第三十八話 プリティ・プリンセス

 セビリアを首都にすると伝えると、シャルルマーニュ陛下は十二勇士を引き連れて先にセビリアに向かうと言ってグラナダをあとにした。

 そこで先に貴族や民衆に話をつけて建国宣言が円滑に進むよう、手はずを整えてくださると。

 なので今この場に居るのは、私とエンリケ、イサベルとカール、そして縛り上げたネロの一味だった。


「さぁて、こいつらはどうしてくれよう? せっかくここに死刑台があるんだから、このまま絞首刑にするか?」

「お、おい。ちょっと待ってくれよ。話せばわかるって。それにほら、俺様が心臓を運んできたから、あいつを倒せた訳だし……なぁ、マリア! なんとか言ってくれよ!」


 エンリケはネロたちに向かって言う。確かにここには陛下たちを公開処刑にするための台座が用意されたままだが、さすがにそれは可哀そうに思えた。


「ってか、たまたまだろ?」


 エンリケは無慈悲に言う。


「ね、ねぇ。一応こいつが役に立ったってのは本当だし」

「そうだそうだ!」


 私の言葉にネロは必死に訴える。


「でもマリア……様?」


 私の身分を知って、カールは言いにくそうに敬称をつける。


「今まで通りでいいわよ」

「お、そっか? じゃあマリアの嬢ちゃんよ、俺はこのネロってやつに襲われたんだぜ?」

「……でも、返り討ちにしたんでしょ?」

「そうだよ! 俺様達は被害者だぜ⁉」


 擁護しようにもこのバカ、至る所で悪さしてるから疲れるわ……。


「ほら、イスパニア建国の恩赦ってことで。今回だけは許してあげましょうよ?」

「あいよ。マリアがそこまで言うならそうするか」


 ネロをここに連れて来たのは私だから、罪悪感もあってネロを懸命に弁護した。

 それに対し、エンリケは笑みを浮かべながら了承する。

 この男がこんなにあっさり私の言うことを聞くなんておかしいわ。しかも笑ってるし、絶対何か良からぬことを思いついたに決まってる……。

 するとエンリケはネロの一味を一枚の大きな瓦礫の上に乗せる。


「んじゃ、カールのおっさん。こいつらをどこか適当な場所へ飛ばしてくれ」

「お? 面白いこと思いつくじゃなぇか! ちぃと重たいが、張り切っていくぜ!」


 エンリケの言葉を聞いたカールは、ノリノリでその瓦礫を能力で浮かせると、そのままぐるぐると回して、天高く飛ばした。


「くっそぉ! てめぇら、覚えてやがれぇぇぇぇぇ!」


 ネロは捨てえ台詞を吐きながら、部下たちとともに彼方へ消えて行った。

 縛られたままだし……海じゃなければいいわね……。


「それにしてもマリア。セビリアで建国宣言するって言うのに、あなたその服はないですわ」

「だって、これしかないんだもん……」


 私の服を見て言うイサベルに返す。

 そんなこと私だって分かってるわよ。


「確か宮殿の外に服屋がありましたわよね? そこに金貨もあるのだし、買ってきなさいな。私はカールと馬車を調達して広場で待ってますわ」

「へいへい、俺はイサベル嬢ちゃんのボディガードって訳ね」


 そう言ってイサベルとカールは宮殿をあとにした。


「ほら、行くわよ」

「は? 俺もか?」

「当たり前でしょ? 首領が居なくなったと言っても、残党がどこに居るか分からないわ。ちゃんと私を守りなさいよ」


 私が言うと、エンリケは渋々と言った顔でついてくる。




「あの……」


 私は宮殿に侵入する前に見た服屋に入った。邪魔だと罵倒された店だが、ドレスを調達出来るのはここしかない。


「なんだい? またあんたかい? ほら、商売の邪魔だから出てっておくれよ!」


 やっぱりな。そりゃこんな見た目だけど……今日はちゃんとお金持ってきてる。もうこんなこと言わせないわよ!

 あれ?

 私はポケットを探るが、金貨らしきものは入ってない。

 あ⁉ エンリケに文句言うのに夢中になって、金貨を持ってくるの忘れた……。


「聞こえないのかい⁉ 出てけって言ってるんだよ!」


 店のおばさんは大声で私を怒鳴りつける。


「よぉ、おばちゃん。これで店のドレス、好きなの選ばせてもらうぜ?」


 エンリケはおばさんの前に大きな袋を放り投げた。床に落ちた袋からは大量の金貨が飛び出る。

 え? エンリケ、金貨を持ってきてたの?


「あぁぁぁ。は、はい。もちろんでございますよ。お好きなのをどれでもお試しください。さぁ、お嬢様、どうぞ」


 このばばぁ。さっきまでの態度とまるっきり逆じゃない。

 頭に来ながらも、私は店のドレスを片っ端から試着していった。最初こそエンリケも笑いながら見ていたが、後半になってくるとだいぶ飽きてきたように、退屈した顔を見せる。


「エンリケ。どう?」


 私はニコニコしながら、試着したドレスをエンリケに見せて聞く。


「……うん、いいんじゃない。それにしよう」

「う~ん……でも、ちょっと装飾が地味かな?」

「地味じゃない! 最高! もうこれに決めよう!」

「私かわいい?」

「……」


 なによ! 私はただ、褒めて欲しいだけなのに。一言くらい言ってくれてもいいじゃない。一年ぶりのおしゃれなのに。


「いいわ。じゃあ次のドレスは……」

「ま、待て! そろそろ広場に行かんと、馬車を待たせてるだろう⁉」


 そんなの分かってる。でも、そうじゃないの。私が求めてるのは。


「だって……」

「かわいい!」

「え?」

「装飾が地味なのはむしろポイントだ。晩餐会で踊る訳でなく、国民に披露する場で着るんだぞ」


 ……なんだ。そういう事務的なこと言うのね。ちょっと期待したのにな。


「年を召したマダムが着るには地味かもしれんが、若くて……」

「若くて?」

「若くて華のあるお前なら似合うだろう……」

「おばさん、これください!」


 照れながら言うエンリケを見て、私は嬉しくなって満面の笑みを浮かべたことだろう。


「あと、これとこれと、これも!」

「お、おい。そんなに買うのか⁉」

「明日の披露用と、普段着用と、おしゃれ用!」


 結局、白のレース、赤のサテン、蒼のジョーゼット。三着のドレスを選び、久しぶりの買い物を私は心から楽しんだ。

 エンリケはくすねてきた金貨が一瞬で溶けたことに悲しそうな顔を見せるが、私の着飾った姿を見ればきっと喜んでくれるわ。

 ――いや、別にエンリケに見せたい訳じゃなく。買ってもらったことに感謝してるだけだけど。


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