第8話 部活動のススメ

「は、はぁ⁉ きゅきゅきゅ、急に何言ってるの⁉」


 そこにいたのはみこだった。

 初対面の彼女に「あなたは恋をしている」と言われた武士はかなり動揺する。それは正に彼が最も知られたくない、最重要機密だったから。


「あれ? おかしいですねぇ。九里武士君ですよね?」


 さっき渡した紙に武士が記入した名前を見ながら、みこは考え込みながら言う。


「そ、そうだけど。君、誰? 桜木は?」

「あたしは二組の神宮みこと言います。って、華ちゃんいるのですか?」


(しまった、つい桜木の名前を出してしまった)


「いや、桜木じゃなくてサプライズ……サプライズだなって……」


 武士はかなり苦しい言い訳をする。


「ふふふ、その通りです。あなたのことは全て、占いによって分かっているのですよ。もちろん、あなたがここに来ることもです」

「た、確かに……どうして分かったんだ⁉」


 みこは頭は残念な部類なので、怪しむこともなく返す。武士がここに来るのも知っていて当然だ。なにしろ、彼女が例の手紙の差出人なのだから。

 そして武士も動揺の連続で、もはや正常な思考など出来ないほど混乱していた。


「九里武士。この春、早慶院に満点合格した特待生。群馬から上京し、現在お姉さんと一緒にアパートに下宿。おとめ座のA型」

「そ、そんことまで……」


 みこは先ほどの紙を見ながら言う。元来のまめな性格からご丁寧にも、この短時間のうちに武士はその紙にあった個人情報記入欄を全て書いていたのだ。

 当の本人は混乱の最中さなかにいるため、よもや自分が書いたとは思っていない。


「どうです? 占いは何でも分かってしまうのです」

「確かにすごいけど……でも、占いなんて非科学的だ!」

「華ちゃんみたいなこと言いますね。とりあえずお茶を出しますから、そこに掛けてください」

「は、はぁ……」


 みこに促され武士は椅子に座る。


(神宮みこ? なんで俺はここで接待を受けるんだ?)


 お茶をれるみこを見ながら考える。


(背は小さいけど案外可愛らしい顔をしているな。前の俺だったら惚れていただろうけど、生憎今の俺には対象外だ。まぁそこは安心だな)


 武士はほっと息をつく。ロリ顔に幼女体形のみこは、ささる人にはささるだろうが、彼の趣味ではなかった。


 そうしてお茶を待っている間、少しずつ冷静さを取り戻していく。


(そう言えば俺は何を書いたんだ?)


 テーブルに置かれた紙。最初に言われるがまま武士が記名したそれを覗くと、「部活動申請書」という見出しが目に入る。


(……は⁉)


「お待たせしまし――」


 湯呑を運んできたみこは、武士が見ているテーブルの上の紙をさっと掴んで背中に隠す。


「おい、それはなんだ……」

「な、なんのことでしょうか?」

「とぼけるな! 俺は見たぞ。「部活動申請書」だと⁉」

「やりますね……でも、そこまで分かってしまったなら話が早いです。よろしくお願いしますね、部長」


 みこは開き直って、その紙を武士の前に掲げる。そこにある「申請者」の欄に、武士の名前が堂々と書いてあった。


「いやぁ、よかったぁ。朝早くから手紙を出した甲斐があったってものです」

「手紙⁉ あの下駄箱の?」

「はい!」

「……横暴だ! インチキだ! (ややこしい手紙書きやがって! 桜木からのラブレターだと思った俺のドキドキを返せ!)」

「言いがかりはやめてください。来てくれたのは部長の意思ですし、ここに署名したもの部長自身ですよ!」

「断る! お前が自分で申請すればいいだろ⁉」

「だって……あたしだと……華ちゃんにも断られたし……」


 みこは俯き、手で顔を覆って泣き出す。


「いや、そんな……泣くことはないんじゃ……とりあえず、話だけは聞くから……」


 それを見た武士は焦って取りつくろう。

 少しの間をおいて、みこは話し始める。


「――あたしの家は、由緒ある縁結びの神様を祀る神社なんです」

「縁結び……ねぇ……」

「あたしは頑張って巫女の仕事をしているのに、お父さんがが「お前にはまだまだ神通力が足りない」って言うんです。だから学校で縁結び部を作って、力を磨いてお父さんに認めてもらおうと」


