第二十七話 グラナダ侵入

「――だから、あなたたちの同胞が殺されたって言ってるでしょ⁉ あなた軍人でしょ⁉」

「……何度も言ってるだろう。どこの誰だか知らんが、何人なんぴとたりともこの先へ通す訳には行かん!」

「……おいおい、マリア。そんな易々と正面から入れんだろう?」


 あれから二日後。私たちはついにグラナダへ着いた。

 イスラム圏そのままの街中には意外にあっさりと入ることが出来たが、宮殿の入口は融通の利かない門番によって硬く閉ざされていた。

 ……まぁ、こんなボロを纏っていたら致し方無いのかもね……。イサベルみたいに着飾っていれば、まだ……でも逆に言えば、不審者を絶対に通さない、優秀な門番であると言えるわよね。イスパニアを取り戻したら、安心して門番を任せられるわ。

 私は最初こそそうポジティブに捉えるも、そうなると自分が不審者だと扱われているのだ。と、今度はネガティブな感情に支配される。

 だめよだめ! なんとか他の道を探さないと。さすがのネロも怪しみ始めてるし。


 私たちは一度宮殿から離れる。


「本当にあの中にエンリケがいるのか? 俺たちはお前を信用してここまで来たんだぜ? きっちり説明してもらうぜ、マリア」


 広場の隅に止めてある馬車まで戻ると、ネロは私を威圧するように聞いてきた。


「あの……もしかしたら、あれよ!」

「あれだぁ?」


 なんとか言い訳を考えようとするも、中々思い浮かばずに、焦った私は目をキョロキョロと動かす。

 そのときに、私はこの街に入ったときから感じていた妙な違和感の正体に気付く。


「……ねぇ」

「あんだよ?」

「宮殿前の広場にしては、人が居なくない?」

「んなこたねぇだ――」

「お頭、確かになんか変ですぜ」


 私の言葉に改めて街の様子を見たネロも、部下たちも気づいたようだ。

 家の中、建物の中には人がいる。でも外に出ている人間は私たちだけだった。みんな、何かに怯えたように家の窓から外の様子を覗き見ている。


「あ、あそこ! 料理屋が開いてるわよ。ちょっと行ってみましょう」


 情報収集と言えば酒場。でもまぁ、イスラムの街ならお酒はないから料理屋ね。人がいないって言っても、店の人間はいるでしょ。

 私はネロたちを連れて、料理屋の中に入る。


「いらっしゃ……見ない顔だね? ……鷹にはつけられてないかい?」


 おかみさんは私たちの顔を見るや、そっと耳打ちするように聞く。


「鷹?」


 その言葉に外を見ると、空には鷹たちが何羽か舞っていた。


「悪いことは言わない。そっとこの街を出るか、宿でも探して部屋の中に籠ったほうがいい」


 おかみさんは緊迫した様子で続ける。


「おいおばはん! 店にあるだけの酒を持ってこい!」


 そんなやり取りを知らずに、ネロは椅子に座ったまま大声で叫ぶ。


「すまないけど、酒はないんだよ」

「酒がないだぁ?」

「ああそうさ。この街のどこもそうだよ。酒が飲みたいなら他所の国に行ってくんな」


 酒が飲めると思い込み、ご機嫌だったネロの顔はどんどんと曇り始める。


「おぉい、酒だ。五人居る。早く出せ!」


 そんな中、威勢のいい声とともに、いかつい恰好をした男たちが店に入ってくる。

 おかみさんはその男たちと目を合わすことなく、震えるように樽からワインをタンブラーに注ぐ。

 え? お酒があるの?


