第4話 自薦VS他薦
休み時間を告げるチャイムが鳴る。
ホームルーム前半が終わった。内容はどこの学校でもあるような、学校説明や高校生たる心構えなどの退屈した時間に終始した。
生徒それぞれ軽い自己紹介をしたが、新生活でみな緊張しているためか、やや盛り上がりには掛けた。いや、訂正する。桜木華と九里武士のときだけは、歓声に近いどよめきに包まれた。
華のそれは、中等科のときから伝説級になっていたその美しい容姿のため。武士のそれは、前代未聞の満点合格をした謎の天才特待生への関心から。
理由は違えど、その二名は他の生徒とは明らかに違う反応を得た。
そして華はチャイムが鳴ると同時に、すっと立ち上がり教室をあとにした。
「よお武士。見ただろ? 桜木華」
「ん? ああ」
ヤスはまた、武士の机の横に屈んで話しかける。
「どうだった?」
「どうって……まぁ、美人なんじゃん?」
「たっはぁ。なんだよ、味気ねぇなあ。もっとほら「やべ、超かわいい」とか、「絶対俺が口説き落とす」とかさ、「すげぇいい香りがする」なんて反応はない訳?」
(それはお前の反応だろ)
「いや特にそれ以上は……」
(正直視線は彼女に釘付けだったさ。でも言う訳にいくかよ。下手に恋してまた惨めな思いするのはごめんだ)
「まぁいい。そのうち、お前が彼女に惚れたってときは全力でサポートしてやる」
(なんでこいつはそこまで俺を彼女と引き付けさせたいんだ)
「差し詰め、このあとの委員長決めはサポートさせてもらうぜ」
そう言うと、ヤスは後ろの席に戻る。
(委員長? そうかこのあとクラス委員決めと言ってたな。ってか、サポートってなんだ?)
華が席に戻ってきた。そしてまた後ろを振り向くと、武士を舐め回すように見て、無言のまま前を向く。
(なんで俺のほうを……まさか、俺に気が⁉ いやいやいや。危ねぇ。そう言った方向に考えを向けるな、現実を見ろ俺!)
「はい、ではこれからクラス委員長を決めたいと思います。えぇと、自薦他薦問いません。誰かいませんか?」
教師一年目の若い女性担任。ややぎこちなさを見せながら言うも、教室の中にはしばしの沈黙が訪れる。
「私、立候補します」
華の声が沈黙を破る。
「あ、はい。あなたは、えぇと。桜木華さん、ね。良かった。誰もいなかったらどうしようって思っちゃって……あ、前に出て」
「桜木かぁ、彼女が委員長なら俺はなんでも言うこと聞くぜ」「さすが桜木さんだわ」「声も超かわいいじゃん」「桜木さんなら適役よね」
ギャラリーの声はどれも華を称賛するかのようだった。
立ち上がった華は、教壇のほうへ歩く。その際、横目で武士をチラ見するようなそぶりを見せる。
「じゃあ桜木さん。委員長になるにあたっての抱負を言ってもらえる?」
「はい。私が委員長になったら、二つのことを実行したいと思っています。嶋さん、お願いします」
華の呼びかけに眼鏡を掛けた女生徒が前に出る。彼女はプロジェクターを教壇の机に置く。するといつの間にか準備されていた、教室後方のスクリーンにグラフが映し出される。
「みなさん、後ろに注目してください。このグラフから分かるように、近年の早慶院学園の全国模試の成績は右肩下がりとなっています」
それは模擬試験における、この学園の生徒全体の平均点だった。
「この現状を改善するため、私はこの一年一組から変えていかねばならないと考えます」
(なんでプロジェクターなんかあるんだ。そしてあの眼鏡っ子は誰? 助手?)
「まずは毎朝ホームルーム前のミニテストです。早慶院の学生たるもの、いつ如何なるときも勉学を怠ってはなりません。クラス全員の学力向上のため、毎朝のミニテストを実施します」
いささか教室内がざわつき始める。
「二つ目は、学園内においての恋愛の禁止です。先の学力向上のために恋愛などご法度。進学に向けた大事なこの時期、そんなものに
そのざわつきは
「ただし、女子生徒には我が桜木グループ傘下の派遣会社より、好みの現役男子大学生を家庭教師として斡旋します」
画面には今度、様々なイケメン教師が映し出される。
「え? 超イケメンじゃん!」「女ばかり不公平だ!」「この先生たちにマンツーマンで……」「男子生徒には何もなしかよ⁉」「私あの先生がいい」「対抗馬だ! 対抗馬を出すんだ!」「こんな素敵な人といられるなら、学校の男子なんてどうでもいいわ」「女子よ落ち着け!」「男子は黙れ!」
(ふふ。そうよ、この大学生たちに色めき立つがいいわ。恋愛脳のバカ女たち。この写真の男性はみんな彼女持ち。もちろん、あなたたちに脈は全くないわ。これで私と同じ境遇よ。おとなしく勉学に打ち込みなさい)
男子の抗議と女子の称賛が飛び交う。そんなことはお構いなしとばかり、華は自分の家庭の事情で恋愛が出来ない腹いせに、女生徒たちを道連れにする
「ええと、桜木さん。以上でいいかしら?」
担任はやや戸惑いながら、華に確認する。それに華は笑顔で返す。
「では、他に誰もいなければ桜木さんをこのクラスの委員長として――」
「先生! 九里武士君を委員長に推薦します!」
武士の後ろから、今度はヤスが挙手をしながら訴える。
「おい、ヤス! なんで俺が――」
武士は振り返り、ヤスに小声で抗議する。
「頼む! お前しかいないんだよ、桜木に対抗できるのは。このままじゃ、俺たちの高校生活に先はないんだ」
「さすがに大げさすぎるだろ……」
正直武士にとってはどうでもよかった。朝早く登校しなければならなくなるのは少々面倒であったが、恋愛禁止についてはむしろ賛同していた。
「じゃあ九里君、前にどうぞ」
担任に促され、ヤスに手を掴まれながら武士は渋々といった足取りで前に出る。
「いいぞ特待生!」「応戦してるぞ九里!」「頼む、この暴挙を止めてくれ」
男子生徒たちは教壇に向かう武士に向かってエールを送る。
(ほら、やっぱり俺睨まれてるぞ……)
武士が教壇に立つと、華は横目で
「じゃあ小山君、推薦理由を言ってもらえる?」
「はい。えと、九里君は成績トップなのできっとやってくれます!」
(何をだよ……)
「あ、ありがと。では、えぇと九里君、抱負を言って」
「えぇ、俺が委員長になったら……朝は普段通りでいいんじゃないかなと」
(何よこいつ、私に意見するわけ⁉)
「恋愛はまぁ別にどっちでも――」
「恋愛は自由だと九里君は言ってます!」
武士の言葉を遮り、横からヤスが口を挟む。
「つまり、特段何もないってことかしら?」
「ま、まあ……」
不思議そうに聞く担任に、武士は歯切れの悪い返事をする。
「今回候補者が二人いるので、昼食後に投票で決めましょう。ではみなさん、お昼休みにしてください」
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、担任は午後の選挙実施を告げた。
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