第十七話 衝撃
私に集まるみなの視線。絶句しているのか、誰も言葉を発しない。怖くて視線を合わすことも出来ない。
貴族や騎士、豪商の前でこんなみすぼらしい姿を晒すなんて。とにもかくにも、振る舞いだけでも公女らしくしなければと、エミーを押し倒して床に降り立つ。
「ご、ごきげんよう」
膝を折り、スカートの生地を両手で軽く掴み上げる。社交界では先鋭の挨拶であったカーテシーを用いて、挨拶をする。
「女⁉」
「何奴だ⁉」
騎士たちはイサベルを守るように前に立ち、私に向かって身構える。
「マリア? あなたどうしてここに?」
イサベルは強い口調ながらも顔を引きつらせ、どこかそわそわした様子で言う。
「イサベル様、この娘をご存じで?」
娘? パラディンたちは私のことを言っているの?
まじまじと自分の衣装を見つめる。一年前までの華やかな衣装とはまるで正反対のボロエプロン。さすがにどう見ても庶民の娘。とても公女になんて見えない。
幸か不幸か、パラディンの二人は私の素性を知らない。まぁ、この身なりだし。それこそ、こんな姿で名乗ってトレド家の、お父様の面汚しになるのは許せないわ。どうすれば……。
「マリア、遅かったじゃねぇか。騒がせて悪かったな。こいつはうちの使用人のマリアだ」
使用人⁉ エンリケ、よくも私に向かって……でも、この姿で公女を名乗る訳にも……今回だけは許すわ……。
「なるほど、危うく剣を抜くところでした」
「それにしても、貴殿のその力は?」
騎士たちが言う。
「ああ、俺は魔女との契約により、風の力を手に入れた。これをもって、船を自在に操り、瞬く間にイベリア半島を迂回して見せよう」
「ただの隙間風ですわ。魔女だなんて――」
イサベルの反応、最初の私を見てるみたいだわ。
「イサベル様、魔女は実在します。私は会ったことはありませんが」
「あなたまで、こんな茶番に付き合うのですか⁉」
パラディンたちは信じているようだが、イサベル……少しは公女らしく口を慎みなさいよ。
「魔女ではないですが、私は狼の加護を受けておりまして」
長髪はそう言いながら、右手を持ち上げるとさらに続ける。
「アブドーラ殿、テーブルを一つ犠牲にしますがお許しを」
そして左手を口元に持って行き、祈るような仕草をするとその髪はみるみる白く変色していき逆立つ。その瞳は狼の如く黄色くなり、口元には牙も見える。さらには細身だった体は厚みを増し、筋肉質の姿に変わる。
そのまま右手の拳を振り下ろすと、テーブルは見るも無残に粉々に散る。
「この私とオリヴィエの力を以てすれば勝算はありましたが、唯一の懸念だった移動手段。エンリケ様、よろしく頼みます」
「なるほど、こいつぁたまげたな。これが噂に聞く「狂人オルランド」ってやつかい」
「お恥ずかしい限り。ですがこれを以てしても、陛下のご無事を確かめることも叶わず……」
「ちょっと待ってよ……陛下の無事って、シャルルマーニュ陛下のこと? 一体どうなってるのよ⁉」
私は思わず口に出してしまう。だっておかしいじゃない⁉ 十二勇士なのに、たった二人。そして肝心のシャルルマーニュ陛下はいない。タイムリミット? 両国が消滅? 一体イスパニアとフランクに何が起きているのよ⁉
「マリア嬢、なぜ陛下をご存じなのですか?」
「と言うことは、あなた。ただの使用人ではないですね?」
私の言葉を聞いて、再び騎士たちは私を睨みながら鞘に手を当てる。
「お待ちになって。このマリアの身の上は私も保証致しますわ」
「ちょいとマリアは酔っぱらってるようだな」
「言われてみれば確かに、マリアさんからお酒の匂いがしますね」
「イサベル、奥の部屋でマリアを介抱してやってくれ。こっちの話はもう終わる。一時間後に出航だ。それまで頼むよ」
「まったく、仕方ないですわね。さぁマリア、こっちにいらっしゃい」
エンリケに頼まれたイサベルは、私の手を取って奥の部屋に連れて行く。さっきはあんな態度したくせに、どういう風の吹き回しよ。
「はぁ、全く。まさか潜入してくるなんて、あなたって人は――」
「何よその言い草! 何がどうなってるのよ? なんの話をしていたのよ? イスパニアはどうなってるのよ⁉」
部屋に入ると、私を見て呆れ気味に言うイサベルに、私の我慢は限界を超え、質問を畳み掛ける。
「仕方ないわね。簡潔に言うと、イスパニアは無くなったのよ」
「――無くなった⁉」
どういうこと?
「それどころか、イベリア半島はムスリムとサラセン人たちの支配下。レコンキスタはなかったことになっているの」
「……どういうこと?」
「……だから私たちはもう公女でもなんでもないの。あなたも、自分の身を案じなさい。フランクにでも亡命して――」
「待ってよ! お父様は? リシャールは⁉」
「それは……」
急に言葉に詰まるイサベル。これって何? 深刻な事態にでもなっている訳?
「悪かったなイサベル。あとは俺が話す」
エンリケが扉を開けて入ってくる。
「マリア。お前の父君、ガルシア・アルバレス公はいない。というか、存在していない」
「え……」
「エンリケ、いくらなんでもそんな言い方!」
「悪いがイサベル、どうせいつか分かるんだ。ついでに言うと、お前の婚約者リシャールも――」
パチンと乾いた音が響く。音のほうを見ると、イサベルがエンリケの頬を叩いていた。
「デリカシーがなさすぎるわよ! 出て行きなさい!」
「――へいへい」
イサベルはエンリケに激しく言うと、渋々と言った顔でエンリケは出て行った。
二人きりになると、呆然とする私をイサベルは強く抱きしめて言う。
「ごめんなさい。どうしてもあなたに告げることが出来なくて。本当に、ごめんなさい……」
「本当に、お父様……リシャールは……」
「ええ……」
それは十分過ぎるほど重い
卒倒しそうになる体をなんとか気力で支え、真剣な面持ちで続けるイサベルの言葉に耳を傾ける。
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