第14話 犯人は……

「そこに掛けてて。アップだけしちゃうから」

「あ、うん」


 希美に誘われるがまま、武士はスタジオの中に入る。

 鏡が貼られた一面の壁に向かって、希美はストレッチをしてから軽いステップを始める。


(へぇ。ドラマや漫画で見るのと同じだな。本当にこんなに鏡が貼ってあるんだな。でも、ひとつだけイメージと違うな……)


「お待たせ~。ごめんね、自分で呼んだくせに待たせちゃって」

「いや、お構いなく」


 希美はバッグから出した水筒の飲み物を口にしながら言う。


「九里君も一口どうぞ。私の特性ドリンクだよ」

「あ、ども」


 希美が飲んでいた水筒のコップを渡される。


(結構冷えてるもんだな。意外とイケ……あれ? このコップ、星井も使ってたよな? ってことは、アイドルと間接キス⁉)


「どう? おいしいでしょ?」

「う、うん……(え、何が? キスのこと? 心臓がバクバクしすぎて分かんねぇ……)」


 異性を意識してしまった武士は、かなりテンパってしまう。


「(何か話題を考えろ……沈黙はだめだ……)こ、ここって、他に誰もいないの?」


 希美一人では広すぎるそのスペースを見ながら武士は聞く。


「うん、まぁ……でも、このあと別の場所でレッスンがあるんだけどね」

「別の場所?」

「うん。事務所で借りてるところ。そこで事務所メンバーで合同レッスン」

「なら別にここで一人でやることないんじゃ? 今日だってライブのあとだろ?」

「そう……なんだけどね。私結構トロいから、みんなよりたくさん練習しないと……」

「そうかな? 俺はむしろ今日のステージ見る限り、他のアイドルたちより星井は輝いてたと思うけどなぁ」


 希美はそれを聞くと、一瞬目を大きく見開いたかと思えば、今度は悲し気な笑顔でうつむきながら言う。


「……ありがとう」

「いや、本当だって……だから元気出し――」

「やっぱり……そう見えちゃうかな? おかしいな、昨日も行ってきたのに」

「行った? どこへ?」

「隅田川だよ……私の秘密の場所」

「なんだよそれ」

「悲しいときや元気が出ないとき、そこに行くんだ。暗くなるとね、周りを走る車のヘッドライトがイルミネーションみたいに、奥でポツんと光るスカイツリーを綺麗に彩るんだよ……って私、何言ってるんだろ」

「いや、星井の顔を見れば分かるよ」


 武士が言うように、その場所のことを話す希美の顔はだいぶ穏やかな笑顔になっていた。


「ごめんなさい。初対面なのに、なんか辛気臭い話しちゃって……」

「別にそんなことは……そういえば、星井はなんで俺のこと知ってるの?」

「え? 私が見に行ったから。九里君の教室に」

「なんでわざわざ……」

「どんな人か気になったの。噂の満点合格の人」

「またそれか……」

「あは、結構人気者なんだね」

「そういうのじゃないけどさ」

「私ね、高等科から一般で入ったんだ。この学校、ほとんど中等科からそのまま進学する人ばかりだから、ちょっと親近感が湧いちゃって。でも、私は頭よくないから特待生とはいかなかったけどね」

「それは……ってか、よく学費払えるな。ひょっとしてあれか、金持ちか」

「そんなんじゃないよ。私、子供のころから子役やってたから、その貯金を崩しただけ」

「へぇ。星井希美、星井希美と……」


 武士はスマホを開き、希美の子役時代を検索する。


「検索しても出ないと思うよ。私ずっと端役ばかりだったし。ただ、数だけはこなしてたから、ちょっと蓄えがあっただけで」

「そう……なのか」

「お母さんが夢だったんだって。芸能界に入るのが」

「なるほどねぇ。それで子役から……あれ、過去形?」

「うん。お母さんは二年前に病気で……」


 希美の話によると、母が亡くなるとほぼ同時に父は蒸発。親戚と疎遠だった希美は、世話になっていた今の事務所の社長に後見人になってもらったと言う。


「最初こそお母さんの夢を叶えたいって思ってたけど、やっぱり親子なんだねぇ。今は私自身がアイドルになりたいって、私の笑顔でみんなを元気にさせられるような伝説のアイドルになりたいって思ってるんだ」

「いいじゃん。ってか、もう立派なアイドルだろ? (伝説かぁ。嫌な言葉だ……)」

「私なんてまだまだ。もっと頑張らなくちゃ」

「俺も応援するよ。でも、そっちばかり頑張って、学業を疎かになんかして落第するなよ」

「あはは、結構厳しい言葉。……ねぇ」

「ん?」

「ときどきでいいんだけど、私に勉強教えてくれないかな?」

「俺が? 別にそれは構わないけど」

「本当⁉ やった~。じゃあこれからは九里、いいえ武士先生って呼ばないとね」

「いや、先生はよせ」

「じゃあ武士君」

「それならまぁ……(この子、こんな眩しい笑顔するんだな。さっきまでの悲しそうな笑顔はなんだったんだ)」

「武士君、連絡先交換してくれる?」

「ああ、もちろ……おいおい、アイドルがそんな簡単に個人情報流して大丈夫なのか?」

「平気平気。うちの事務所超小規模だから、そういうの緩いんだ。それに、武士君は同級生だし私の先生だもん」

「そんなこと言って、もしストー――」


 連絡先を交換しながら、ここでやっと武士は本題を思い出す。


「そういや、アイドルとかやってるとやっぱストーカーみたいなファンとかいるの?」


 やや言葉を濁して聞く。


「う~ん、人気の子とかならあるんじゃないかな。でも私は底辺過ぎて、そんな心配無用だよ。あぁ、自分で言って悲しくなっちゃう……」

「なんだよそれ。まぁ安全が第一だからな(あれ? ヤスの言ってたことと違ってないか?)」

「それより私は同じ――」


 希美が話しているとき、武士は窓からこちらを覗く人影を見つける。その人影は武士の視線に気付くと、逃げるように消えた。


「星井、絶対ここを出るなよ!」

「え?」


 武士はスタジオを出ると、すぐに窓の方へ向かう。すると、薄暗い道の向こうに、逃げる影が見える。

 それを追って武士は全力で走った。運動が苦手だとか言える状況でないのを承知して、死に物狂いで走った。

 前方の道は三股に分かれる。直進すると大通り。右折すると住宅街。左折すると公園に通じる。駅から走ったときに、この場所を武士は記憶していた。


(犯人は逃げてるんだ。交通量が多くて渡れない可能性のある直進はない。住宅街も騒音で通報される危険があるから右折もない。だとすると)


 武士は手前の道を左に曲がり、公園に向かって先回りする。


「はぁはぁ……びっくりした……」

「そこまでだ!」


 思惑通り、公園で一息つく犯人を、物陰に隠れていた武士は背後から押し倒す。


「さぁ、観念しろ!」


 武士は倒れ込む犯人の顔にスマホのライトを当てる。


「……ヤス⁉」

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