第二十一話 襲撃

「いきなり何をする⁉」

「貴様、一体何者だ⁉」


 ローランとオリヴィエはすぐさま私とイサベルの前に立ち、その男に剣を向けて対峙する。

 さすがパラディンね。咄嗟の動きなのに、私たちを守るように完璧な陣取りをしているわ。それに比べてエンリケときたら……。

 私は見張り台から呑気にこの様子を覗き見ているエンリケを見て呆れる。


「うるせぇ! 白々しくもぬけぬけと、このクソ海賊どもが!」


 男は大声を上げると、斧を振りかざしオリヴィエに襲い掛かる。オリヴィエはそれを剣で受け止めるが、よほど重い一撃なのか、その体は大きく後ろによろめく。そこに追い打ちを掛けようとする男の追撃を、今度はローランが横から剣を伸ばして、どうにかそれを食い止める。が、やはり勢いに負けて後ろに崩れる。

 なんなの? 十二勇士の二人が力で圧倒されている? って言うか、海賊って何よ!

 とは思いつつも、頭上で風にたなびく帆には堂々とドクロの紋章が描かれている。

 なるほど、原因はこれね……なんでわざわざこんなの描くかな……。


「だめだ、力量の差がありすぎる。なんだこの男は⁉」

「そうは言っても、やらねばなるまい。オリヴィエ、後ろのお二人を頼む」

「ローラン待って! まさか狂人化するのか⁉」

「メタモルフォーズ」


 ローランはセウタのときと同じように、右手を掲げ左手を口元に運んで呟く。

 瞬く間にあのときを同じように、髪は白く逆立ち、瞳は黄色に変色し、全身の筋肉が盛り上がる。


「あちゃぁ」

「どうしたのよ?」


 右手を額に当て、嘆くオリヴィエに私は問いかける。


「いえ、力は膨大になるのですが、この状態だと目の前の敵に全集中してしまうので、守りが疎かになるのですよ」

「だって他に手がないのでしょう?」

「まぁそうですけど……イサベル様もマリアさんも僕の後ろから離れないでくださいね」


 ただ大げさなだけじゃない? あの男とローランは対峙しているのだから、別に私たちは安全でしょ。


「ほう、ただの下っ端海賊って訳じゃなさそうだな。だがそんな見てくれを変えただけで!」


 男はローランに再び斧を振りかざす。ローランはそれを軽く剣でいなして、左手の拳を男の顔面に食い込ませる。

 それをもろに食らった男は後ろに吹き飛びながら、ローランに向かって斧を投げつける。ローランはその斧をジャンプしてかわし、その勢いで男に追い打ちを掛ける。


「きゃあ‼」


 斧はそのままこちらに向かってくる。オリヴィエは剣を抜き、目にも止まらぬ速さで斧を弾き飛ばす。


「ね、これなのですよ。困りますよね、本当に」


 オリヴィエはこちらを向いて、困ったような笑顔をして言う。


「いいから、あなたはちゃんと前を見なさい!」

「そうよ、絶対に私たちから離れないでよ!」


 私とイサベルはオリヴィエに釘を刺す。


「止めだ!」


 ローランは吹き飛ぶ男の真上から、聖剣デュランダルを突き刺しにかかる。

 間一髪のところで、男は受け身をとると、その攻撃を寸前でかわす。ローランは着地をせず、甲板に突き刺さった剣の柄を両手で握り、逆立ちになる。そしてそれを支点に、体を大きく回して手を放す。勢いをつけ男のほうに飛びながら、今度はその右拳で男に殴りつける。


「なんだと⁉」


 驚きの声を上げるローラン。さっきよりも激しく飛ばされると思った男の体は、ローランの一撃を受けてもびくりとも動いてなかった。

 危険を感じたのか、ローランはその場でバック転して男と距離を取る。

 男は左手を顔の前に持ってきていた。しかしながらその左手はやけにゴツゴツとした、そして色まで灰色がかった、まるで岩のように見える。


「けっ、思った以上にやるじゃねぇか。兄ちゃん」


 男は余裕の笑みを浮かべ、先ほどのローランの拳によって切れたのか、口元に流れる血を右手で拭い払いながら言う。


「なによあれ! なんであの攻撃を受けて、なんともなってないのよ!」

「ちょっと大丈夫ですの⁉ だいたい、なんで私たちが襲われなければならないのです!」

「うぅん、どうでしょう。恐らく、僕たちを海賊と勘違いしてるんじゃないですかね?」

「まぁ、そうでしょうね……」


 私は帆を見上げながら、ため息交じりに言う。


「は⁉ あなた方はともかく、私を見れば分かるでしょうに。もういいわ、私が直接言いますわ」

「あ、ちょっとイサベル様――」


 あなた方ですって⁉ イサベルめ、私が何も言えないのをいいことに好き勝手……。


「ちょっとそこのあなた」

「ん? なんだ嬢ちゃん」

「イサベル様、お下がりに――」


 オリヴィエは必死にイサベルを止めようとするが、イサベルは右手でそれを制すると続ける。


「全く、国も育ちも違うから顔も知らないのでしょう。教えてあげますわ」


 なんて言い草かしら。私だったら一庶民にそんな横柄な言い方しないわよ!


「私はイスパニアのヴィゼウ公女、イサベルです。さぁ、座してあおぎなさい!」


 最悪ね。慈悲のかけらもないわ。公女失格よ。


「イスパニア? なんのことだ? まぁいい、どうせ海賊かウマイヤの者だろう。どっちにしても敵だ!」

「あ、あれ? オリヴィエ、これは一体どうなってますの?」


 イスパニア公女と言う身分が通用しない相手に、イサベルは動揺したようで、オリヴィエに聞く。


「あんたの頭のほうがどうなってるのよ⁉ 自分でイスパニア公女の身分はもうないって言ってたじゃない!」


 私はたまらずイサベルに突っ込む。


「あらやだ……。ローラン、早くそいつを八つ裂きになさい!」


 イサベルはすぐにオリヴィエの後ろに隠れ、ローランに対して大声で叫ぶ。


「言われなくても、そのつもりですよ」

「兄ちゃん、お前は確かに強い。だが、相手が悪かったな」

「何⁉」

「俺がどうしてこの場所で海賊や、ウマイヤの兵どもを待ち伏せしていたか教えてやる」


 男はそう言うと、手のひらを上にして両手を掲げる。

 その激しい息遣いと共に、後ろに転がる無数の巨石が次々に宙に浮き始める。

 何よこれ⁉ どういうことなの⁉

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