第二十四話 ローランとオリヴィエ
「見渡す限りの大草原だ。順調順調」
エンリケは満足そうに笑って言う。人里など全くない大自然。起伏のない平坦な道のりを、その言葉通り順調に馬で飛ばす。
「しかし、こんなに進んじまって、ローランは追いつけるのか?」
「ええ、心配に及びません。僕とローランの聖剣は共に引き付け合いますので、居場所は分かるはずですよ」
「いやはや便利だねぇ……じゃなくてさ。かなり離れちまったろうけど、そこは大丈夫なの?」
「そうですわよ。ちょっと待ったほうがよろしいんじゃなくて?」
「ローランの馬、ヴェイヤンティフがいれば大丈夫です。あっという間に合流しますよ」
「馬ねぇ……」
「随分と信頼しているみたいですわね」
「ええ。僕とは兄弟みたいなものですから」
「つまり、兄弟ではないのよね?」
やっと私も話に混ざる。私のパラディンなのだから、ちゃんと聞いておかないと。
「ローランは吟遊詩人だったのです」
「吟遊詩人? 十二勇士なのに?」
だって、変じゃない? 騎士じゃないの?
「十年前ほど。まだ子供の頃の話ですよ」
「子供? 子供なのに吟遊詩人?」
「ええ。毎日城門の外で笛を吹いていたようです」
あの腰に下げてたやつね。
「雨の日も、風の日も、夜が明けて陽が沈むまで、ずっと吹いていたようです。もちろん城内でもそれは話題になりました。そして
「一月? 朝から晩まで? はぁ⁉ ってか、あの笛は最初から持っていたのね」
「あはは、驚きますよね。ええ、あの笛には人魚の刻印があるのですが、ローラン自身もどうして持っているのか記憶にないらしく」
ええ、笑えないくらい驚いてるわよ! ん? 人魚の刻印?
「人魚の刻印って?」
「さぁ、僕も詳しくは分からないのですが、それを見た陛下はそう言ってましたね。ともかくその音色はとても心地よく、陛下もすっかり魅了されてしまったのです」
いや、私は人魚のほうが気になるわよ……。
「でも、僕は逆でした」
「逆?」
「はい。その場に僕もいたのですが、同じ年ごろのローランを褒める陛下に、子供の僕は嫉妬したのでしょう。そのまま城内に宿泊するように言われて部屋に向かうローランのあとを追い、木刀を一本渡して勝負を吹っ掛けたのです」
「子供なのに随分と血気盛んだったのね。それで、ローランは受けたの?」
「はい。返事を聞く間もなく、僕が剣で切りかかったので」
「は? え? ちょっと待って……剣?」
「そうですよ」
「ローランに渡したのは木刀よね?」
「はい」
「あなたは剣?」
「だって、負けたくないじゃないですか」
「まったくその通りだ。オリヴィエ君、気が合いそうだね」
エンリケうるさい……。
あと、この人怖い……絶対に怒らせないようにしよ……。
「ローランの動きはとても早くて、僕の剣をことごとくかわしていきました。でもとうとう、壁に追い詰めて」
「いや、それ以上はまずいんじゃないかしら? 殺人に……」
「ところがそこでローランの体が肥大して、えと……狂人化ですね。逆に僕の剣を薙ぎ払われて、首を掴まれ持ち上げられたのです」
とても子供の喧嘩とは思えないわ……。
「そのまま首を潰されると覚悟を決めたとき、一部始終を見ていた陛下が止めに入ってくださったのです」
いや、もっと早く止めましょうよ……。
「んじゃローランの狼の加護ってのは、子供の頃からだったんだな」
「そうです。ただ、その経緯はローラン自身も覚えていないようですけどね」
「まさに謎多き青年だな」
「あはは。でも僕もこっぴどく父さんに叱られて反省しましたよ」
親はまともそうで安心したわ。
「ローランもガヌロンさんの養子に迎えられて、それからは僕とローランはいつも一緒に、兄弟のように過ごしました」
「ガヌロン? 確か十二勇士だったっけ? あなたたちと同じ」
「そうです。パラディンとして、僕たちの先輩ですね」
「みなさん、見えましたわよ。ピレネー山脈ですわ」
イサベルの言葉に正面を見ると、そこには壮大な山々が広がっていた。
「よおし、まだ陽の上ってるうちに、一気に駆け上がっちまうか! 諸君、遅れを取るなよ」
「面白い。レースですね」
「ちょっとオリヴィエ、絶対に私を落とすんじゃないわよ」
「エンリケあなた、諸君って言っても馬二頭しかいないじゃない」
「マリア、しっかり捕まってろよ」
