第15話 深夜のコール
ヤスは苦笑いをしながら武士を見る。
「ヤス、お前だったのか!」
「待て武士。きっとお前は勘違いをしているぞ」
「これのどこが勘違いだよ。窓から覗くわ、全力で逃げるわ」
「俺が追ってたのはお前。んで、追われたら逃げるのが人間の
「……はぁ?」
ヤスの話によると、大事なチケットを譲ってまで託した武士たちが、きちんと仕事をするか確かめたかったとのこと。そして駅から一人走り去る武士を追って、ダンススタジオまで来たと。
「じゃあ何? 本当にお前が犯人じゃないの?」
「当たり前だろ! 俺が犯人だったら、わざわざ調べてくれって頼むかよ。さすがに俺もそこまでバカじゃないぞ」
「(まあ、言われてみればそうだな)でもさ、星井自身はストーカー被害を知らない風だったぞ?」
「厳密に言うと、彼女自身のじゃなくて、同じ事務所の子の
「なんだそれ」
「で、実際どうなの? 被害は?」
「まぁ本人も否定してたし、ないんじゃない? 別の子が言ってたってんなら、その子の
「そっか。ならひとまず安心だな。っで、どうだったよ? 可愛かったろ?」
「は? 何言ってんのお前。別にどうも思わないよ」
「またまた~」
(俺にそう言った話をしてくれるな……)
そのとき、武士のスマホに希美からラインが届く。
【今日はありがとう。事務所のスタジオに行くから、またね】
「んじゃ、終わったんだから帰るぞ」
「よし、んじゃ一緒に行こうか」
「行くって、どこへ?」
「お前の家」
「……絶対嫌だ」
「連れないこと言うなよぉ。親友だろ? 兄弟だろ?」
「兄弟ではないし、親友ってのも怪しい」
「そっか……そうだよな。俺が勝手にそう思ってるだけなんだよな」
「なんだよ急に……」
反発してくると思ったヤスが、やたら落ち込んだ様子を見せるので武士は少し戸惑う。
「いいよな、武士はさ。他のメンバー帰らせて一人だけアイドルとこっそり会って、連絡先まで交換するんだもんな」
「……」
「あぁあ、俺たちは蚊帳の外だもんな。同じ蚊帳の外同士、カウンセリング部のみんなとこの悲しみを分かち合おうかなぁ」
「……今日だけだぞ(こんなこと桜木たちに知られたら、面倒になることは間違いない……ヤスめ……)」
「え⁉ お前の家、行っていいの⁉」
「へぇ、ここが武士のアパートかぁ」
庶民の住まいに好奇心を見せるヤスをよそに、武士は恐る恐るドアを開ける。
「ただいま(姉ちゃん居ませんように……)」
「あ、武士ちょうどよかった! カレーってどうやって作るの⁉」
おたまを持ちながら、美帆は武士に助けを請う。
普段武士が料理をしているが、今日はあらかじめ遅くなると伝えていたため、美帆が夕食の準備をしていた。そして彼女はお世辞にも料理上手とは言えないのだ。
「(くそ……居やがった……)ああ、俺がやるから姉ちゃんは居間でこいつの話し相手にでもなってて」
「お姉さんですか⁉ 初めまして。武士君のクラスメイトであり親友でもある小山恭央と言います!」
「あら、いらっしゃい。へぇ、武士が友達連れてくるなんて初めてじゃない?」
「あ、じゃあ僕、武士君の初めて、頂いちゃいますね」
「あはは、面白い友達ね」
(すげぇ嫌な空間……)
この「初めて」は、人生ではなく、このアパートにと言うことだ。しかし、決して陽キャでない武士にとっては、なんとも面倒な言い方だった。
「ほら、出来たよ。どうぜヤスも食っていくんだろ?」
「あっ、あざ~っす」
三人は食卓を囲み、カレーを食べながら会話をする。
「うまい! 意外だなぁ。武士料理出来るんだな」
「意外で悪かったな」
「ほら武士、そんな不貞腐れた顔しないの」
「どうせこいつは庶民の暮らしを見てみたいってだけの野次馬なだけだから」
「あれ? ヤス君は中等科からの早慶院生?」
(いつの間にヤス君になってるんだ……)
「ふぁい、そうでふよ」
ヤスはカレーを口に溜めながら答える。
「やだ~。お坊ちゃんじゃない。私も玉の輿狙っちゃおうかしら?」
「……絶対にやめろ……」
「もう、こんな美人なお姉さんなら大歓迎ですよ!」
「ヤス君ほんとノリいいわよねぇ。もっとどんどん食べていって」
身内の武士にとって、ここは生き地獄であった。
「玉の輿と言えばね、今日仕事で俳優の
「早乙女って、あのトレンディドラマ引っ張りだこのですか⁉」
「そうそう、やっぱ有名よね?」
「すると、お姉さん。ひょっとして仕事って女優⁉」
「あら? そう見える? でも残念。私はただの大学生。バイトで芸能事務所の事務仕事やってるんだけど、たまたま今日現場に台本を届けたときにね、ちょこっと」
「現役女子大生⁉ いいなぁ、憧れるなぁ。今度合コンしましょうよ、合コン!」
「え? マジ~⁉ 早慶院の学生と合コンなら、かわいい子たくさん連れてくるわよぉ」
「いいっすね! でも、お姉さんより美人が来るなんて想像出来ないなぁ」
「あらまぁ、素直な子なんだから。ヤス君、遠慮せずいつでもうちに遊びに来てね」
「はい、喜んで!」
「お前らいい加減にしろよ!」
武士の渾身の叫びに、一時その場に静寂が訪れる。
「あら何? 武士嫉妬してるの?」
「ありゃ、武士機嫌直せって」
「(……言うだけ無駄だった)そういうんじゃないから……。ってか、姉ちゃんは騙されやすいんだから、気を付けろよ」
「……言うじゃない武士」
「武士、俺がそんなやつに見えるか?」
「見えないと言えば嘘になるな」
「ちょっ……」
「ってか、それよりも、仕事のほう。芸能関係は裏方って言っても余りいい噂聞かないんだから、きちんと脇を絞めろっての」
「……は~い」
「なんか、武士……君のほうが、お兄さんみたいだね……」
そのやり取りを見たヤスは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、ご馳走様でしたぁ!」
「ヤス君、気を付けて帰りなさいね。おうちの人によろしく」
「次は遠慮してくれると助かる……」
武士の言葉に、ヤスは笑顔で応えるとそのまま帰っていった。
「そうだ武士、先生から月曜うちに来ますって電話あったわよ」
「先生?」
「家庭訪問だって」
「あぁ(そう言えばそんなこと言ってたな)」
やたらと走った上、家での気疲れで武士はそのまま自室のベッドに横になる。
「……ん?」
鳴り響くコール音で武士は目覚める。時計を見ると時刻はすでに零時近くだった。
「こんな時間に誰だ……」
スマホを見ると、そこには希美の名前が表示されていた。
「もしもし」
「た、武士君。こんな時間にごめんね……」
「いや、どうかした?」
「誰かに……つけられてて……鍵は閉めたんだけど、ずっとドアを……」
受話器の向こうから、激しく何かを叩きつける音が響く。
「星井、今どこだ⁉」
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