「ふざけんじゃねぇよババア! あるじゃねぇかよ、酒がよ!」


 それを見た途端、ネロはおかみさんに向かって声を荒らげる。


「だめなんだよ。この酒はこの方たちの――」

「いいからよこせ!」


 ネロはおかみさんからタンブラーを奪うと、それを飲み干してしまう。


「ば、バカ‼ あぁ、すみません。すぐに注ぎ直しますから……」


 やはりおかみさんはこの男たちに怯えているようだ。


「ほう、こりゃやたらと威勢のいい奴がいたもんだな」

「あん? 俺様のことを言ってやがるのか?」


 男の一人がネロに突っかかる。


「貴様、俺たちが誰だか分かってそんなことをしてるんだろうな?」

「てめぇらこそ、俺様を誰だと思ってやがる⁉ お前ら、言ってやれ!」


 ネロは部下たちを煽る。


「やいてめぇ! この方はな、頭こそ残念だが実力は折り紙付きの海賊、ネロ船長だ!」

「余計なこと言うんじゃねぇよお前! ……まぁ相手が悪かったな。この酒がお前のものってなら、それはつまり俺様のものだ。なぜならお前のものは俺様の――」


 ネロが得意になって話す途中、男は思い切りネロをぶっ飛ばした。


「ネロだぁ? 知らねぇなぁ。てめぇらこそ、俺たちをバルバリア海賊だと知っての狼藉だろうな⁉」


 男がそう言った途端、今度は男のほうがすっ飛び、壁に思い切り投げつけられる。


「人の話の途中で殴ってくるたぁ、海賊の風上にも置けん!」

「お頭、海賊だから卑怯でいいんじゃ?」

「黙らっしゃい! ここはいっちょ、暴れて――」

「だめよ! 中じゃお店に迷惑かかるでしょ! やるなら外でやりなさいよ!」


 私は今にも暴れそうなネロを外に誘導する。




 ――勝負はあっと言う間だった。

 ネロはその特殊な火の玉を自在に操り、相手の海賊たちに攻撃する隙さえ作らせなかった。


「っけ、口だけかよ。バルセロナ海賊だぁ? まるで大したこたねぇな」

「さすがお頭! やっぱ一般人相手なら無双ですねぇ」

「一言余計だバカタレ! 一般人じゃなく海賊だろうが!」

「バルセロナじゃなくて、バルバリア海賊よ……」


 地面に伸びているバルバリア海賊たちを前に、私は因縁のあるその名前をネロに告げる。


「バルバリアだぁ? なんか、どっかで聞いたことあるような」

「バルバロス・ハイレディン。通称赤髭。地中海最強の海賊」


 私は呟くように言う。


「お頭、赤髭と言えば超のつくほどの有名海賊ですぜ」

「俺も聞いたことありやす。その顔を見て生きて帰った奴はいないとか……」

「な、なんだよ……俺様の次くらいに強ぇ奴だとでも……言うのか?」


 そう言いながら、ネロの顔は強張っていく。

 なんだかんだ、このバカでも知ってるのね。

 ……あれ? バルバリア海賊も赤髭も、ネロは知っている。イスパニアのことは知らないのに。

 その上、過去の人物であるはずのシャルルマーニュ陛下や十二勇士も居て、まるでレコンキスタ前に戻っているよう。

 一体何がどうなって……。

 

「おいあそこだ! お前らそこを動くな!」


 すぐさま、バルバリア海賊の仲間たちが私たちの元へ駆けつける。


「よぉし、このネロ様がまとめて相手をして――」

「バカ! 逃げるのよ! 早くこっちに!」


 調子に乗ってるネロを引っ張り、私たちは路地裏に隠れる。


「どうやらやり過ごせたようね……」

「マリア、何しやがるんだ! せっかく俺様が奴らを――」

「ここは敵の本拠地なのよ⁉ あんたみたいに変な能力使う奴や、万が一赤髭でも居たらどうするのよ⁉」

「そ、そんなの……返り討ちにしてやるに……きま、決まってるだろう……」


 かなり怯えてるくせに……。あれ?

 私は路地裏から見える一軒の服飾屋に目が行く。

 あれって、よくお父様と……。

 それはグラナダに来ると、必ずと言っていいほど買い物をしていた店だった。

 私の知ってる世界とは随分違うけど、全く同じ建物。


「ちょっとだけ待ってて!」


 ネロたちに言うと、私はその店の前から中を覗き込む。

 ヒジャブやチャドルに混ざって、綺麗なドレスがたくさん並んでいる。悔しいけど、これもさっきのお酒と同じように、海賊やサラセン人たちが街を支配したから置いてあるのね。

 ドレスを見ると、お父様と一緒に店を訪れた思い出が懐かしく蘇る。

 同時に、ガラスに映る自分の身なりを見て涙が出てくる。


「ちょっとあんた! 商売の邪魔だから店の周りをうろつかないでくれよ!」

「え……」


 店の中から飛び出してきた店主は、私を睨みつけながら叫ぶ。

 そうよね……こんな身なり……人は私を着るものだけで……。


「おいどうしたマリア? 腹でも壊したか?」


 とぼとぼと引き返すと、涙に咽ぶ私を見てネロが聞いてくる。

 同情なんて……ってか、同情にもなってないじゃない。何よ腹を壊したって。

 諦めるのよ私。私はもうあの頃の私じゃない。優雅にアルハンブラ宮殿で着飾っていたあの頃の……。


「……ある」

「ん? 何がだ? 薬か?」

「お腹なんか壊してないわよ! 抜け道よ! 宮殿に入る抜け道!」

「なんだと⁉ それは本当か、マリア⁉」


 私はこくりと頷く。

 そう、公女と言ってもお転婆だった私は、グラナダ滞在中はいつもその秘密の抜け道を通って、こっそりと街に出歩いていたんだ。

 さっきの店もそのままだったし、アルハンブラ宮殿も私の記憶通りなら――。

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