」

「相沢君にとってせっかくのチャンスだったんだけど、また次の機会を待とうね」

「そんなん。ウチはいつまでも待ちますって。それより、現場大丈夫でした?」

「それがね、ピッタリの代役が見つかってね」

「へぇ、良かったぁ。ウチもその人にお礼言っとかんと。まだいます?」

「あぁ、そこにいるよ。星井君!」


 希美を呼ぶ大川の声に、希美と武士が振り向く。


「あれ? 希美ちゃん? それに武士君もおるん? どうなってんの?」

「あ、かのんちゃん」

「相沢って、相沢かのんのことだったのか? むしろ、なんで君がここに居るの?」


 武士はスマイルプロに所属するかのんが、大川社長のところにいることへの疑問を投げつける。


「いや、実はな――」


 かのんの話によると、スマイルプロの契約に不満を爆発させたごーるどあっぷるのメンバーたちは、事務所の契約を解除しようと四方を当たっているらしい。

 当のかのんも、元は役者志望だったため、大川社長に個人的に頼み込み、この役を貰ったようだ。


「なるほどな。まぁ星井の契約もそうだったし、あんな内容なら当然だけど。でも、週末にメジャーデビューするんだろ?」

「あんなもん、事務所に今まで以上に詐取されるだけや。テレビなんかに出たら、既成事実作られて、余計に事務所抜けづらくなるわ」

「それはみんなの総意?」

「当たり前や。出来るもんなら今すぐにでもみんな事務所抜けたい言ってるもん。希美ちゃんみたいに……って、希美ちゃんはちょい違ったな」


 希美のほうを見ると、かのんは俯いて言う。


「レッスンに来ないってのも、契約で来れんかったんやろ? やっと分かったわ。気付いてやれんですまんかったね」

「ううん。私も、みんなに言ってなかったから……」

「相沢さん、週末のライブ。ごーるどあっぷるの協力を得られないかな?」

「協力?」

「ああ。契約解除なんてしなくても、うまくいけば事務所そのものを消滅させることが出来る」

「なになに? なんかおもろそうやな」

「星井にも協力してもらう。奪われた財産を取り戻すんだ!」

「まさか、そんなこと……」

「俺を信じてくれ!」

「はい……信じます(武士君かっこよすぎるよ……)」

「なんや、武士君が言うと妙に説得力あるな。ウチも、いや、ごーるどあっぷるの五人も全面協力させてもらうで!」


(また知らない女が増えてるんですけど……そして安定の下の名前呼びですか……軽いのは部長のほうだったのかもしれませんね……もうサヨナラです部長。金輪際あなたの面倒は見ませんので……)


 お偉方に囲まれながら座る華は、武士たちを見る。そんな華からは、これまで以上のダークオーラが出ていた。


「桜木」

「……なんですか?」


 華の内情など知らない武士は、そんな華の元へ来て声を掛ける。


「土曜日、カウンセリング部はアイドルフェスに行く」

「あーそうですか」

「桜木には、俺と二人で来てほしい」

「あーそうで……二人?」

「ああ。会場じゃなく、俺に着いてきてほしい」

「ぶぶぶ、部長がそう言うのでしたら……副部長の私はししし……従いますけど(え? なにこれ? デートですよね⁉ 部長は今、私をデートに誘ったんですよね⁉)」

「よろしく頼む(これで役者は揃った)」


 こうして、武士の計画は着々と進む。華の纏ったダークエネルギーも、めでたく消えた。

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