第23話 巡ってきた代役
「カメラ、アクション! ……もう一度、もっと感情を全面に出していってみよう!」「ライト、右から四十五度ずらして。そう、それでキャッチライトがきれいに……そうそう、いい感じだぞ!」「エキストラさん、バックでコーヒーカップを持っているふり。それと、笑顔!」
現場に入ると、撮影スタッフたちの大声が飛び交う。
「へぇ、撮影の裏側ってこんな忙しないんだな」
それを見ながら武士は感想を呟く。
「私は小さかったから話の内容までは覚えてないけど。そうそう、こんな感じ……懐かしいなぁ」
「さすが元子役。アイドルもいいけど、役者やってる星井も見てみたいな」
「あはは、ダメだよ。ブランク有りすぎるし、事務所だって……」
希美はそう言って俯く。
(なんなの、この地獄みたいな空間……)
談笑しながら歩く二人の後ろで、華は負のオーラに包まれていく。
(この女のせいで、私の存在感がまるでないじゃない!)
「あの、大川プロの使いなんですけど――」
「あぁ、大川プロさん? 大川社長! お客さんですよ~!」
武士がディレクター風の男性スタッフに声を掛けると、その男が大声で美帆の勤務する事務所の社長を呼ぶ。
(社長? わざわざ現場に社長が来てるのか? 【これ届けられないと、あたしゃバイトクビになる~!】)
社長が現場にいることに疑問を持つと同時に、武士は美帆からのラインの言葉を思い出す。
(まさかこの社長もスマイルプロみたいに……)
武士の中に一抹の不安がよぎる。
「あぁ、お待たせしまし……あれ? 君は、誰だったかな?」
そんな武士の元に大川社長がやってくる。
白髪だらけのその風貌は、疲れたようにやつれている。シャツもしわが目立ち、周りのスタッフと比べても、使い古された感が否めない。
「あ、事務のバイトをしている九里美帆の代理で来ました。この台本を届けるようにと」
「おぉ、わざわざすまなかったね。そうか、美帆君の……もしかして彼氏さんかな?」
「いえ、俺は――」
「ちょっとそこの貧相なお爺さん、初対面の方に対して――セクハラって言うんですよそういうの。ご存じないかしら? (美帆? 彼氏? ふざけないでよ! 部長に対して何言ってるのこの老いぼれは‼)」
「貧相」。武士も希美もその服装を見て感じてはいたが、決して口に出さなかった言葉を堂々と口にする華に対して、二人は口を開けたまま白目になってしまう。
「いやこれは……参りましたな。これは失礼しました。私もこの業界長いので、知ってはいますよ。だけど気を付けねばなりませんな。お嬢さん、ありがとう」
大川社長は華の言葉に怒るでもなく、一本取られたとばかりに笑顔で礼を言う。
「あの、九里美帆は俺の姉です」
平常を取り戻した武士は答える。
「あぁ、弟さんか。何度か話は聞いてましたよ。私は大川プロダクション社長の大川泰三と言います。どうぞよろしく」
大川は丁寧に武士に名刺を差し出す。
「社長? それにしては随分と身なりが貧しいですね。トップがその様で、企業として大丈夫ですか?」
またしても口が暴走する華に、武士と希美は真っ白な顔をする。
「これは痛いところをつきますな」
大川は頭を掻いて、笑いながら言う。
「うちはね、俳優だけ抱える事務所なんだよ。規模としては最下層だけどね。ただ、うちの俳優たちはみな若い。私は若い才能が開花するのをこの目で見たいんだよ。だからなるべく俳優業だけで食べられるように、極力事務所の取り分を減らして――」
遠くを見つめながら話す大川の言葉を、さすがの華も黙って聞きいる。
「私自身が若い頃夢見てたからね。俳優をさ。私も老い先短い。自分の懐が潤ってもあの世には持って行けんしね。夢の続きを見させてもらってるんだよ。うちの俳優たちに」
大川の言うように、この事務所は所属俳優たちにギャラをほとんど渡している。最低限の事務所の維持費を賄えるくらい残して。
「大川社長。私、私……」
その言葉に感動した希美は、それを伝えようとしたのだが、涙で言葉に詰まってしまう。
「おや、君は……どこかで見た気がするんだが……」
希美の顔を見た大川は、希美が誰だか思い出そうとする。
「星井希美です。最近まで地下アイドルで活動を」
希美の代わりに武士が答える。
「星井、希美、さん? ん~……」
「……青山希美です」
名前を聞いてもピンとくる様子のない大川に、今度は希美が答える。
「青山? あぁ、あの売れっ子子役の! うんうん、確かに面影があるね。小さい頃何度か現場で見かけましたよ。お母さんは元気?」
「母は……」
希美は俯いて、母が亡くなったことを告げる。
「――そうかい。申し訳ないことを聞いたね。そのあとも大変な目にあったようだ。理由はさておき、今フリーランスなら……どうだい? また、俳優をやってみないかね?」
「え? 私が、ですか? そ、そんな。私全然芝居をやってないし……」
「大川社長、大変です! 今連絡あって、相沢さんを乗せた車が渋滞に巻き込まれて、間に合いそうにないって! もう、あれほど電車で来るよう言ったのに!」
さっきのディレクター風の男が、慌てて大川に駆け寄って言う。
「……撮影時間、ずらせないかな?」
「無理ですよ! もうそのカットだけなんだから。それでも今日はだいぶ時間がおして……最悪、女優抜きで。そこだけの端役だし、台本ちょっといじれば……」
「あの、この台本って、「オカ研」ですか?」
台本を覗き見た希美が聞く。それは大人気ラノベ「ここはオカルト研究会」だった。
「あ、うん。そうだけど……君は?」
ディレクター風の男は希美に答える。
「星井さん、この小説知っているの?」
今度は大川が希美に聞く。
「はい。原作は何度も読んだので」
「坪井D、この子、ぜひ代役で使ってあげて」
「いやそんな急に。台詞は一言だけですけど、さすがに素人を早乙女と絡ませるのは」
「何かあったら責任は全部うちの事務所でとるから、ね?」
「まぁ、でもその子自身は大丈夫なんですか?」
「星井さん、私は君の演技が見たい。どうだい? ここはチャンスだと思って、やってみないかい?」
「で、でも、私なんかが出て、みんなに迷惑を……」
(そうよ。恥をかく前に辞退なさい。代わりに私がやってあげないこともないですけど)
「星井、俺も見てみたい。星井の演技を」
「た、武士君……分かりました。五分、五分だけもらってもいいですか?」
「もちろんだよ」
「五分ねぇ。ほんとに大丈夫ですか?」
Dはなおも不安そうに聞く。
「坪井D。この子は昔「青山希美」という芸名だったんだよ」
「青山希美⁉ あの子役の⁉ マジかよ、まだ居たのかこの業界に。こいつは、ひょっとするとひょっとするぞ!」
(あぁあ……私こんなところで何してるのでしょ……)
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