第三十七話 シャルルマーニュ
「本当ね。みるみる傷口が塞がっていくわ……」
イサベルが私のネックレスをエンリケとカールの傷口に当てると、ローランとオリヴィエにそれで手当したとの言葉通り、傷口は綺麗になっていく。
「いやぁ、こいつはすごいな」
「あぁ、死ぬかと思ったが、これがオレイカルコスの力か。やつらめ、これを使って何を企んでやがったんだ?」
その不思議な力にカールは驚き、エンリケは感心する。
「う……ローラン、オリヴィエ。二人とも無事であったか」
傍らでは、シャルルマーニュ陛下と十二勇士たちが頭を起こす。
「陛下、まだご無理はなさらず」
「そうですよ。お目ざめになったばかりなのですから」
ローランとオリヴィエは陛下に応える。
「そうも言ってられまい。動けはせずとも、お主たちの言葉はきちんと届いておった。国のため、余のため、大儀であった」
「勿体ないお言葉です。あわせて、此度の我が父ガヌロンの非礼、如何なる処分も代わって受ける所存であります」
「ローランとは兄弟同然。僕も一緒にどんな処分も――」
「覚悟は出来ているのだな?」
「もちろんでございます」
「はい!」
え? ローランもオリヴィエも処罰されるの?
意識よりも先に私の口は動いた。
「シャルルマーニュ陛下、失礼は重々承知の上ですが、どうか私の話をお聞きください」
「マ、マリア⁉」
私が陛下に向かって言うのを見て、イサベルは動揺を隠さない。
「そなたは?」
「私はマリア・トレド・アルバレスと申します。イスパニアと言う国の公女でした」
「イスパニア?」
「はい。しかし、この世界のどこにもそのような国は存在しておりません。これは私の推測なのですが、数日前私たちは海上で深い霧に包まれました。それによって、私たちは元いた世界と別の世界へ来てしまったのかと」
「それはかなり飛んだ話であるな。根拠はあるのかね?」
私のぶっ飛んだ話にも、陛下は優しく耳を傾けてくれた。それで私も正直に全てを話すことを決める。
「シャルルマーニュ陛下や十二勇士のパラディンたちは、私たちの世界では歴史で習いました。そしてイベリア半島も、ウマイヤ朝の支配はレコンキスタと呼ばれる国土回復運動によって、その地にイスパニアと西ゴートと言う国が出来たのです」
「イスパニア。なるほど、それがマリアさんの故郷なのだな」
「信じて……頂けるのですか?」
私は不安な表情を浮かべていただろう。
「もちろんだ。あなた方は私の命の恩人。それを信じずして、何を信じるのか」
その言葉を聞くと、私は自然と涙がこぼれた。
「して、マリアさん。あなたの目的はなんだね? 余に何か言いたいことがあるのだろう?」
「恐れ入ります。二つほどございます」
「さぁ、言いなさい」
「まず、そこのローランとオリヴィエはフランク王国のため、シャルルマーニュ陛下のため、そして見ず知らずの私たちのために懸命に戦ってくれました。どうか、寛大なご処分を――」
私がそこまで言うと、陛下は高笑いする。
「はっはっは。言われずともこのシャルルマーニュ、もちろん全て分かっていますとも」
「え?」
「ローラン、オリヴィエ」
陛下が二人の名を呼ぶと、ローランもオリヴィエも背筋を伸ばし、陛下を注視する。
「ガヌロンもまた、我々の命の恩人。あのオルチから我々を庇い、魂を吸い取られてしまった。むしろ、余が謝らねばならん。ローランよ、そなたの父を救ってやれず本当にすまなかった」
「とんでもない……陛下、どうかお顔をお上げください」
陛下はお顔を上げると続けた。
「ガヌロンの犠牲によって、我々は誰一人命を落とすことなく生きながらえた。だが、ガヌロンは肉体を生かされたままオルチの操り人形となってしまい……」
「父ガヌロンとは、最後に語り合うことが出来ました。私はそんな父を誇りに思います」
「そうか、最期を見届けられたか。ローランの言うように、ガヌロンは偉大なパラディンであった。お主たちも賛辞は送られようとも、処罰など有り得ん。本当に大儀であった」
その言葉を聞いて、ローランとオリヴィエは陛下の前に膝まづいた。
「マリアさん。これで一つ目はよろしいかな? さぁ、二つ目を言いなさい」
「はい。私はこのイベリア半島に、先ほど言いましたイスパニアと西ゴートを建国したいと考えております」
「ほう。建国とな。確かに、ウマイヤ朝のカリフ、アブド・アッラフマーンがオルチに暗殺された今、ウマイヤ朝にイベリア半島を統治する余裕はないであろうな。では、ムスリムやサラセン人たちを排除するのか?」
「いいえ。私はこの国で、彼らと共存したいと考えております」
「……出来るのか?」
「すでにセウタのフンドゥク商会に協力を取り付けております。そしてフランクにも承認して頂ければ……」
厚かましいとは分かっているけど、私はこの機会を逃す訳にはいかなかった。
「はっはっは。いやぁ、マリアさん。あなたは随分としたたかだ」
「も、申し訳ありませんでした!」
「いやいや、誉め言葉ですぞ。国を動かすには大事な要素。それにしても、あなたがそこまで建国にこだわるのは何か理由があるのかね?」
「……私の父、アルバレス公爵がもしこの世界に居た場合、イスパニアがあれば……帰る場所があればと。私だけでなく、私の隣にいる彼女、イサベルもまた、イスパニアの公女でした。そして彼女の父君も行方が分からず」
「ちょ、ちょっとマリア⁉ 陛下、申し遅れました。ただいま紹介に預かりました、イスパニアのヴィゼウ公女イサベル・フェルナンダ・デ・カスティーリャと申します」
「うむ。イサベルさん、あなたもまた、イスパニア建国について賛成かね?」
「はい。私の父もまた行方が分かっておらず。国さえあれば、父が帰る道しるべになるかと存じます」
「イサベルは国政に精通しております。彼女を女王に据えれば、問題なく国を治めることが出来ましょう」
私はイサベルを女王に推挙する。
「ふむ。もちろんどちらがなろうが、余は……いや、フランクは協力を惜しむつもりはありますまい」
「陛下、ご無理を聞き入れてくださり、感謝の言葉もございません」
「陛下、ご理解を頂き、誠にありがとうございます。そしてマリア、私は女王は辞退しますわ」
「え⁉」
「女王はマリア、あなたが適任よ」
「は⁉ 何言ってるのよイサベル⁉」
「私がきちんとサポートをしますわ。今回のあなたの働きは十分、女王に相応しいですもの。それに私は西ゴートの王を探さないと」
そう言ってイサベルはエンリケのほうに目をやる。
「いや、俺は無理。絶対にやらん」
「は? エンリケ、あなたいきなり何を言い出すの?」
「あら? マリア聞いてないの?」
「何を?」
「彼は西ゴートの王子、エンリケ王子よ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
陛下の前なのに思わず大声を出してしまい、私は慌てて両手で口を塞いだ。
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