第十六話 謎会議

 かつてフランク最高の王と名を遺したシャルルマーニュ陛下。そしてそれを取り巻く十二勇士。

 誰でも知ってる有名人だけど、歴史上の人物よ? さすがに私の聞き違いよね……。それならこの二人は一体誰なの?

 イサベルの両脇を固めるストレートの長髪と、カールしたセミロングの男たち。髪型こそ違えど、共に威風堂々とした佇まいは、それがただ者でないことを感じさせる。

 シャルルマーニュの十二勇士と呼ばれるパラディンたちは、かなり屈強だったと聞き及んでいる。さっきの話の内容からすると、この二人がそのパラディン? いくらなんでも、それはさすがに……まさかね。

 彼らはイベリア半島にイスラム王朝が君臨していた、国土回復運動レコンキスタ前の歴史上の人物たち。十二勇士の名が示すように十二人いるはずのパラディンなのに、目の前には二人だけ。

 第一、どうしてここセウタに? イサベルはどうしてこの席に……。

 ともかく、何かが起きているのは間違いないわ。セビリア前もあんなだったし。だとすれば、これは国家の根幹に関わるような重大な会議の場?

 まだまだ分からないことだらけであるけど、ここにそれぞれ国王の姿が見えないことを鑑みれば、その考えも一応の辻褄つじつまが合う。それならどうして――まぁ、百歩譲って私と同じイスパニア公女と言う立場のイサベルは分かる。分からないのはエンリケよ。それこそ、あんな野蛮人がどうしてここにいられるのよ!


「――どうやら、ことは思ったより深刻なようですわね」


 イサベルが口を開く。

 現状を理解するため、ちょっとこのまま様子を見ましょう。


「ええ。僕らも今ようやく合点がいきました。どうやら、これは単にイスパニアとフランクの問題ではなさそうですね」

「まったくもって。アブドーラ殿の密告がなければ、危うく全面戦争になるところでした」


 騎士たちが話す。


「んでもさ、セビリアは海賊に封鎖されてたし、どうやって行くよ?」


 エンリケめ、本当に礼儀のなってない口の利き方だわ。育ちの悪さが思い切り出てるわよ。


「それについては、やつらの息がかかっていない地域がありまして。フランクのトゥールとポワティエと言う街の間からならば」


 アブドーラが言う。


「そこは手薄なのか?」

「ええ。来週までは」

「来週?」

「来週にはそこにやつらの本隊が合流します。それまでにそこを南に抜けることが出来れば、あるいは」

「なるほどねぇ、その本隊と入れ違いになるってことかい。んで、そのあとは?」

「ピレネー山脈を越えます。敵もよもや山を越えてくるとは思わないでしょう。そこからグラナダに向けて、一気に奇襲を仕掛けることが出来れば」

「へぇ、見た目と違って結構考え込んでるじゃねぇか。こりゃ面白いな」


 エンリケ……いくらなんでも直接そんなこと。アブドーラに対して失礼よ……。


「――それがうまく行けば、相手の本隊はフランクへの遠征で、グラナダは手薄かもしれないですわね」


 イサベルめ、何を国の代表面して意気しゃあしゃあと……ん? グラナダ? イスパニアじゃない。グラナダに攻め込むってどうして? それにフランクへの遠征? どういうこと? イスパニアとフランクが戦争? まさか。だって……そんなことになったら、私とリシャールはどうなるのよ⁉


「この作戦自体はイサベル様がご納得のように、よく出来たものなのですが――」


 長髪の騎士が言う。


「一つだけ根本的な問題がありまして……」


 セミロングの騎士が続ける。


「タイムリミットが来週まで、つまりあと三日と言うことです。誠に遺憾ではありますが、この戦力でやり合うには……他の案が浮かびませんで……」


 アブドーラは悔しそうに言う。


「まさに机上の空論、と言ったところですわね。でもどうなさるの? 両国が衝突して亡ぶのを、まさか指を加えて見守るおつもり?」

「俺は好きだぜ。こういうぶっ飛んだ話は」

「あなたもそうですわよ。さっきからまるで他人事のようですが、西ゴートだってここには――」

「生憎、俺はまつりごとには全く興味はない」

「なんですって? 国を取り戻すためなのですわよ⁉ あなたそれでも西ゴートの――」

「だが、やつらの勝手な野望で、故郷を好き勝手にされるのはかんに障る」

「そうは言っても、何か代替案はありますの?」

「そんなもんはない。この作戦をそのままやりゃいいだろ?」

「だから、三日でどうやって? 一番近い港街でもナントですわよ? イベリア半島を迂回するだけでも裕に一週間以上かかりますわ。いくらなんでも」


「そうなのです。そこがクリアできないと、この作戦はイサベル様の言うように机上の空論のままに」

「問題ない。俺が運んでやる」

「は? 何を言い出すかと思えば、いくらあなたのご身分が――」

「そうですよ、エンリケ様。もちろん、やつらを討伐の暁にはイベリア半島に建国すると言う話、我らウマイヤ朝は喜んで協力しますが……さすがにそれは無理なんじゃ……」


 アブドーラも見かねたのか、ついに反論する。その前にこいつの口の利き方をどうにかするべきなのよ。

 というかイベリア半島に建国って何? 私だけ、これがなんの作戦なのか分かってないんですが……。


「幸か不幸か、俺には人知を越えた力があってな。風の魔女の力だ」

「魔女⁉」


 なぜか騎士たちはその言葉に大きく反応する。


「魔女ですって⁉ しばらく国を空けていたと思えば、とんだペテン師に成り下がったようですわね」

「いや、でもイサベル様。ネロの野郎もおかしな術を使ってましたし、あながち嘘じゃないかもしれませんよ?」


 アブドーラは言う。

 ネロのおかしな術? なんのことかしら?


「いや、魔女には私も心当たりがあります。エンリケ様、それが本当か証明できますか?」


 長髪の騎士は魔女と言う言葉に真顔で反応し、エンリケに問う。


「もう、あなたたちにはついていけませんわ! イスパニアは私の名のもとに別の道を――」

「おいおい、イサベル。独断で決めていいのか?」

「――なんのことです?」

「今見せてやるから。よぉく見てろよ」


 エンリケはそう言うと、椅子から立ち上がる。

 また何かバカなことをするのではないかと、私は身構える。エンリケはそんな私に視線を送りながら指をくるりと回す。私の体に風が絡み、纏っていたトーブが捲り上がりそうになる。


「ちょっと、エミー。あなたも手伝ってよ!」


 そうはさせまいと、必死に生地を掴みながら、エミーに協力を求める。


「エミー⁉」


 返事のないエミーの顔を覗き込みながら、再度呼びかける。

 ちょっ!?

 肝心のエミーはすっかり出来上がって寝ている。

 なんて娘なの? 器用にも立ったまま、よく寝れるわね⁉

 一気に気が抜けると、トーブは風にさらわれ、そのあとにはボロエプロンに身を包む私の姿があらわになる。

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