第二十三話 トゥール・ポワティエ間の戦い

「して、カール殿はなぜ我々を?」


 ローランは一番知りたいことを聞いてくれる。


「いやぁ、海賊だと思っちまってよ。本当にすまねぇ」

「まぁ、この帆にある紋章を見れば、誰でもそう思いますわね」


 イサベルめ、私だってそのくらい分かるわよ。


「海賊に何か恨みでもあるのですか?」


 今度はオリヴィエが聞く。


「恨みなんて簡単なもんじゃねぇ。故郷を、街をめちゃくちゃにされたのさ!」

「故郷……ポワティエを?」


 私もやっと口を開く。


「ああ。やつら、バルバリア海賊にな」

「それは……すると、カール殿のご家族も?」

「幸いと言うか、俺は天涯孤独の身だ。でも、街のみんなは家族みてぇなもんさ」

「それはさぞお辛いでしょう。けど、あなた。ウマイヤも関係ないって、まるでウマイヤ朝もかたきみたいに」


 そうよね。イサベルの言う通りだわ。海賊じゃなくて、なんでウマイヤ朝も?


「むしろ俺が聞きてぇよ! やつらはボロボロになったポワティエの街に進軍してきた。最初こそ喜んだよ。フランクと友好関係にあるウマイヤの軍が来たことで、荒れ果てた街を再建してくれるんじゃないかとよ」


 カールは更に語気を強めて続ける。


「ところがそんな希望はすぐに消えたよ。やつらはそんな街から、残った金品や食料を強奪した。抗う者は女子供だろうと容赦なく捕らえ、殺した」

「なんと、むごい……」


 ローランは一言だけ放ち、そのまま飲み込む。


「やつらは言っていた。ポワティエをフランク侵攻の仮拠点とすると。市民を人質に取られた状態じゃ俺も迂闊うかつに手出し出来ない。だからここで、やつらを待ち伏せすることにしたのさ」

「待ち伏せって言っても、さすがにあなた一人じゃどうにも出来ないでしょうに」


 イサベルの言うことは最もだ。さすがにカールが強いと言っても、相手は軍隊よ?


