第二十六話 敵の力
「お頭、やっと山を越えましたぜ!」
「お…‥おう……」
部下の言葉に前を見ると、星空の下に地平線が見える。ネロは相当疲れた様子で、やっとのことで肩で息をしている。
結局夜になってしまったけど、これであとはグラナダまで平坦な道ね。でも、あと三日でセビリアの安全を確保しないと、アブドーラが来ちゃうのよね。エンリケめ、一週間後なんて適当なこと言うから!
「よぉし、てめぇら! 今夜はここに寝るぞ!」
ネロは部下たちに言う。
え? ここに野宿? 私公女なんですけど……。さすがに屋根のないところで寝るのは……。でも、徹夜で歩くなんてことも出来ないし。民家もなさそうだし……せめて馬車でもあれば、移動しながら休めるのに。って、そんな都合よく馬車なんて――。
「お頭、前方に何か見えます」
「ん? なんだ?」
「隊列を組んだ馬車のようです。キャラバンです」
「ほう、ちょうどいいじゃねぇか。飛んで火にいるなんちゃらだ」
「夏の虫よ! バカイザー」
私は良からぬ企みを感じながら、ネロに口を挟む。
「マリア、訛りは分かった! だが極力標準語を使え!」
「まさかあのキャラバン隊、襲撃するつもり?」
「あん? 当たりめえじゃねぇか。俺たちゃ海賊だぞ?」
「略奪はだめよ! イスパニア公女として、領内での略奪行為は許さないわよ!」
「バカかよ! あれを奪わなけりゃ、グラナダまでどうするんだよ⁉ 食料もそうだ。この世は焼肉定食よ!」
「それを言うなら弱肉強食ですぜ、バカイザー」
「てめぇらは訛るんじゃねえよ! ぶち殺すぞ!」
「でもバカイザー。キャラバン隊、もう過ぎちゃうわよ?」
ネロたちがバカなことをしている間に、キャラバン隊の馬車は私たちの元から離れていった。
「なんの、この程度」
ネロはそう言うと、両掌から火の玉を出す。それを勢いよくキャラバン隊目掛けて投げつける。火の玉は次々と、馬車の周りに落ちて燃え上がる。周囲を火で囲まれたキャラバン隊は、その場に立ち往生した。
「それ、野郎ども! 俺様に続け!」
「久しぶりの獲物だぁぁぁ‼」
ネロと部下たちは、キャラバン隊目掛けて一直線に坂を駆け下りる。
だめよ。国は無くても、相手がイスパニア人だったら……。
私もそのあとを全力で追う。
「さぁ、馬車と食料、そしてお宝。全部頂くぜ?」
バカとは言え、さすがに現役の海賊。私が追いついたときには、すでにキャラバンの人たちに向かってサーベルを突き出していた。
「な、なんでお前たちなんかに……」
「なんでだと? そんなのは簡単よ。お前らのものは、俺様のもの。俺様のものも、俺様のものだからだ!」
「何言ってるか分からねぇ……どうかここを通してくれ、急がないと俺たちは――」
「バカ野郎かよお前! だから、お前のもの――」
「ちょっと変わりなさいよバカイザー」
全然会話が成り立っていないのが腹立たしくなり、私はネロの前に立って言う。
馬車にはウマイヤ朝の紋章が入っている。馬車が彼らのものなら、この人たちは現地人。つまりはイスパニア人。ただ、やたら慌てているように見えるのが気になるわ。
「あなたたちはこの国の人?」
「ああ、グラナダで衛兵をしていた」
「つまり、軍人ね。ちょっと相談なんだけど、馬車を一台と食料を少しだけ分けてもらえないかしら?」
「だからなんで……そうしたら、ここを通してくれるのか?」
「もちろんよ」
やっぱり、この人たち慌ててるわ。
「マリアよ、さすが公女……と、言いたいとこだが、全部かっぱらっちまえばいいんだよ。ちょっと生ぬるいぜ、お前さんはよ」
「何言ってるのよ? グラナダが本命でしょ? あそこでエンリケをとっちめて、財宝を好きなだけ頂けばいいじゃない」
「なるほど。楽しみは取っておけってか。嫌いじゃないぜ、そういうのはよ」
私もだいぶ、バカの扱いに慣れて来たわ。
「という訳だ。お前ら、馬車と食料を――」
「うぐ、うぐぁぁぁぁ‼」
ネロが話しかけると、兵士たちは急にもがき始める。苦しそうに喉を手で押さえる。私たちは何が起こったのか分からず、その様子を呆然と見るしかなかった。
すると兵士たちの口から、ツルのようなものが次々に伸び出てきて、ついに彼らは絶命した。
「い、いや……俺様は何もしてねぇぞ……」
別に疑っている訳ではないが、みなの視線を感じたのか、ネロは自分が関知していないことを訴える。
余りに
「ネロ……部下たちにこの人たちの遺体を一か所に集めてもらって」
私はネロにお願いする。
「ん? なんでそんな真似をしなきゃならねぇんだ?」
「あの人たちは流行り病に侵されたのよ。遺体を燃やさないと、私たちまで感染するわよ」
「なんだと⁉ そいつはまずい! 野郎ども、大至急そいつらの死体をここに集めろ」
流行り病? そんな訳ないじゃない。むしろ、それなら遺体に近付くことのほうが危険。
これは呪い? もしくは、エンリケたちみたいに契約やらで得た特殊な能力によるもの。
彼らは何かに怯えてる風だった。そしてグラナダから離れ、きっとイベリア半島を脱出しようとしてた。あんなに慌てて。
「よし、野郎ども! 馬車は三つだ。それぞれに乗り込め!」
私の指示通り、ネロは四台あったうちの一台の馬車のワゴンをばらすと、その木材を燃料にして遺体を燃やした。
本当は丁寧に埋葬してあげたかった。でも、時間がない。
後ろで小さくなっていく火葬の光を見ながら、私は国を
グラナダに行けば分かるはずだ。今、この国で何が起きているのか。この兵士たちをこんな目に合わせたのは誰なのか。
同時にとてつもない不安が襲う。
敵にも特殊な能力を使うやつがいる。ただでさえ多勢に無勢の中、勝機はあるのか。シャルルマーニュ陛下や十二勇士たち、人質に取られているみなは無事なのか。
そしてお父様やリシャールの手がかりは……。
ただ一つ言えることは、もう時間が残されていないという危機感だけだった。
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