第二十九話 ガヌロン卿

「あらら、あいつ食われちゃいましたね」


 あのお化けツタにネロたちは丸飲みにされた。それを見たオリヴィエは笑ながら言う。この男こんな状況なのに……超の付くほどのドSね……。

 私はお化けツタ以上にオリヴィエの性格が怖かった。


「この人たちが言った通りなら、地下に捕まった貴族たちが居るはずですが……」

「こんな化け物植物がいたら、先に進めないわね……」


 お化けツタを見ながら言うイサベルの言葉に、私が続けた。


「それならご安心を。僕がすぐに道を作りますので」


 オリヴィエはそう言うと、抜いた剣でお化けツタをばったばったと切り裂く。


「あ、ちょっと待って、今飲み込まれた――」


 ネロを飲み込んだ、大きなつぼみか実のような膨らみに切りかかろうとしたオリヴィエを止めようと、私は声を掛ける。

 だって、そのままネロを真っ二つにでもしたら……それは想像するのもおぞましい光景だ。


「え? マリアさん、何か言いました?」


 遅かった……。オリヴィエはその膨らみを切りつけたあとに、私に聞いてくる。私は両目を覆った手を、恐る恐る離す。


「あ、あれ?」


 そこにあったのは、お化けツタの蕾の残骸だけだった。


「面白いですよねぇ。ネロのやつら、影も形もないんですもん。きっとこれは誰かの能力ですよ。この化け物植物も含めて」

「笑いごとじゃないわよ! 中にネロがいたらミンチよミンチ。あぁおぞましい……」


 私は笑いながら言うオリヴィエに釘を刺す。

 ……味方で良かったわ、こんな奴が敵だったら……。


「そこから下に入れるんじゃない?」


 ツタが切り倒された先を見てイサベルが言う。

 そこには階下に繋がる階段があった。




 階段を下りると、そこには牢獄が広がっていた。


「あなたたち、この国の⁉」


 その中に囚われる人々を見ると、イサベルは叫んだ。

 外にいた人たちの身なりと違い、見るからに男爵以上の爵位階級の貴族たちだ。


「お父様⁉ お父様いらっしゃいませんか⁉」


 取り乱したように、イサベルはその貴族たちの顔を食い入るように見て回る。

 もちろん、私もお父様の名を叫びたいが、もしこの中に居なかったら……もうお父様の居所が分からない。そう考えると、怖くて正面を見ることも躊躇ためらわれた。


「みなさん、私はヴィゼウ公女イサベルです。私の父、ヴィゼウ公の所在をご存じありませんか?」

「僕たちはあなたたちを助けに参りました。我が主君、フランク国王シャルルマーニュとそのパラディンたちの所在も、ご存じの方がいらっしゃいましたら――」


 イサベルとオリヴィエは貴族たちに大声で語り掛ける。

 みなこちらを驚いたように見つめるが、待てど誰も口を開くものは居なかった。


「みなさん、存じ上げないのならそう仰って頂け――」

「無駄ですよ。彼らは体内に種を植え付けられている。声を出すとそれが発芽して息絶えてしまう」


 イサベルの言葉に割って答える声に私たちは振り向く。


「ガヌロン卿⁉ それはどういう――」


 オリヴィエは驚いたようにその名を口にする。


「植物を自在に操る、サラゴサ王マルシルの能力だ。ところでオリヴィエ、私の伝言は届いて居なかったのかな?」

「いいえ、しっかり受け取りましたよ。それでローランと共にセビリアに出向いたのですが、騒動に巻き込まれた挙句、港を封鎖されてしまい」

「その通りです。そこで私は彼らに助け出して頂いたのです。援軍の要請、感謝致します」


 オリヴィエの説明に続き、イサベルは自らの事情を伝えて感謝を示す。

 だけど……う~ん。なんだろう、この違和感は。

 私は正体不明の違和感を覚える。


「あなたは?」

「申し遅れました。私はヴィゼウ公女イサベルです」

「ヴィゼウ公? 申し訳ありません。私の不勉強でその名を存じ上げませんで……そちらのお嬢さんは?」

「私は……イサベル様の使用人のマリア……です」


 早く着替えたい……。


「なるほど。それにしても、よくここに辿り着きましたね」

「マリアが抜け道……いえ、昔使った抜け道を思い出しまして」

「シャルルマーニュ陛下は? 他のパラディンたちはどこに⁉」


 イサベルがガヌロン卿に返すと、今度はオリヴィエが卿に聞く。


「……今朝までは、ここに。我がシャルルマーニュ陛下とパラディンたちが」

「今朝まで?」

「ええ。今はこの宮殿の中央広場に」

「なんで移動を?」


 イサベルもオリヴィエも必死に問いかける。


「この国の新しい支配者、マルシル。そしてバルバリア海賊オルチの権威を示す見せしめとして、明朝公開処刑に……」

「なんですって⁉」

「でも、それなら今すぐに助けに行けば、間に合うのですね⁉」


 驚愕するイサベル。冷静に現状を把握するオリヴィエ。


「侮るなオリヴィエ! それが出来るのであれば、私がとうにやっている。マルシルもオルチも共に能力者なのだ。その上、宮殿内外にはバルバリア海賊やサラセン人の兵たちが溢れるほどいるのだ」

