第三十話 ガヌロンを追え!
「今頃来たかローランよ! だがもう遅い。お前の友、オリヴィエは助からん」
「なぜだ⁉ なぜ、こんなことを⁉」
不敵な笑みを浮かべながら言うガヌロン。
確かにわき腹を刺されはしたけど、短刀によるものだし、見たところ傷はそこまで深くはなさそう。だけどオリヴィエのみるみる青白くなっていく。
「なぜだと? それは私の台詞だ! なぜお前はシャルルマーニュの護衛に私を推挙した⁉」
「決まっているでしょう。それはあなたこそが陛下の護衛に適任だからです」
「嘘をつけ! お前はこの国の争乱を知り、私に火中の栗を拾わせたのだ!」
「何を言っているのです⁉」
「お前は私をこの争乱に巻き込み、あわよくばこの身を亡き者にするつもりだったのだ!」
「そんな出鱈目……」
「あとは呑気に国に残っているお前に、私の地位も財産も転がり込む。そうやってお前は私を推挙し――」
「あなたを信頼しているからですよ! 私を養子に迎え入れ、剣術のイロハを教えてくださったあなただから……あなたしか居ないのですよ、安心して陛下を任せられるのは」
ガヌロンはローランに嵌められたとでも思ってるのかしら? それにしても、ここまで疑うのはさすがに……。
「黙れ! 私はこのチャンスを最大限に活かす!」
そう言うと、ガヌロンの姿は大きな鷹となって羽ばたき始める。
「ま、待て!」
「いいのか? オリヴィエを射抜いた剣には毒を仕込ませてある。マルシル特製の毒をな」
その言葉に、ローランは倒れているオリヴィエを見る。
オリヴィエが苦しそうなのは、その傷自体ではなく、どうやら毒が原因のようだ。
「シャルルマーニュもお前たちもここで死ぬ。私は伝えねばならん。シャルルマーニュを殺したお前たちを討ち取ったと。そして私は新しいフランクの王となるのだ!」
ガヌロンはそう言い残すと、天高く飛んで行ってしまった。
「くそ……オリヴィエ! しっかりするんだ!」
「ロ、ローラン。僕は、大丈夫……早く、ガヌロン卿を止め……このままだとフランク、も……」
「喋らなくていい! 無理をするな。絶対にお前を死なせたりは――」
ローランはオリヴィエを抱きかかえ言った。
しっかりとしながらも、苦しむオリヴィエをどうすることも出来ないもどかしさからか、その口調は弱弱しくなっていった。
「ローラン……いや、ブルターニュ辺境伯オルランド卿。この毒がマルシルの能力によるものなら、奴を倒せば毒は消える。俺が必ず奴を倒す。だから、あんたはガヌロンを追いかけろ」
カールがローランに言った。
「しかし……」
「あいつはフランク国内ではかなり名が通ってる。やつが言うことは国民も貴族も信じてしまうだろう。フランク国内だけじゃない。きっとやつはマルシルたちとも密約を交わしているはずだ。そうなるとこの国もフランクもやつらのものに」
意外と言っては失礼かもしれないけど、カールは真剣に語り続ける。
「飛んで行ったあいつに追いつけるのはあんたしかいないんだ。行けローラン! 祖国のために!」
「……済まない。絶対に父を止めてみせる。だから貴公も――」
「俺はこの腕っぷししか取り柄がねぇんだからよ。オリヴィエは必ず俺が助ける。安心して任せてくれ!」
カールがそう言うと、ローランはその手を握り何度も口を動かした。察するにきっとそれは礼の言葉だと思う。
「そうは言いますけど、相手は空を飛んで行ったのですわよ? 一体どうやって追いかけるというのです」
「そうよ! いくらなんでも、さすがに追いつかないんじゃ……」
最もなことを言うイサベルに私は続いた。
「イサベル様、マリアさん。申し訳ありませんが、ここはカールさんの言葉に甘えさせて頂きます」
そう言ってローランは笛を吹く。すると上空から白い大きなものが飛んできた。
「う、馬?」
「羽が……まさか、天馬⁉」
それを見た私とイサベルは驚いて言う。
真っ白で綺麗な背中に大きな翼。それはおとぎ話の天馬そのものだった。
「私の愛馬、ヴェイヤンティフです」
「そうそう、俺も一緒にこの馬に乗って来たんだ。さぁローラン、急げ!」
カールの声に背中を押され、天馬に跨ったローランは颯爽と空へ羽ばたいていった。
「じゃあ嬢ちゃんたち、広場へ向かうぞ」
カールは勇ましい声で私たちに言う。
「いいえ、私はここに残ります」
「え? イサベル?」
イサベルの意外な一言に私は驚く。
この目立ちたがり屋が、残るってどういう……。
「毒が回る速度を抑えないと――」
「おいおい、俺がマルシルに負けるとでも言うのか?」
「そうではありません。勝負が決する前にオリヴィエが力尽きてしまったら元も子もないのですよ」
イサベルは自身の服を千切り、オリヴィエの患部に当てながら言う。
「それなら私が――」
「マリア、あなたは看護の知識はありますの?」
「え……」
イサベルの言うように、彼女は医療の知識に長けていた。
頭脳明晰な私ではあるけど、地理や歴史など、私のそれは随分冒険に特化したもので、正直医療に関しては乏しかった。
「この裏に井戸がありました。水さえあれば応急処置は出来ます。だから私はここに残りオリヴィエの命を繋ぎます」
「よし、イサベルの嬢ちゃん、オリヴィエを頼むぜ」
「イサベル、囚われた陛下と十二勇士たちは絶対に救ってくるから!」
私が言うと、イサベルはにっこりと笑顔で応えた。
*****
「見えた!」
夜空の中、天馬に跨ったローランは、いよいよその前方にガヌロンの姿を捉えた。
「ローラン⁉」
後ろのローランに気付いたガヌロンは、その名を口にする。
「天馬だと? 猪口才(ちょこざい)な。あの笛か」
「逃げるなガヌロン!」
「逃げるだと?」
その言葉を聞くと、ガヌロンはその場に制止して振り向く。
「ローランよ、お前一人か。これは丁度いい。お前の剣も、その奇妙な笛もまとめて頂くとしよう」
「何を言う! 正気に戻れ、我が父ガヌロン!」
「正気だと? 相変わらず甘いなローランよ」
「何⁉」
「お前は剣士として、いや騎士として優秀だったよ。だがな、戦場でその甘さは命取りになるのだよ!」
ガヌロンは腕を伸ばしてローランに向けると、その先から鋭い爪が銃のように発射され、ローランを襲う。
間一髪それをかわすと、ローランは言う。
「いきなり襲い掛かるとは、それでもあなたは騎士ですか⁉」
「それが甘いと言うのだ! 私はお前に剣術の全てを叩き込んだ。いわばお前の動きは手に取るように分かる。その弱気心までもな!」
ガヌロンは凄みながら、再び爪を発射する。
ローランは今度、剣を抜いてそれを弾く。
「父と言えど、陛下へ、国へ対する反逆許すまじ!」
「ほう、私に剣を向けるのか?」
その言葉に、ローランは一瞬下を向く。
ガヌロンは出来た隙を見逃さず、
反応の遅れたローランは左腕にその攻撃を喰らってしまう。
「うぐぉぉぉぉぉ」
骨まで突き刺さったその爪に、痛みからローランは絶叫する。
「さぁ、最後は騎士らしく、このミュルグレスで一思いに楽にしてやろう」
そう言いながら、ガヌロンは自身の聖剣ミュルグレスを抜き、もがき苦しんでいるローランに向かって構える。
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