「別に俺は命は惜しくない。やつらを一人でも多く道連れにしてやるさ」

「どうやらタイミング的に、それがアブドーラの言ってた敵の本隊のようだな。おっさん、その相手はウマイヤであってウマイヤじゃないぜ」


 急にエンリケが話に入ってくる。


「はぁ? どういうことだい?」

「その中身はバルバリア海賊と、サラセン人たちだ」

「なんだって⁉」

「相手の装備は何だい?」

「ん? ああ。剣と弓、あとは騎馬隊だな」

「馬か。ちょうどいいじゃない。それを貰っちまおう」

「いやエンリケ様。さすがに相手も軍隊。相当な数でしょう。剣だけならともかく、弓は厄介です」

「そうだね。さすがに僕も全部弾けるかは分からないなぁ」

「ざっと見た感じ、兵の数は二万はいたぜ」

「では諸君に聞こう。弓の攻撃を受けずに敵の懐に入ることが出来たら、どれくらいの数を相手に出来る?」


 エンリケめ、いちいち偉そうに言うわね。


「私は五千はいけましょう」

「僕も同じく」

「さすがパラディン諸君。俺は夜なら一万はいけるけど、昼間はパスね。残りはカールのおっさん、あんたはいくついける?」

「面白れぇじゃねぇか。なら俺は一万五千だ」

「よぉし、それなら我が軍の勝利だ。これで馬は調達出来る」

「だから、どうやって敵の懐に入るのです⁉」


 またも始まった子供のような争いに、さすがのイサベルもしびれを切らす。


「みなさん、お静かに」


 ローランはみんなの話を制して言う。


「ウマイヤ軍です」


 前方に行進する大部隊が見える。ウマイヤ軍、つまりイスパニア人……いいえ、その旗を掲げているだけ。あいつらはバルバリア海賊とサラセン人たち。


「よし、カールおじさんとパラディン諸君。靴底を出したまえ」

「靴底? いや、ってか、おじさんはよしてくれ。カールだけでいいって」


 エンリケは三人の靴底に、靴墨を使って何かを描く。


「魔女の刻印だ。これで相手から姿は見えない。ただし、歩いているうちに墨が消えて行くだろうから、一直線に敵の真ん中に進むこと。あと、なるべく大股で」

「エンリケ様、感謝します」

「なんだよ、俺の岩を弾いたやつか? 姿も隠せるのか?」

「あれとは別の刻印さ」

「いやはや、すげぇなエンリケの兄ちゃんは」

「では諸君、検討を祈る!」

「え? あなたはどうするのよ?」


 私はたまらずエンリケに聞く。


「俺はここでレディたちを守らないと」

「……よく言うわ。風を使えないから役に立たないだけでしょ」

「まぁまぁ。それじゃ行ってきます」


 オリヴィエは私をなだめると、三人は前方の大舞台に向かって消えていった。


「そんじゃお二人さん、戦いが終わったら起こしてくれ」

「は? あんたまさか寝る気なの⁉」

「俺の本番は夜だ。それまでに少しでも英気を養わないと」

「呆れた。ほんと口だけは達者なんだから」

「なんだか二人を見ていると、本当に仲が良さそうですわね」

「はぁ⁉ ふざけないでよ! 私にはリシャールって言う婚約者がいるんだから!」

「冗談ですわよ。全くムキになって、お可愛いこと」


 くそ、イサベルめ。からかったわね! ってか、エンリケはもう寝てるし。よくこんな短時間で――。




「始まったようですわね」


 その声に前を見ると、部隊の真ん中で激しい土煙が起きている。

 遠目からだけど、部隊の前後はひどく乱れているようだ。急に真ん中から奇襲を受けた訳だから当然と言えば当然ね。

 兵士たちは次々と倒れていく。岩がたくさん飛び交うのが見えるわ。あれはカールの能力。

 そしてローランとオリヴィエ。二人が前後に散って、すごい速さで敵兵をバッタバッタと切り倒しているのも見える。いくら敵が寄せ集めの即席軍と言っても、圧倒してるわ……なによこれ、本当にたった三人で⁉

 これはセビリアの部隊を制圧したってのも、あながち嘘じゃない気がするわ……。


「ね、ねぇイサベル。ローランとオリヴィエって本当に二人だけでセビリアを制圧したの?」

「私が救出されたときは、確かにこの二人だけでしたけど。この様子だと、どうやら二人だけでセビリアに乗り込んできたのは、本当のようですわね」

「な、なるほど……十二勇士すげぇ……。いや、すごいわ」


 驚きの余り、口調が乱れちゃったじゃない。でもこの二人に加えてカールもいれば、本当にいけるんじゃないかしら。ってか、カールはここでたまたま出会っただけなのよね……一緒に来てくれないかしら……。




「お待たせしました。無事、馬を調達してきましたよ」


 馬に跨ったオリヴィエは笑顔で戻ってきた。そしてカールとローランも、同じく馬に跨っている。

 本当にやっちゃったよこの人たち。


「おっ、お疲れさん。随分、早かったねぇ」


 エンリケめ、今頃呑気に起きてきて。


「エンリケ様。私はトゥールに向かい、愛馬を連れて参りますので、オリヴィエと共に先に南に向かってください」

「ん? 大丈夫? 迷わない?」

「あぁ、俺が後ろに乗ってトゥールまで案内してやるからな」


 カールはローランの案内を買って出る。


「でも、馬はもうあるんだし。このまま先に進んだほうがいいんじゃないかしら?」

「いえいえ、マリア嬢。ローランの愛馬ヴェイヤンティフがいれば、ピレネーの山越えがずっと楽になりますから」

「なによ、もったいぶった言い方して」

「じゃあエンリケの兄ちゃん、俺はローランの後ろに乗るから、この馬を使ってくれ」


 カールは馬を降りてエンリケに言う。


「お、助かるよ。おじ……おっさん」

「だからカールでいいって!」

「では、またあとで」

「んじゃマリア、後ろに乗りたまえ」

「何よ、かっこつけて」


 私はエンリケの後ろに、イサベルはオリヴィエの後ろに乗って、私たち四人は南に馬を走らせた。

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