「だけど、このまま指を咥えてろと言うのですか⁉ ガヌロンさんだって能力者じゃないですか⁉ この、宮殿の空を飛んでいる鷹もガヌロンさんのでしょ⁉ 僕は能力者ではないけど、この聖剣と腕があります! ローランだってもうこっちに――」

「ローラン⁉ ローランはここに居るのか⁉」

「え? まだ居ないけど、向かっているはずですよ……」


 大声で聞くガヌロンの圧に、オリヴィエはやや弱弱しく答える。


「そうか。いや、私こそ弱さを見せてしまったようだ。すまない。広場まで案内する。行こう」


 ガヌロンは一転。私たちの先頭に立って、奥の階段を上り始める。




「この廊下を真っすぐだ」


 階段を上った外には、中庭に続く広い廊下が伸びていた。


「結構距離がありますね……なんか鷹の数が増えていません?」

「そうか? お前にはそう見えるのか?」


 廊下の先と、上空を見たオリヴィエが言う。

 ガヌロンはおかしな返事をするが、私にも鷹がやたら増えているように見える。


「ここを真っすぐなら、僕が先に……って、なんだ、どうして? ちょ、ちょっとガヌロンさん⁉」


 オリヴィエが先頭に立って廊下を進もうとした途端、上空の鷹たちが一斉にオリヴィエに襲い掛かった。


「ガヌロンさん、鷹たちを止めて――」


 そう言いかけると、オリヴィエはそのまま地面に突っ伏した。

 うつ伏せに倒れたその腹部からは、どんどんと血が広がっていく。


「オリヴィエ⁉」

「ちょっと、オリヴィエ……しっかり!」


 倒れたオリヴィエの後ろでは、血の付いた短剣を右手に持ちながら、不敵な笑みを浮かべるガヌロンの顔がある。


「オリヴィエ。お前は優秀なパラディンだったよ。お前は何も悪くない。だがチャンスは今しかないのだ。せめて最後はお前の剣で終わらせてやろう」


 そう言いながら、ガヌロンはオリヴィエの腰の鞘から剣を引き抜く。


「ガ、ガヌロン……あなた何を⁉」

「やめなさいガヌロン!」


 私とイサベルはガヌロンを止めるべく、二人で体当たりをしようとする。

 だが私たちが動き出そうとしたとき、体にツタが巻き付き、身動きを封じられた。


「ちょ……何よこれ……」

「なんでツタが……」

「なんだガヌロン? 十二勇士は集まったんじゃないのか?」


 私たちを縛り付けるツタの先が大きく膨らみ、その中から男の顔が覗き込んで言った。


「マルシル。あと一人だ。まずはこのオリヴィエから始末する。悪く思うなよオリヴィエ。恨むなら、ローランを恨むんだな」


 マルシル? このツタ男がバスク人のマルシルなの? それにローランを恨め? ガヌロン、何言ってるの? それにしても苦しい……。体がどんどん締め付けられて、息が……。

 今にも苦しさで気を失いそうになったとき、急に体を絞めつけていたツタが切れてボトボトと地面に落ちる。


「よお、待たせたな嬢ちゃんたち」


 目の前にはフランキスカを両手に携えたカールが居た。


「カール⁉」

「わぉ、これは随分威勢がいい奴が来たねぇ。わしの分身もこれまでのようだ」


 マルシルの顔はそう言うと、そのままツタと一緒に枯れ果てていった。

 けど、マルシルの言葉通りなら、これは奴の分身。本体は別にいるはず。

 

「く、マルシルめ。邪魔に入られたか。オリヴィエ、今すぐ止めを刺してやる!」


 カールを見たガヌロンは、急ぎオリヴィエに向かって剣を振り下ろす。

 しかし、剣はオリヴィエを貫くことなく、弾かれる。

 そしてガヌロンの前には、別の剣を持った人物が立ちはだかっていた。


「ガヌロン……我が父……なぜオリヴィエに刃を⁉」


 それは物凄い眼光でガヌロンを睨むローランだった。

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