第5話 意外な一面

「九里、俺絶対お前に入れるからな」「どうにか桜木に勝ってくれ」「良かったら俺の弁当食うか?」「お前は男の中の男だよ」


 武士が席に着くと、男子生徒たちが寄ってきて次々に武士をもてはやす。

 一方対立候補である、前の席の華はチャイムと同時にいなくなってしまっていた。


「サンキューな、武士」


 ヤスは武士にお礼を言いながら、弁当を武士の机に広げる。

 しかしそれは武士にとって弁当と呼べるレベルを遙かに凌駕りょうがしていた。


(三段重ね……おせちかよ……)


 他の生徒の机も見回すが、どれも庶民の武士には信じられないほど豪華なものばかりだった。


「ほれ、午後の決戦に向けて腹ごしらえしようぜ」

「あ……うん。購買行ってくる」

「なんだ? 弁当ないのか? 俺の分けてやるよ」

「いや、大丈夫。俺アレルギーあるから。気持ちだけありがと。ちょっと買いに行ってくる」

「そっか、大変だな。先に食ってるぜ」


 武士はバッグを持ってそそくさと教室を出る。


(まじかよ……クソ高ぇ……)


 この学校は一流の家柄の生徒ばかりのため、購買の弁当と言えど品揃えは一級品ばかり。もちろんその物価も庶民の想像を優に超えていた。


(さすがに無理だな。教室でも食べにくいし……)




 そのまま校舎裏へ歩き、外階段に腰をおろしてバッグを開ける。


「ふう。なんで目立っちゃうかな……」


 バッグから弁当箱を取り出す。教室での彼の発言は嘘だったのだ。彼はちゃんと弁当を持ってきていた。しかし、他のみんなの弁当を見た彼は教室で食べることが出来なかった。


「さすが金持ち学校。弁当なのにみんな豪華なんだもんな……」


 名門であるこの早慶院の生徒たちは、もちろん学力は高いが、みな一流の家柄なのだ。そのため、如何に昼食の弁当と言えど、決して人に見られて恥ずかしいようなものは持参していない。

 それに比べて武士の弁当は、食費節約のため同居する姉の分と一緒に武士が作ったものである。武士は料理が苦手という訳ではないが、やはりここの生徒たちのものと比べると粗末な見た目なのだ。


「また他のみんなと違うっていうので目立ちたくないもんな……卵焼き、ミニハンバーグ(冷凍)、ポテトサラダ。ザ・庶民だもんなぁ。まさか庶民が目立つなんて」


 蓋を開けて自分の弁当を見ながら、武士はため息をつく。

 目立つことも嫌だが、それ以上に庶民である自分が見世物のように珍しがられるのが耐え難かった。


「ん? あれは……」


 正面を向いた武士は、敷地の壁際に座る少女の姿を発見する。


「桜木?」


 それは華だった。


(何をしてるんだ?)


 教室での圧倒的存在感が嘘のように、一人でぽつんと座る彼女が気になった武士はそっと後ろから近寄る。


「本当、あなたも私と同じね」


 華はダンボールに入っている子犬を撫でていた。


「私もそう。ずっとあなたみたいに箱に入れられてるの」


(箱? なんのことだ?)


「あなたも自由になりたい? あはは、だめ。くすぐったいってば」


 華に抱かれた子犬は、華の頬を懸命に舐める。


(なにこれ、美少女と子犬とか……アートかよ……)


「連れて帰りたいけど、うちはお父様がとても厳しいの。ごめんね。それにうちに来てもあなたは自由になれない。私と同じ」


(さっきから自由自由って、一体何を?)


「私は恋がしたい。他のみんなと同じように。人を好きになって、愛して、愛されたい。人は私を見て何の不自由もないって言うけど、私は誰よりも不自由」


(恋がしたい? 出来ないとでも言うのか?)


