第6話 恋占いは信じません!
「桜木華さん、十四票。九里武士君、十五票。以上、一票差で九里君を一組のクラス委員長としますね。あ、委員長に決まりました」
相変わらず担任の言葉はたどたどしいながらも、武士は委員長となった。
ちなみに一組の男女比は女子が一人多い。そのまま同性の候補にみな投票すれば華が勝ったのだが、いつも華に面倒な仕事を押し付けられている楓は、その腹いせに武士に投票していた。
(委員長か……面倒な仕事がなければいいけど……)
(私の公算通りにいかなかった⁉ 全女子の票を集められなかったなんて……ふふ。試験も選挙も連敗ね。正直悔しいけど、相手が彼なら致し方無しね)
「じゃあせっかくだし、お互い健闘を称えて握手しましょうか?」
担任に促され、二人は教壇で握手を交わす。
(すごく柔らかい。やべぇ、まともに女子の手なんて握ったことないから、だいぶ心拍数上がってるぞ……バレませんように……)
(意外とがっしりして温かい。やだ、私手汗掻いてない⁉ これじゃ意識しちゃってるみたいじゃない……バレませんように……)
「あ、そうだ。副委員長も決めないとね。九里君、委員長のあなたが決めてもらえるかしら?」
「あ、それなら俺が――」
ヤスが言いかけたところで、華は般若のような形相で彼を威嚇して睨む。
(出しゃばるんじゃないわよ、モブ男が! 委員長に決めてって言ってるのに、あなたは委員長ですか⁉)
「小山君、どうかした?」
「――いえ、桜木さんがいいかなって……」
(怖ぇ……殺されるかと思ったぜ……)
「なるほどねぇ。でもこれは委員長である九里君に決めてもらわないと」
(先生、ヤスの推薦を通せばいいじゃないか……。この流れで桜木を指名しない訳にはいかないし、でも指名して下手に気があるとか思われたら……)
武士は内心焦りまくる。
(九里武士。モブ男君もああ言っているのよ。さすがの私も役職なしと言う訳にはいかないわ。さぁ、私を指名しなさい)
「一票差だし、やっぱり人望はあるので、桜木さんにお願いしたいと……」
武士はうだうだ理由付けした挙句、なんとも歯切れの悪い物言いをする。
「分かりました。そこまで言うのであれば引き受けましょう(よし!)」
「あ、うん。よろしく」
満面の笑みで言う華に対し、武士はどこかぎこちなく応える。
(マジでなんだよこの笑顔。天使かよ⁉ 落ち着け俺、ここであの黒歴史を繰り返したらダメだ!)
(私のエンジェルスマイルにも動じないの⁉)
「では今日はこれで下校になりますね。明日からは普通授業で、部活動の体験も始まりますからねぇ。それと、高等科から入った人は家庭訪問も始めますよぉ」
「じゃあ武士、一緒に――」
「ヤス、悪い。今日はすぐ家に帰らないと」
下校のチャイムが鳴ると、武士はヤスの誘いを蹴って足早に校舎を出た。持ち合わせがない彼は、早く帰宅しなければならなかった。空腹を満たすために。
一方華は放課後、応接室という普段使われていない学校の部屋にいた。
「じゃあ華ちゃん、やっぱり出会ったんですね!」
「いいえ、出会ってなどいません」
その中では、テーブルに対面して華と話す一人の女生徒の姿があった。
「おかしいなぁ。今日電車で通学したんですよね?」
「そうですね。たまたま、運転手が病欠したので」
「そうなの? てっきりあたしの占いを信じてくれたのかと」
「占いなど非科学的なこと、私が信じるはずないでしょう」
それは嘘。華は信じていた。
話し相手の女生徒「
みこは神通力を磨くべく、恋占いに酔狂している。が、言ってみればただの恋愛脳だ。
「じゃあ質問を変えますね。華ちゃんは運命の人じゃなくとも、今日駅で異性に出会いましたか?」
「まぁ、運命ではないですけど」
「その男性のことは気になりますか?」
「気にならないと言えば嘘になりますね」
「今もその人のことを考えてますか?」
「考えてるというか、頭から離れない程度です」
「……華ちゃん、それは恋って言うんですよ」
みこの顔はみるみる溶けるように崩れて、いやらしい顔つきになる。
「何を言い出すのですか。私が恋? そんな訳ありません」
「そんな訳なくないもん。あたしずっと心配してたんですからぁ! でも、良かった本当に」
初等科の頃から華と付き合いのあるみこは、華の家庭の事情も分かっている。もちろん彼女の伝説、そして性格も。だからこそ普通の恋愛が出来るようにと、春休み中に半ば無理やり華の恋愛占いをした。
そこで出た結果が、高等科初日に電車通学することで運命の出会いがあるというものだった。
華は口ではああ言っているが、実際はみこの占いを気にして、わざわざ事前に体温計に細工をして、出勤時の健康チェックで運転手を無理やり帰らせたのである。
「もうバカバカしくてやってられません」
華はどうしても認めることが出来ず、立ち上がるとそう言って部屋を出ようとする。
「あ、華ちゃん待って。前に頼んでた部長の件、引き受けてくれますか?」
「言ったでしょう。私は非科学的なことは信じないと」
華はやや苛立った様子を見せながら部屋を出て行く。
「う~ん、困りました……あたしだけだと認めてもらえそうもないし……」
残されたみこは悩んだ。彼女は部活を立ち上げようとしていたのだ。
そこで成績優秀な親友の華に部長として申請をお願いしたのだが、先のように断られてしまった。
みこが申請しようにも、成績は優秀とは言えない彼女に対して教師たちの顔色は良くない。もちろん人数的にも足りないのだが、明日からは部活動の体験が始まる。
足りない頭をフル回転させ、みこはずっと考え込んだ。
翌日。武士は昨日と同じように登校するが、一つだけ昨日と違った。駅で華に会うことはなかった。
(いや、別に気にしてないし)
とは言うものの、昨日少し話したことにより、もしかしたら今日は駅から学校まで一緒に登校出来るのではと、浅はかな期待を寄せていた。
(だから気にしてないって!)
これは失礼。
そして校門をくぐり、下駄箱を開けると、中から便箋が一枚落ちてきた。
それはほのかなピンク色をした可愛らしい便箋。表には「九里武士様」と宛名が書いてある。差出人こそ書いてないものの、ハートのシールで封がしてある。
震える手でそれをすぐさまバッグにしまう。そして周囲をキョロキョロと見回す。
(だ、誰も見てないな……)
武士でなくても一目見れば誰でも分かる、それはいわゆる典型的な「ラブレター」と言えよう。
(まままままま、マジで俺……俺に⁉)
それは彼が初めて味わう、未知との遭遇だった。
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