第三十六話 バルバロス・オルチ

「……うん? ここはどこだ?」


 蕾が枯れると、中から粘液にまみれたネロの一味が姿を現した。


「お、お頭。これを見てくだせぇ!」


 部下の一人の声にネロは辺りを見ると、そこにはいくつもの宝箱や金貨、財宝が山積みにされていた。


「ほ、宝物庫じゃねぇかここは‼」


 それを目にしたネロは、金貨を一枚握り歓喜の雄たけびをあげる。

 そしてそこにある金貨を両手で頭上にすくい上げ、金貨のシャワーを浴びて喜ぶ。ネロに続けとばかりに、部下たちも同様に金貨のシャワーを浴びる。


「いやぁ、長い道のりだったなお前ら。暗闇に包まれたときにはもう終わりだと思ったが――」

「めっちゃ臭かったですもんね」

「あぁ。だが、地獄に仏とはこのことだ。これだけのお宝があれば、国の一つや二つ丸ごと買えるぜ。そうすりゃついに、俺様の悲願だった帝国を築けるのだ!」


 ネロは涙を流して喜ぶ。


「お頭、バンザイ!」

「皇帝……いや、カイザーばんざい!」

「バカイザー万歳!」

「ちょっと待てい! 今どさくさに紛れてバカイザーって言ったやつは誰だ⁉」


 ネロは懐から剣を抜き、部下たちに向けながら言う。


「だ、誰も言っていやせんぜ」

「そうでさぁ。ささ、早くお宝を持ち運ばねぇと」

「……まぁ、それもそうだな。よぉし、お前ら! 持てるだけ抱えて運び出せ!」


 ネロは部下たちに命令すると、自身は軽い一番小さな宝箱を持つ。


「くそ……自分だけ楽しやがって……」「あの火の力さえなきゃ、命令なんて絶対に聞かねぇのに……」「バカイザーめ……」


 部下たちはネロに聞こえないよう、小声でそれぞれ愚痴をこぼす。




 宝物庫を出ると、一味は入り組んだ廊下を進む。


「くそぉ、建物の中とは思えねぇほど広いじゃねぇか」

「これじゃまるで迷路みたいでさぁ」

「お前ら止まれ! この先はだめだ、違う道を行くぞ」


 前方に衛兵の姿を見たネロは、部下たちに迂回することを告げる。


「お頭、衛兵ごときあの力を使えば行けますぜ」

「馬鹿野郎! それで騒ぎを起こして、能力者たちが駆け付けたらどうすんだ⁉」

「そ、そうですねぇ」

「さっきまで俺たちを臭い暗闇に閉じ込めたやつにしろ、鷹の化け物にしろ。ここは化け物たちの巣窟、化け物屋敷だ。絶対に騒ぎを起こさず、慎重に運べよ?」




 迂回に迂回を繰り返し、一味は疲弊した様子を隠さず歩き続けた。


「あ、お頭! あの階段の先。空が見えますぜ!」


 部下が放った言葉に階段の上を見ると、そこには日の出で赤紫に染まった空が見えた。


「よぉしお前ら、もう少し。あと一歩だ! 俺たちの勝ちだ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 ネロの檄に部下たちは応えると、みんな最後の力を振り絞って駆け足で階段を上る。


「はぁはぁ……外は外ですけど、まだ敷地の中のようですぜ……」

「なぁに、あとは最悪城壁を越えればいいんだよ」


 広場に出たネロたちは、そこがまだ敷地の中と言うことに再び疲れが襲う。


「お頭! 向こうに人の姿が見えやす!」


 部下は遠目に見えるエンリケたちを見てネロに言う。


「ん? あれは……」

「あいつらエンリケと、セウタに居た連中ですぜ! お頭、今こそあのときの恨みを――」

「このスカタンが! やつが戦ってる相手を見ろ!」


 ネロはオルチを指して言う。


「あんな巨人みてぇな化け物、お宝を持ったまま戦えるか⁉ それにエンリケは一方的にやられてるじゃねぇか。俺様が直々に手を下すまでもなく、やつはここでおっちぬだろうよ」

「あぁ……なるほど……」

「分かったらさっさとここを出るぞ!」


 ネロがそう言って進もうとしたとき、一味を無数の瓦礫が襲う。


「な、なんじゃこりゃ⁉」

「お、お頭! これじゃ先に進めませんぜ……」

「よぉ、お前さんたち。やけに物騒なこと話してたじゃねぇか」


 ネロたちの後ろから声をかける人物がいる。


「エンリケをやるだぁ?」


 それは意識を戻したカールだった。


「だ、誰だてめぇは⁉」

「俺はカール・マルテル。エンリケの友達だよ」

「な、なるほど……なら早く行ってやれよ。あいつ今にも殺されそうだぞ⁉」

「あぁもちろんだ。ただし、まず倒すべきはお前さんたちだ」

「な、なんですってぇ⁉」


 瓦礫の攻撃でカールが能力者だと感じたネロは大声で震えあがる。


    *****


 エンリケ……どうしよ、ローランもオリヴィエもゾンビの相手で手一杯だし。私やイサベルじゃ戦うことなんて……ん? あれは何かしら?

 私は広場の奥に人影を見る。

 目を凝らすと、それはカールとネロの一団だった。

 カールとネロ? え? 戦ってるの? ってか、ネロがぼこぼこにされてるじゃない。

 カールがいればオルチはどうにかなると言う気持ちと、手加減が出来そうにないカールではネロを殺しかねないと言う不安がよぎる。

 ネロは別にどうでもいいんだけど、私が連れて来ちゃった訳だし、そのせいで命を落とすことになったら後味悪いじゃない……。

 私は天馬の尻を軽く叩き、カールたちのもとへ急いだ。


「カール!」

「よぉ、マリアの嬢ちゃん。無事だったか」

「マ、マリア⁉ おい、早く助けてくれ、この怪力親父が――」

「怪力親父だと⁉」

「カール待って! こいつはあいつらとは無関係なの!」


 私が言う前に、カールは大きな柱の残骸をネロ目掛けて飛ばした。

 柱はネロの足元に突き刺さる。


「ひぃぃぃぃっ⁉」


 びびって腰を抜かしたネロは、手に持った小さな宝箱を落とした。

 そしてその衝撃で蓋が開くと、中から肉塊のようなものが地面に飛び出た。


「うわ、なにこれ……気持ち悪っ⁉」


「き、貴様! それをどこで⁉ 返せぇぇぇぇぇ‼」


 それを遠目から見たオルチは物凄い勢いでこっちに迫ってくる。

 あんなに焦るってことは、これがやつの言ってた心臓?

 私は天馬から降りると、ネロの腰から剣を抜く。


「やめろぉぉぉぉぉ‼」


 目の前まで迫ったオルチだったが、間一髪それより早く私は心臓を剣で突き刺した。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……よくも、よくもぉぉぉぉ‼」


 オルチは私の目の前でもがき苦しみながら、その体は消滅した。


「兵が、起き上がらない」

「これって、もう復活しないってこと?」


 ローランとオリヴィエの声が届く。


「目が! 陛下たちの目が開きましたわ!」


 人質たちを介護していたイサベルも大声で言う。


 やっと、終わったのかしら……。

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