第11話 火種のチケット

「なんか、嵐みたいな人でしたね」


 ヤスが部屋をあとにすると、みこがボソっと言う。


「まぁ、いつもあんな調子だけどな。って言っても俺も出会って二日目だが」

「それより、これどうするんです?」


 テーブルに置かれた二枚のチケットを見ながら華が言う。

 去り際にヤスが調査用にと置いていったくだんの地下アイドル、星井希美のライブチケットだった。


「二枚……だもんな……」

「私は嫌ですよ。そんな得体の知れない地下なんたらにわざわざ会いに行くだなんて」

「ライブは明日の土曜日ですよね? あたしライブって行ったことないんですよね。どんななんだろう」

「まぁせっかくチケットあるんだし、会場に行って直接その子のこと調べないとな。じゃあ、あと一枚は――」

「はいは~い。あたし行きます! 部長、一緒に行きましょう」


(神宮ならまぁ安心か。桜木と二人とかだったら、俺も理性が保てるか分からんからな……)


「まったくお二人とも物好きですね。せっかくの休日なのに二人で……(あれ? 二人? 部長と神宮さんが二人きりで⁉ 何よ、それじゃまるでデートじゃない!)」

「じゃあ部長、明日どこで待ち合わせます?」

「そうだな――」

「ちょっとお待ちください。ここは公平にくじで決めましょう」

「え? 何を決めるんです?」

「明日現地に行く人に決まってるでしょう」

「だって華ちゃん嫌だって――」

「ええ、嫌ですよ。だからと言って、それを簡単に人に押し付けてしまうようでは、桜木家の人間として品位に欠けます」

「な、なるほど……でもあたしは好きで行きたいというか……部長もそうですよね?」

「え、俺? ま、まぁ。別に行くのは嫌とかじゃないけど」


(好き⁉ はぁ⁉ 何言ってるの、この小娘は! デートなんて不純異性交遊以外の何物でもないわ! そんなことしたら、あなたは退学ですよ!?)


 生粋の箱入り娘である華は、デートと言うものに対する認知が歪んでいた。それは破廉恥はれんちそのものであり、修学を妨げる諸悪の根源だった。


(副部長、いえ。親友として私が止めないと。結果、私と部長が行くことになっても、私は部長に興味なんて全く有りませんし……そうよ、デートになるのよ⁉ 普通男子はなりふり構わず、私と行きたがるでしょうに……)


 華が思うような素振りを見せない武士に対し、華は仕掛ける。


「部長は神宮さんとで行きたいのですか?」

「え、いや……そういうのじゃないけど……」

「では、公平にこのくじで決めましょう」

「分かりました。華ちゃんがそこまで言うなら、受けて立ちます!」


(ふふ。掛かったわね。敢えて二人で行きたいのか聞けば、イエスとは言えないはず。だってそうしたら、直接デートに誘っていることになりますから)


 華は言葉巧みに武士の心理をつき、ライブに行く人選をくじ引きに持ち込むことに成功した。




「やった~! 結局最初のままでしたね」


 あみだくじの結果、明日のライブには武士とみこが行くことに決まった。


「華ちゃん、良かったですね。明日ゆっくり休んでくださいね」

「……はい……(良かった……ですって⁉ 何も良くないわよ! それとも何? 私がいないことが良かったと言うの⁉ ああそうですか。やっぱりあなたは部長とデートをしたかったのですね。私の気も知らないで、よくもおめおめと……)」


 あれほど行くのを嫌がっていた華が外れたことで、みこは良かれと掛けた言葉が華の中に巨大な悪魔を召喚してしまった。


「じゃあ部長、明日の待ち合わせもあるし、ライン交換しましょう」

「ん? あぁそうだな」


 みこに言われ、武士はスマホを取り出して互いにラインのIDを交換する。

 それを目の前で見せられた華は――。


(すぐに男に媚びを売る外道。頭の中は空っぽの恋愛脳。いいわよ、あなたがその気なら私にも考えがあるわ。うちのITグループから優秀なハッカーを集めて、あなたのスマホを未来永劫使えないようにするなんて造作もないこと。せいぜい今のうちに笑ってるがいいわ)


(うげっ、桜木……怖ぇ……)


 そんな悪魔のオーラを放つ華を見た武士は、ビビッて視線を逸らす。


「じゃあ、部長。華ちゃんともライン交換してください。副部長への調査の報告も、部長の務めですから」

「あ、うん。桜木、これ俺のID……」


 みこに促され、華にラインのIDを見せる武士。


「は、はい。仕方ありませんね……」


 とは言いつつも、内心かなり喜ぶ華だった。


「神宮さん、明日気を付けて行ってらっしゃい。そうそう、あなたのスマホは無事ですよ。安心してください」

「え⁉ あたしのスマホ壊れてましたっけ⁉」


 どうにか華の機嫌も直り、その日の部活は解散となる。






『秋葉原~、秋葉原~』


「ええと、確かラジ館前って言ってたよな」


 改札を出ると、武士はそびえたつビルに描かれる萌え絵の数々に魅了されながら、待ち合わせの場所に歩を進める。


(すげぇな。街中至る所にメイドさんがいるじゃないか)


 田舎者の武士は、初めて目にするメイドたちに目を輝かせていた。


(ヤスはいつもこの街に通ってるのか……メイドカフェとかも行くのかな……)


「あ、部長~!」


 武士がラジ館前に立ちながら、周囲のメイドをいやらしい目で見ていると、やってきたみこが手を振りながら呼びかけた。


「お待たせしました~。なんか部長、メイドさんたちをずっと見てませんでした?」

「そ、そんな訳ないだろ! さぁ、目的地に行くぞ」


 武士は慌てて取り繕う。

 そして歩きながら、通りを渡ろうとしているとき、二人の前に一台の高級車が止まった。


「あら、奇遇ですね」

「さ、桜木? なんでここに」

「わぁ、楓ちゃん久しぶりですね~」


 中から、華と楓が降りてくる。


「偶然、嶋が今日のライブのチケットを二枚持っていましたので。私は仕方なく、付き添いで来たのです。そうですよね、嶋?」

「はぁ……(よく言うわ。「チケットの取り方が分からないからすぐ来て」って、人を夜中に叩き起こしておいて……)」


 嶋家は代々桜木家の重臣を担ってきた。父は桜木グループの重役を担う。そして楓自身は華の世話人を任されていた。

 お嬢様である華は世間一般の常識に疎いため、今回のように夜中に起こされることもしばしばあり、それは彼女の悩みの種でもあった。


「やっぱりみんなで行ったほうが楽しいですもんね、一緒に行きましょう!」

「まぁそうだな。俺も勝手が分からないし、人数多いほうが」

「仕方ないですね。ではご一緒しましょう(よし、間に合ったわ! 部長、あなたは少し人とずれているようです。正常に私になびくよう、今日はたっぷり私の魅力を教えて差し上げます)」


 そうして二人から四人に増えた一団は、目的のライブハウスに向けて進んでいくのだった。

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