第二十二話 カール・マルテル

「俺には特殊な力があってな」


 ローランは突き刺さった剣を再び手に取り、話す男に向かって構える。

 オリヴィエもやはり、私たちの前で剣を握ったまま男を睨む。

 エンリケは……いや、もう私も正面から目を逸らせない。エンリケどころじゃないわ。


「ロックオン」


 男の言葉を合図にしたように、持ち上がった巨石の数々が槍の雨のように私たち目掛けて飛んでくる。

 ちょっとさすがに無理なんじゃない……? いくらなんでもこんなに大きな岩、それも百は軽く超えるような数。防ぎきれないわよ!

 半ば諦めかけた私の気持ちと裏腹に、ローランとオリヴィエはそれぞれの聖剣で襲い来る岩をことごとく切り裂いていく。

 はい? あ、あれ? 剣って岩を切れるものだっけ?

 私の頭は思考が追いつかなくなり、パンク寸前になる。


「岩を切り裂くだと⁉ お前らの剣は一体どうなってやがるんだ⁉」


 これにはさすがのこの男も、驚きを隠せないようだ。


「ただの剣ではない。これは陛下より賜った聖剣デュランダル!」

「その通り。そして僕のは聖剣オートクレール!」

「せ、聖剣だと⁉ するとお前さんたちは……いいや、そんなはずはない」


 男がたじろいでいると、後ろでギギーっと妙な音が響く。その音と共に、マストが倒れる。どうやら、いくつかの岩がマストに当たり、折れたようだ。


「いててててて……」


 倒れたマストの先の見張り台から、エンリケが声を出す。腰に手を当てながらそこに座り、痛そうな表情を見せる。

 呆れた。全く何の役にも立ってなかったくせに、そういうとこだけは一丁前いっちょまえね……。


「なんだ、まだ仲間がいたのか」

「あ、ちょっとタイム」


 それに気付いた男の関心がエンリケに向く。それに対してエンリケは待ったをかける。


「マリア、イサベル、ちょっと起こしてくれ。腰をぶつけちまった」

「はぁ?」

「あんたね、今がどういう状況か分かってるの⁉」

「エンリケ様、では僕が」

「いいや、パラディン諸君はあのおっさんの相手をしていてくれたまえ」


 オリヴィエの申し出を断り、男をどうにかするように言う。


「――だ、そうです」


 オリヴィエはやれやれと言った表情の、引きつった笑顔で私たちに言う。


「全く、いい加減になさいよ」

「本当、同じ男なのにこうも違うのね」


 私とイサベルは、文句を言いながら渋々とエンリケの元に向かう。


「おい、あのお前らの仲間。かなりのクズ男じゃねぇか?」

「ク、クズではない! 騎士ではないだけだ!」


 さすがの男もエンリケのその言動を目の当たりにして、ローランに言う。それでもローランは、どうにかエンリケの面目を立てようとする。

 ローラン、オリヴィエ。あなたたちの主君がシャルルマーニュ陛下でよかったわね……。

 私はパラディン二人に同情する。


「よし」

「ちょっと何するのよ⁉」

「放しなさいよ、エンリケ!」


 イサベルと一緒にエンリケを担ぎ起こそうとすると、エンリケは両手で私たちの肩を掴む。


「パラディン諸君、二人同時に行けば勝てるでしょ。心置きなくおっさんとやりあいたまえ。いいかおっさん、俺に岩を向けたらこの女二人を盾にするぞ!」

「なんて卑劣な⁉」

「最低よ、エンリケ!」


 さすがにどうかしてるんじゃないの⁉ 私とイサベルはもがくが、男の力には叶わず、その場から離れられない。


「エンリケ様、ご乱心されたか⁉」

「僕が今助けに――」

「本物のクズめ。女子供に手を上げる趣味はないが悪く思うな。どっちにしても、俺の敵なんだから」


 男はより大きな岩をこちらに向けて、ものすごい勢いで飛ばす。

 みるみる迫る岩。パラディンの二人が助けに走り寄るが、間に合いそうにない。

 あぁ、終わった……。

 覚悟を決めたとき、その岩は私たちの目前で急に反転し、その勢いのまま男目掛けて飛んでいく。


「ぐおっ‼」


 岩は見事男に命中し、男はその場に倒れ込んだ。


「よぉし、計画通りだ。二人とも、協力感謝す――」


 私とイサベルは前後から、話すエンリケの股間を同時に蹴り上げた。


「とりあえず、言い訳があるなら聞きましょう」

「適当なこと言ったら、ロワール川に沈めるわよ」


 悶絶するエンリケを囲み、私とイサベルは尋問する。


「だがら、ごれは……」


 声にもならない声をやっと出しながら、説明をするエンリケ。

 どうにか聞き取ったその説明によると、一度この場を収拾し、この男に魔女の力を見せることが目的だと。そのために男の注意をエンリケに向ける必要があったが、咄嗟とっさの状況で時間もなく、他に手がなかったと。

 男の不思議な力は魔女と同じような、契約によるものだと感じた。だけど、陽が射す今は風の力が使えないので、見張り台の底に書いておいた魔女の刻印で、男の岩による攻撃を弾けば、魔女のことに気が付くだろうと。


「そんな陳腐な小説みたいな筋書き、うまくいくはずがないでしょう?」

「そうよ、みんながみんな、あんたと同じ単純じゃないのよ⁉」

「う、うぅ……」


 男は頭を押さえながら起き上がる。

 一応、パラディンの二人はいつでも剣が抜けるよう構えている。


「――なんだよ、俺が倒れている間に止めが刺せたろうに」

「倒れている相手に切りつけるなど、騎士道に反する」

「そうそう、それよりもこっちはこっちで大変だったんですから」


 男の言葉にパラディンたちが返す。


「――騎士道か……。もしかしたら、俺はとんでもない勘違いをしていたのかもな。そこに倒れてる兄ちゃん、さっきのお前さんのあれは、ひょっとして魔女の刻印か?」


 ――単純な男だったぁ‼


「確かにエンリケ様は、魔女との契約を結んでおられる」

「だけど今はちょっと話せそうにないですね。ちょっと待ってもらえれば」

「お、おう。なんか痛々しそうだな……。実は俺も祝福を受けていてな」

「祝福? と、言われますと?」

「岩の精霊だ。おかげで見ての通り、岩を自在に操る能力を得たってことだ」


 ん? 魔女は契約で、動物が加護で、精霊が祝福? 頭痛くなってきたわ……。


「そう言えば、兄ちゃんのその剣、それにパラディンって、もしかして十二勇士の?」

「左様。不肖ながら私はシャルルマーニュ十二勇士筆頭のローランと申します」

「ローラン⁉ なんだよ、有名人じゃねぇか!」


 男……いえ、おっさんはなんだかテンションが上がっているようだ。


「僕は同じく十二勇士、オリヴィエです」

「私はイスパニアのヴィゼウ公女……だった、イサベルですわ」

「えっと、私はアルバ……使用人のマリアです……」

「そしてそこに倒れてるのが、さっきから名前の出ているエンリケか。いや、なんともすげぇ面子だな……俺は育ちが良くないから言葉使いを知らねぇんで、イスパニアって国も知らねぇ。どうか許してやってくれ」


 おっさんは一同の……ってか、まぁパラディンたちとイサベルまででしょうけど。とりあえず、その名を聞いて驚いているみたい。まぁ、当然よね。


「まずはすまなかった。俺はポワティエでしがない大工をしていた、カール・マルテルってケチな野郎だ。カールって呼んでくんな」


 マルテルって「鉄槌」って意味よね? 変な名前ね。

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