第12話 圧巻のステージ

「なんか暑いですよねぇ」

「暑いどころか、狭すぎですよ。なんでこんな狭い場所にこれだけの人を入れるのか理解に苦しみます。うるさいし、汗臭いし、椅子があるにも関わらず、なんでずっと立ってなくちゃならないのですか」

「華様、ここはそういう場所ですので……」


 その箱の狭さに加え、推しのアイドルに叫ぶドルヲタたちの熱気にうんざりした様子で華は言う。


「というか、目的の星空さんの出番はまだ先なのでしょう? だったらそれに合わせて来ればいいのに、どうしてこんな早くから――」

「星空じゃなくて、星井な。まぁ俺もこういうとこは初めてだし、社会勉強のつもりでさ。たまにはいいんじゃないか?」

「――部長がそう言うのでしたら……ただやっぱり立っていると、周囲の人と不意に触れてしまうので――(触れる?)」


 その言葉を発すると、華はまたたくらみを図る。


(そうよ、この状況を利用して部長の隣に行けばいいのよ)


 ちなみにこのときの席順は武士、みこ、華、楓の順だった。

 華はすかさず楓にアイコンタクトを送る。


「(はぁ……はいはい。なんでわたしもこれだけで理解しちゃうかな……)神宮さん、お手洗いに行きたいのですが、勝手が分からないもので。差し支えなければ、同行して頂いてもよろしいですか?」

「あ、うん。いいですよ~。あたしもちょうど行こうと思ってましたから」


 華の目を見て楓は全てを察した。普段から一緒にいて世話をしているからと言うのもあるが、隠密の遺伝子なのか、読心術に長けている楓にとって、華の心ほど見抜きやすいものはなかった。しかしそれは今回のように仕事を増やす結果になってしまうことも多々あった。


(嶋、ナイスです。さて、これで邪魔者はいなくなりました。あとは部長の隣に立って、体が接触すれば部長も私を意識するはず。さぁ遠慮はいりません、私を好きなことに気付くといいわ……あれ? ということは、今ここには私と部長の二人だけ⁉)


「ぶ、部長。す、すごい熱気ですね、ここは……」


 華は武士の隣に行くが、二人だけになったこの状況がデートになるのではないかと考える。するとそれまでの威勢はどこへやら。描いた作戦を実行しようとするも、今度は華自身が意識してしまう。


「オタ芸って言うんだよこれ。俺も踊れる訳じゃないけど、確かに熱気はすごいよな」

「やはり博学ですね、部長は」

「そ、そうか? (いや、この知識を博学と言われても、どう返せばいいのやら)」

「その手に持っているものは何ですか?」

「あ、これ? ペンライトと言って、まぁアイドルの応援グッズかな」

「応援?」

「これを振って、歌うアイドルを応援するんだよ。俺はオタ芸踊れないから、形だけでもって入口で買ったんだけど。そうだ、桜木に一本あげるから、次はこれを振って応援してみなよ」


 武士は両手に持つ青いペンライトを一本、華に渡そうとする。

 その瞬間、華の後ろで踊っていた全身アイドルグッズに身を包んだ男がバランスを崩す。そしてそのまま華目掛けて、両手を出したまま抱きつこうとした。抱きつく……そう、これは事故ではなく故意。

 目を血走らせるこの男は、目の前にいるアイドル以上の容姿を持ち合わせた華に、事故を装って抱きつこうとしているのだ。


「大丈夫か? 桜木」

「は、はい。あり、ありがとうございます……」


 それを即座に感知した武士は、すぐさま華の後ろに回って両手で華の肩を掴み、後ろの男による華への接触を回避した。


「い、いや、俺こそ、で、出過ぎたま、真似を……(桜木の肩、柔らかいな……あと、すげぇいい匂い……)」

「そ、そんな、こと。う、嬉し……いです……(ちょっと、なんで私がこんなにドキドキしないといけないのよ!)」


 武士は華に触れたことで、一気に華を意識し始める。が、当の華も武士以上に意識してしまったため、華の作戦は見事に失敗に終わる。

 

「あれぇ? 二人とも、何してるんですかぁ?」

「な、何って……応援……」

「そ、そうですよ。部長に、これの使い方を教わっていただけです……」

「あっ、ペンライトだぁ! 何か足りないと思ったら。楓ちゃん、売店で買ってきましょう!」

「では華様、ごゆっくりと」


 緊張する華の様子を悟り、楓は嬉しそうに言う。


「でも思ったより、どのアイドルもパッとしないな」


 隣にいる華と見比べてしまう武士は、本音を言う。


「そうですか? みなさん、可愛いじゃないですか(さすが部長、分かってますね。何がアイドルですか。私に比べたらどれもみな、ミジンコみたいなものです)」


『では次は、星井希美ほしいのぞみさんで「あなたのスター」』


「良かったぁ。間に合いました~」


 ペンライトを持って、みこと楓が帰ってくる。


「お、ちゃんと青を買って来たな。さぁいよいよだ」

「他はグループだったのに、星井さんはソロなんですね(全くおめでたいですね。一人で目立とうということですか、星井希美。もったいぶってないで、早く顔を見せなさい。とは言っても、早慶院のアイドルは私一人で十分ですが)」

「そう言えば、そうだな(星井希美。どんな子なんだ)」


 色とりどりのライトとスモークの奥から、星井希美が現れる。

 容姿、メイク、衣装、どれもそれまでのアイドルたちが引き立て役かのような、格の違いを一瞬で見せつけた。


「き、綺麗ですね……」

「まぁ、ソロで立つだけはありますね(メイクと衣装でドーピングして、やっと私の六割程度ですけどね)」

「歌も他と比べて全然上手いじゃん。ヤスが夢中になる訳だ……」


(何見入っちゃってるですか部長! あなたはここに楽しみに来たのではないでしょう! 調査ですよ、調査!)

(うわぁ、華様機嫌悪くなってきたわぁ。でもこの星井希美、笑顔の割に心底笑ってるようには見えない)


 そのステージに見惚れる武士とみこ。不満を抱く華。違和感を感じる楓だった。

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