エンリケの言葉に、オリヴィエも火が付いたようで、まるでレースのように馬を全力で走らせる。
その勢いのまま山の中腹まで来るが、馬の疲れと狭い山道でかなりスローダウンする。
「いやあ、絶景だな」
エンリケは馬上から崖下を見下ろしながら言う。
「あんた、絶対に慎重に進みなさいよ……」
「まぁ、馬も疲れてるみたいだし、オリヴィエもまだ後ろだからな」
「……オリヴィエたちが迫って来てもよ! こんなとこに落ちたらたまらないわ」
後ろに見えるオリヴィエとイサベルは、百メートルは離れていそうに見える。向こうの馬もへとへとのようだ。
「なんだマリア。高いとこが怖いのか?」
すごい悪い顔をしている。怖いなんて絶対に言えないわ。
「いいえ全く。このくらいの――」
そう言いかけたところで、急に馬が暴れて前に走りだす。
「ちょ、ちょっとエンリケ! 何やってるのよ!」
たまらずエンリケの腰にしがみ付きながら、大声で言う。
「いや、俺は何もして……ん? 矢?」
エンリケは私の方を振り向きながら言いかけると、馬のお尻を見て言う。その言葉に私も後ろを見ると、馬のお尻に矢が刺さっている。
「ちょっと、なんですのあなたたち!」
「イサベル様、絶対に僕から離れないでください!」
遠くに聞こえる声に振り向くと、馬から降りたオリヴィエとイサベルは、山賊らしき輩に囲まれている。
ここで山賊と言ったら、やつらはバスク人⁉
「オリヴィエ、私に傷一つ付けさせたら承知しませんよ!」
「難易度高いですけど、やりましょう。だから僕の前に出ないでください」
イサベルはオリヴィエの前に立って、バスク山賊たちに石を投げながら言っている。
オリヴィエかわいそうに……ああいう主君にはなりたくないわ。
「え?」
後ろの様子を見ていると、不意に馬が跳ね、その勢いで私の体は宙に投げられる。
「おい、マリア‼」
エンリケは馬上から私に向かって叫ぶ。でもだめよね。まだ日が昇っているもの。エンリケの力は使えない。私はこのまま崖に落ちるんだわ。
エンリケを見上げながら見る景色は、不思議にスローに見える。
これが死と言うものなのかしら。
「⁉」
諦めかけて目を瞑ったとき、私は温かいものに包まれた。
「エンリケ⁉ どうして?」
エンリケは馬から飛び降りたのか、私の体を抱きかかえている。
「しっかり俺にしがみついてろ!」
私はエンリケの胸に顔を埋め、そのまま一緒に落下した。
「いたたたたた」
私の顔はエンリケの膝の上にあった。生きてる。私は……腕に少し擦り傷がある程度。
上には木々が広がっている。どうやら、木の枝がクッションとなって衝撃を和らげてくれたようだ。
「まったく、後ろばかり見てるから落ちるんだ。このバカが」
「だって、イサベルが気になったんだもん」
「オリヴィエがいるんだ、山賊ごときにやられる訳ないだろ」
「まぁそうだけど……⁉ あなた、ひどい傷じゃない!」
エンリケの左腕はパックリ切れていた。枝で切ってしまったのだろうか、そこから血が流れ出ていた。
「こんなの傷のうちに――」
そう言っているエンリケの頭上に、折れた太い枝が落ちてきた。直撃を受けたエンリケはそのまま後ろに倒れる。
「や、やだちょっと。エンリケ? 大丈夫⁉ しっかり!」
気を失ってしまったようで反応がない。
そうだ、息は⁉ ほっ。息はしている。まずは一安心するも、出血をどうにかしないと。
私はスカートの端を千切って、エンリケの腕に巻こうとする。
男の人の腕って思ったより太いのね……。縛るのには長さが足りないわ……そうだ。
ネックレスを外して、それを紐の代わりにして傷口に当てたスカート生地を縛る。
あとは何かしら。気を失ってるんだから……。
考えていると、沢の流れの音がする。近くに沢があるんだ。
その音の方に歩み寄っていくと、綺麗な済んだ水の小川が流れていた。
これをエンリケに飲ませてあげよう。あれ? 入れ物はどうしよう。
辺りに水を入れる適当なものがないか探す。
あ、ちょうどいいわ。この靴なら……ん? 靴?
目の前に見える靴を見て、私は嫌な予感がして見上げる。
「やあ、お嬢ちゃん。この前はどうも」
靴の主はネロ。そこにいたのはネロの一団だった。
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