第19話 華、スカウトされる
「すみません、誰かいませんか?」
武士と華は駅から程ない場所に建つ、雑居ビルの二階に上がった。武士は何度かドアをノックするも、鍵のかかったその奥からは何の応答もなかった。
「無人なのか?」
電気は付いているものの、人の気配のない事務所を前に、武士は考え込む。
(なんでこんなに近くなのよ? 移動時間が少なすぎて、何も仕掛けられなかったじゃない)
華は華で、武士と二人きりになった状況を利用し、武士を落とそうと企んでいた。だが、ものの二分で目的地に着いてしまったため、何もアクション出来ず仕舞いであった。
「とりあえず、星井もここにはいないようだし、出直すとするか」
「え? あ、はい(こんな狭苦しい建物に入ってまでして……はぁ、私は何をしているのでしょう……)」
十分ほどその場で待ったが、ついに諦め二人は階段を下りて外に出る。
(相変わらず人が多いわね、この街は。これじゃ私、部長とはぐれ……そうだわ、腕よ! 部長の腕に私が腕組をするのよ。理由も至って自然だし……そうすれば、如何に部長と言えど、絶対にドギマギするに違いないわ!)
道を行きかう人々と、前に立つ武士の腕を見て、華は急に思いつく。そして勢いのままに、武士の左腕に両手を回そうとする。
「部長、人混みがすごくて私、はぐれてしまいそうなので――(あれ? いない……)」
ちょうどみこから、希美不在のラインが届いた武士は、左手でスマホを操作して返信を打ち始める。
(そっか、星井は自宅にもいないか……一体どこに……)
その動作と華の行動が被ってしまったため、動いた武士の腕を捕らえることが出来ず、華の作戦は空振りに終わる。
解散を告げる返信を打つ武士は、希美の行方も懸命に考えていたため、建物の入り口に立ち止まったままの華に気付かず、駅のほうに歩を進めてしまう。
(……なんなの、この扱いは⁉ この私を置いてけぼりですって⁉ もう、無視とかのレベルじゃないわよ! いくら部長と言えど、こんなの……)
華はその人生において味わったことのない屈辱に、悔しさと悲しさから目に涙を溜める。
「なぁ、あの子、アイドル?」「確かこのビル、芸能プロが入ってたよな?」「すげぇ美人じゃん、写真撮っちゃってもいいのかな……」
「あれ? 君、すごくかわいいね。アイドル志望?」
そんな華へ、一人の男が話しかける。
「……いいえ、私はそんなのではありません」
気安く話しかけられたことに、華はやや
「なんだ、そうなの? もしかしたら、モデルさんか女優さん? 他の事務所に入っちゃってる感じ?」
「(なんなのですか、この男は)ですから、私はただの高校生でどこにも所属していません」
「わぉ! マジ⁉ いやぁ、僕はなんてついてるんだろう。ここで君に出会ったのも、神様が授けてくれた運命だよ!」
(なんて軽口を叩く男性なのでしょう。これはナンパというやつですか? 顔はやや端正なのかもしれませんが、
「もし迷惑じゃなければ、少し話を聞いてもらえないかな?」
「残念ですが私、人を待たせていますので(迷惑以外の何物でもないわよ!)」
「まぁそう言わないで。僕はこの事務所のものなんだけど、是非君をスカウトしたいんだ! 君のような原石、もう二度と現れない! 君は一万年に一人の美少女なんだから!」
(……それは確かに、言えてますね。だいたい、部長が私を置いていくのがいけないのよ! そうよ、私はこんなに魅力的なのよ! 断るにしても、この男にもう少し私を持ち上げさせてからでもいいわよね……)
「すみません。この子、俺の連れなんで(一万年に一人ってなんだよ? 文明創始以来ってことかよ)」
武士は戻って来るなり、男にそう言って華の手を掴む。
(部長⁉ 何よ……今さら来たって……)
「え? 誰、君? その子の何?」
(ほら、男らしく言うのよ! 正直に私に対する気持ちをぶちまけてしまいなさい!)
「俺はこの子の……クラスメイトというか、同じ部活というか……」
「なぁんだ。彼氏じゃないのね? ならいいんだ。すまなかったね、一緒のところを」
「あーそうですねー(……
「いや……まぁ……(なんで桜木……俺を睨む……)」
「じゃあ、彼女。また縁があったら」
男はそう言って華の手を握る。
(こいつ、なんて手の早い男なんだ……)
(ん? 何かしら?)
そのとき、華の手にこっそりと自分の名刺を握らせていた。
「いや、ごめん。ちょっと考え事をしててさ」
「……それが私を置いて行った言い訳ですか?」
駅前で、武士は華に必死に弁明をする。
「そんなんじゃないけど、ほんとにごめん!」
「まぁとりあえず聞きましょう。その考え事ってなんですか?」
「それが、星井が自宅のほうにも戻ってないみたいでさ」
「またその話ですか……」
「(え? だって今日、そのために集まったんじゃなかったっけ?)ほら、一応同じ学校の同級生だし、やっぱり心配に――」
「もう結構です。私は通りに迎えの車が来てますので。では失礼します」
華はそう言うと、振り向いて一人歩いていく。
(俺、なんか悪いこと言ったっけ……)
(何よ! 目の前にいるのは私なのに! 星井星井って……。それにしても、なんで私、こんなに怒ってるのかしら……)
「――今日学校に来ていない?」
「そうなんですよ。三組の子に聞いたんですけど、朝から欠席みたいで」
「別に一日いないだけで、そんなに大騒ぎすることではないと思いますけど」
「華様、今日は朝からご機嫌斜めですね」
楓に言われた華は、楓を目で
翌日の放課後、応接室ではカウンセリング部の面々が希美が欠席していることについて話していた。
「(うわぁ、いつになく桜木の機嫌悪そうだな……やっぱ、昨日のことだよな……)とりあえず、この件に関してはしばらく様子を見よう。残念ながら現状俺たちに出来ることはない」
「そうですねぇ。まぁ家も分かったし、いつでも様子は見に行けますもんね」
「子供ではないのですから、そんなに面倒見る必要ありませんよ」
「そうですねー高校生の面倒なんて見るの大変ですもんねー」
楓はここぞとばかりに、いつも華に世話をやかされていることへのお気持ちを表明する。
帰り道、武士はラインを確認するも、やはり希美の既読は付いていなかった。
(昨日の今日で家に行ってもなぁ……)
連日希美の自宅を訪問するのを
「ただいまぁ」
武士はアパートのドアを開ける。
「武士! 遅いよ!」
「はぁ? 何が?」
「もう先輩来てるんだから!」
「は? 先輩? 誰?」
美帆は居間から大声で玄関の武士に言う。身に覚えのないことを口にする美帆に答えながら、武士は居間のドアを開ける。
「あぁ、委員長……じゃなくて、武士君! おかえりなさぁい」
「……先生?」
そこには武士のクラス、一年一組の担任の顔があった。
「
「ほんと偶然よねぇ。武士君が美帆の弟だって分かってたら、もっと可愛がってあげてたのにぃ」
教室でいつも見せる初々しさは微塵も感じさせず、やたらとテンションの高い彼女の様子に武士は唖然とする。
「武士、何をぼ~っと突っ立ってんのよ。今日家庭訪問で先生が来るって言ってたでしょ? ほら、早く先生にお酌して。ついでに私にもよろしく~」
「美帆~、気を使わなくっていいってばぁ。武士くぅん、お構いなくぅ」
それもそのはず、テーブルの上には、ビールに焼酎、挙句は
(俺、しっかり勉強しないと……絶対こんな大人にはならないぞ……)
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