第17話 探偵物語

「相沢かのんさん?」

「あ、はい……え? はぁ⁉」


 十時。待ち合わせのカフェで、武士は地下アイドル「相沢かのん」に声を掛ける。

 声を掛けられたかのんは最初こそ控えめな返事をするも、武士の顔を見るとすぐに態度を変える。


「あんたどう見ても中高生やない! 警察関係って何⁉ ウチを騙した訳⁉ こういうの官名詐称とか言うんやないの⁉ 訴えるで!」

「とりあえず失礼しますね(……胸でか)」


 武士は慌てることなく、かのんの胸元を見ながらテーブルを挟んで席に着く。


「意外と物知りなんですね」

「当たり前や。これでもアイドルやってるんやし、ある程度身を守るため勉強したわ」

「なるほど。ですが、俺は警察関係者なんて名乗ってませんよ。あくまで警察関係の話があると伝えただけです。なんならDM確認します?」

「いや、ええわ(なんなんこいつ……)。ウチ忙しいし、手短にして」

「もちろんです。では簡潔に聞きますが、先週あなたは同じスマイルプロ所属のアイドル、星井希美がストーカー被害に遭っているとポストしましたね。どうしてですか?」

「別に……なんとなく」

「なんとなく、ねぇ。ご存じですか? デマ情報の流布は信用毀損罪及び威力業務妨害、民事でも名誉棄損に当たる可能性も――」

「頼まれたんよ!」

「頼まれた? 誰にです?」

「事務所のマネージャーに」

「名前は?」

「……丸山洋祐まるやまようすけ

「(なんかその名前、どこかで聞いたような……)それはあなたたち「ごーるどあっぷる」の専属マネージャーですか? 星井希美のマネージャーは別ですか?」

「星井希美? あの子マネージャーおらんし」

「マネージャーがいない?」

「スケジュール管理から営業まで、全部あの子自身でやってるんよ。あの子変わり者やしね。事務所の合同レッスンにだって、いつも姿見せんし」

「(変わり者で済ませるレベルじゃないだろ。全部一人ってどういうことだよ。ってか、合同レッスンに行ってないだって?)その、丸山さんは?」

「彼は事務所だとウチらの専属になってるけど、出版社も持ってはるし、マネージャー業は半分道楽やない?」

「出版社?」

「あの人、結構なやり手らしいで。青年実業家ってやつ? 顔もごっつイケメンやし……ただ、女遊びは派手って噂もあるから、あいりちゃん心配やなぁ」

「あいりちゃんと言うのは?」

「知らない? うちのグループのセンターの子。あんたさてはモグリやな。マネと付き合ってるってもっぱらの……あっと⁉ 今のは忘れて」

「(愚痴を言いたいのか、饒舌じょうぜつになってきたな)すると、あなたが星井希美のストーカー被害をポストすることでも、丸井さんから何か報酬でもあったのですか?」

「(やたら聞いてくるやない。でも、この子結構ウチ好みのかわいい顔してるしなぁ)……絶対言わん?」

「もちろん」

「今度、ウチを前列にしてくれるって」


(なるほど、ステージで露出度を増やせるってことか。アイドルだと、人気に直結する大事なことなんだろう。でもデマポストの報酬に、わざわざグループ内で揉めそうな見返りを用意するか?)


「じゃあ、そろそろええ? ウチ、そろそろ会場入りせな」

「あ、うん。どうもありがとう」

「今度はウチを見に来てな~」


(まぁ悪い子ではなさそうだ。口は軽いけど。それにしても清純そうな顔して意外と胸はでかいし、あのしゃべり方、関西人か?)


 一人になった武士は、かのんの印象についてどうでもいい感想を抱く。


(アイドルってのも色んなタイプがいるようだ。その中だと星井って努力家だし真面目だし、歌もダンスも上手いし、ひょっとしたら演技だって……演技? そうだ、確か子役をやってたはず)


 昨日の会話を思い出し、武士は希美の子役時代を検索する。


(全く引っかからないな……)


『私ずっと端役ばかりだったから』


(星井はそう言ってたけど、さすがに何も残ってないことはないだろう)


『お母さんが夢だったんだって。芸能界に入るのが』


(母親? そうか、何も本名とは限らない。動機が母親の夢を叶えるって言うのなら……)


 武士はすぐにラインを送る。






「……いつまでスマホとにらめっこしてるんですか……」

「仕方ないでしょ! せっかくライン交換したんだから、「部長、昨日はお疲れ様でした」ってメッセージ送ろうとしてるのよ!」

「送ればいいじゃないですか」

「だから、私から送ったら誤解されるかもしれないでしょ!」

「……何をですか……」

「……すぐに男に尻尾を振るような盛りのついたメスとか、手あたり次第男漁りをする淫乱女とか……」

「……はぁ。わたし、帰っていいですか?」

「だめよ! 一人じゃ怖くて勇気出ないのよ……」


 桜木家では、早朝から楓が華に呼び出されていた。

 理由は上記の通り。

 いつまでもおじおじとする華に、いい加減楓も嫌気がさしてきていた。


「あ……」

「どうしたの⁉」

「ラインが来ました。部長から」

「はぁ⁉」

「ええと「星井の母親の旧姓って分かる?」だ、そうです」

「……ふざけないでよ! どうしてあなたに部長からラインが来るわけ⁉ いつの間に交換したのよ! この尻軽女! それに星井って何⁉ なんであんな素人娘のことを聞いてくるのよ!」

「……お嬢様キャラ台無しですね。ってか、華様がわたしをカウンセリング部に入れたんじゃないですか。同じ部員として連絡先交換は当たり前ですよ」

「あぁもう! いちいち口答えしないで!」


(すげぇ荒れてる……面倒くせぇ……)


「ん? え? あ⁉」

「どうしました?」

「ききき、来たの……ぶ、部長から。ラララ、ラインが!」

「それはそれはおめでとうございます」


 華の機嫌をどうにかしたい楓は、武士にラインで直接華に聞くように促したのだった。


「しかも、「昨日はお疲れ様」ですって! 嶋、あなたにはそんな言葉無かったわよね⁉」

「あ~そうですね~(それもわたしが入れるよう、部長に頼んだのですけどね)」

「嶋、大至急星井希美の母親の旧姓を調べなさい!」

「いいんですか? ワンチャン犯罪ですよ?」

「部長が私を頼っているのです! その期待に応えて、私が出来る女だということを教えてやるのよ!」

「へ~い(それやるのわたしなんですけど……)」


 嶋家は桜木グループのIT事業全般を担っているため、大規模なデータベースを持っている。同時に、不正な手段でも公的機関のそれにアクセスすることもたやすいことだった。

 もちろん楓は知っていた。これが不正アクセスだと。なので、自分がリスクを負わないよう、うまいこと華に指示させたのだ。


「いいですか? 言いますよ?」

「ゆっくり言ってよ。私、文字打つの早くないんだから」






【部長、昨日はお疲れさまでした。ご質問の件ですが、星井さんのお母様の旧姓は「青山」です。追伸:すっかり行楽シーズンですね。また、どこかに行きましょうね】


(来た! サンキュー桜木!)


 武士はお礼のラインを返すと、スマホで検索を始める。


(青山希美、青山希美……これか!)


 そこには一世を風靡ふうびした、売れっ子子役がヒットした。

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