 みこの言うように、申請書の部活動名には「縁結び部」と書いてあった。


「そうか分かった、頑張れよ。じゃあこれで……」


 みこは立ち上がって出て行こうとする武士の腕を掴む。


「じゃあ部長引き受けてくれますか?」

「だからなんでそうなる?」

「あたしだと、先生がまともに取り合ってくれないんです。どうせ恋占いばかりやってるだけだろうって」


(……当たってるじゃないか)


「だから成績優秀な人なら先生も認めてくれるだろうと思って。でも華ちゃんには断られちゃって、もう九里君しかいないんです」

「悪いが他を当たってくれ」


 振り返りドアに向かおうとする武士の腕を、みこは強引に引き戻す。


「高等科から入った九里君は知らないですよね?」

「何を?」

「この学園は部活動強制参加なのです」

「あっそ。なら別に適当に探すから――」

「運動部はきついですよぉ、毎日遅くまで練習で。伝統を重んじるこの学校の文化部はもっと大変です。作法について一から徹底的に学ばされますから」

「望むところだ」

「いいんですか? そんなに大変な部活に入ったら勉強が疎かになりますよ? 成績でも落ちても大丈夫ですか? 学費、払えますか?」


 武士は痛いところを突かれた。


「その点、新規立ち上げの縁結び部なら安心です。何と言っても、ゆる~いのが特徴ですからね」

「お前が言うと妙に説得力があるな……」

「そうでしょそうでしょ。他の生徒が部活に汗を流している間、ここでゆっくり勉学にいそしむことが出来るのです。悪い話じゃないと思いますよ?」


(確かにその通りだ。かなり強引な手口ではあるが、こいつにときめく心配もないし、この時間で勉強して他の生徒と差がつけば、俺の特待生としての地位も安泰するよな)


「いいか、俺はここに籍を置いても何事にも強制されないからな?」

「はい、もちろんです! ありがとうございます、部長――」

「ちょっと待った‼」


 威勢のいい声と共に、華がドアから入ってきた。


「神宮さん、部長ならこの私に依頼したではありませんか」


(冗談じゃないわ。成績トップにクラス委員長、これ以上トップに立たせてたまるものですか!)

(あれ、桜木? なんでここに?)


 様子のおかしい武士を怪しみ、こっそりあとをつけてきた華は、廊下から二人の会話を盗み聞きしていた。

 そしてややこしいことに、自分を差し置いてトップの座に君臨する武士に対し、プライドの高いお嬢様の華は対抗心を燃やしていたのだ。


「あ、え? 華ちゃん……断ったんじゃ……」

「何を言っているのです。保留と辞退を混同しないでください」

「あ、ごめんなさい。嬉しいですけど、今九里君に……」

「いや、俺はいいよ。部長なんて柄じゃないし」

「はぁ? 逃げるのですか? 私との勝負を」


(なんで桜木こんなに白熱してるんだ……ってか、勝負って何……)


「じゃあこういうのはどうですか! 縁結び部だし、ここは恋愛心理ゲームで決めるというのは!」

「いいでしょう。私は構いません」

「だからなんで俺が――」

「そんなこと言わないでくださいよぉ。これじゃあたしの手紙が無駄に――」

「手紙?」


 みこが言った手紙と言う言葉に華が反応する。焦った武士はみこに小声で念を押す。


『わかった、そのゲームやるから手紙のことはもう触れるな』

『ありがとうございます。もちろんです、九里君』


「では九里君もオーケーしてくれたので始めましょう!」


 恋愛脳のみこにとって、それはよだれが垂れそうなくらいおいしいゲームの始まりだった。

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