「華様はお父上が大変厳格な方なのです。彼氏はおろか、異性と遊ぶことさえ禁止されているのです」

「うわ、びっくりした!」


 武士の後ろから、教室で華の助手を務めていた眼鏡娘が急に話しかけた。


「お静かに。華様に気付かれてしまいますよ」

「あ、はい……ってか、君は?」

「わたしは嶋楓しまかえで。教室で自己紹介したの、覚えてらっしゃらないのですか?」

「いや、そういう訳では。でも桜木の家ってなんか時代錯誤っていうか……」

「名家ゆえの悩みというやつですね。華様もご自分の気持ちを押し殺してまで、家のしきたりに重きを置いてらっしゃるのです」

「俺の家とは別世界だ」

「告白された数は三桁に近いという伝説の美少女。その全てを断った冷酷な女。うわべではそんな素振そぶりを見せずとも、華様の中身はきちんと乙女なのです。恋愛がしたくてたまらないのです」

「なんか漫画みたいだな……ってか、なんでそんなこと俺に?」

「それならあなたこそよほど漫画みたいですよ」

「な、何が……?」

「その告白を断ると恋愛が成就するという伝説を持つ男。元々成績優秀だった彼は意を決して、自分の伝説を知る者のいない地で新しい生活を送ろうと考える。そしてこの早慶院に前代未聞の満点合格で入学した特待生。九里武士君」

「おま……なんでそれを⁉」

「嶋家は古くから、桜木家のお庭番を勤めてまいりました。いわば隠密の家系。華様に近い人物の情報はすべて把握しております。ですが、ご安心を。わたしはあなたの敵ではありません。この情報は墓まで持って行きますから」

「じゃ、じゃあなんで俺に接触を? あ、あれ?」


 楓の姿は目の前から瞬時に消える。そして振り向くと、目の前にこちらを思い切り見つめる華の姿がある。


「さ、桜木⁉」

「九里武士。あなた、朝駅で会った人ですよね?」

「あ、うん。そう、だね」


(改めて見ると、確かにかわいい。やべ、いい香りもする)


「成績もトップで、委員長にも立候補」

「いや、立候補というか、無理やり……」

「なんで私を無視したり、邪魔をするの⁉」


 華はやや取り乱したように武士に迫る。


「そ、そんなつもりは……桜木こそ、こんなとこで、犬の世話? いや、すごく優しそうに犬に話しかけてたからさ」


 困った武士は話を逸らそうと犬の話を振るが、これが意外にも会心の一撃となる。


「え、何⁉ 見てたの⁉」

「うん、まあ……」

「聞こえてた……?」

「話の内容? 少しだけ」

「忘れて! 私も忘れるから、お願い!」

「誰にでもあるよな、人に知られたくないことくらいさ。うん、忘れるよ」


(九里武士。何も聞かずに私の願いをあっさりと受け入れるなんて。なんて器が大きいのかしら)


 武士はさっきの楓とのやり取りもあったため、快く華の願いを聞き入れる。あくまで、保身のためであったが、華にはそれがとても男らしく映る。


「はっ⁉ それって……まさかあなた、この子犬に餌を?」

「え、餌?」


 武士が右手に持ち続けたままの手作り弁当を見ると、華は言う。

 超がつくほどの金持ちのお嬢様である華にとって、武士のそれは到底人の食べ物には見えなかったのだ。


「その餌を子犬にあげるため、あなたはわざわざここに来たとでもいうの?」

「え? あ、う……うん。まぁ、そう……だよ」


 武士にも庶民なりのプライドがあった。

 華のリアクションから想像するに難しくない自分への期待感。目の前で腹を空かせているであろうこの子犬に、弁当を捧げないという選択は出来なかった。


(さよなら、俺の昼飯……)

(なんて男なの? 九里武士。駅での私に媚びない態度、成績を自慢するでもなく級友と接する様。そしてこの捨てられた子犬に見せる慈悲の心)


 子犬は美味そうに武士の弁当を平らげる。


「華様、昼食が届きました」


 楓は校舎から、まるで今ここに来ましたと言わんばかりの様子で言う。華の昼食は毎日、専属シェフがこしらえた出来立てが届けられる。


「九里武士君。私あなたのこと、色々と誤解していたのかもしれません。午後は正々堂々、勝負しましょう」

「あ、うん。こちらこそよろしく……(ん、誤解?)」


(九里武士。あなたと勝負できること、今は誇らしく思うわ)

(弁当は犠牲になったけど、桜木の意外な一面が見れたし……でも腹は減った……)


 絶対に惚れさせる女と、絶対に惚れない男の運命の歯車は回り始める。



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