第十五話 酒乱でGO

 エミーは夜の街を一直線に走り抜ける。


「おい、なんだありゃ? 女が宙に浮いてるぞ⁉」


 すれ違う人たちは私を見て驚く。それはそうだろう。幽霊のエミーは彼らには見えない。つまり私が浮いたまま、街の中を駆け抜ける様しか映らないのだ。


「ね、ねぇ、エミー。ちょっとやりすぎじゃないかしら? ほら、民衆が騒いでるわよ?」

「公女たるもの、ほんなほと、気にしちゃいへまへん」


 全く聞く耳持たないわ……。それにしても、私を抱えて……エミーって意外と腕力あるのね。まぁ、それだけ私が軽いってことか。なんたってこのスタイルですもの。

 一瞬自信を取り戻しそうになるが、民衆の視線と自身の纏うボロの服を見て、すぐさま意気消沈する。


「迷わず進んでるけど、エンリケたちの居る場所、分かるの?」

「大丈夫へふ。エンリヘ様の残り香がありまふのへ」

「へぇ……犬の鼻みたいに便利なものね」


 突然エミーの足は止まり、私をそのまま地面にドサっと落とす。


「いったぁぁぁい。急に何するのよ、エミー!」

「犬とはなんへすか、犬とは!」

「え?」

「あはしは、犬より、猫が好きなんへす! そりゃ、犬もかわいいへすよ? でも、猫派なんへす!」


 エミーは泣きながら怒っている。分からない。怒りのツボが分からない……。怖いよ……酔っ払い、怖いよ……。


「ご、ごめんなさい。そうよね……猫、かわいいわよね……」

「わはればいいんへす」


 エミーは再び私を抱きかかえると、走り始める。

 民衆にこの姿を見られる羞恥心、酔っぱらったエミーへの恐怖心、そしてずっと夜風に当たっているせいで、私の酔いはすっかり覚めていく。

 そして間もなく、エミーの足は止まる。


「ここへす」


 その言葉を聞いて正面を見る。大きなドーム型の屋根。角度をつけた奥行きのある外壁。そしてどっしりと構える大きな門。

 グラナダで見たモスク、いや宮殿のような佇まい。ただの宴ってのも怪しいわね。ここで何を?


「さ、どうぞ」

「いや、どうぞったって、呼ばれてもないのに……」


 アブドーラは言っていた。大事な客人がいると。まさかイサベルのことじゃないでしょうね? 例えそれが誰であっても、そう言った席に私は場慣れしてはいる。だけど、なにしろその場にふさわしい衣装がない。さすがに私だって押し入るのは躊躇するわ。


「んもう、マミア様にひどいほとをしたやつらを、ぶっ飛ばすんへすよ!」


 言動が完全にテロリストのそれだわ……。

 すかさず、エミーはけたたましく門を叩き始める。


「ほら、あへなさい! マミア様がきまひたよ!」

「何者だ⁉」


 正門奥の屯所の門から、衛兵らしきカトラスを携えた人物が複数出てくる。


「おかしいな、誰もいないぞ?」

「ここにいるへしょ! 待ちなはい!」


 私はボロエプロンで全身を覆い、壁と一体化することでどうにかやり過ごす。エミーは堂々と門の前にいるが、もちろん彼らには見えていない。


「あんたバカでしょ! なんで堂々と正面から入ろうとするのよ!」


 衛兵が戻ると、私はエミーに向かって小声ながらも強い口調で叱る。


「だって、エミー様の役に立とうと思っへ……」


 エミーは泣き始める。

 今度は泣き上戸? もう、泣きたいのはこっちよ。もはや主語も私じゃなくなってるじゃない。ほんとめんどくさい娘だわ。

 ――ん?


「エミー、そこの扉から屯所に入って、トーブとターバンを調達してきてちょうだい」


 私は思いついた。衛兵に変装して中に侵入するのだ。エミーの姿は彼らには見えない。変装さえしちゃえば、そのまま成り済ましてエンリケのとこにいくだけ。やっぱり私って天才だわ。


「トーブ?」

「さっきの男たちの服よ。屯所には予備のものがいくつもあるでしょ。それを持ってきて。ターバンも忘れずにね」


 イスラムの民族衣装、トーブ。足元までまるまる隠せるから、変装にはもってこいね。ターバンで長い髪の毛も纏められるし。


「マミア様ぁ、持ってきまひた」

「ひぃ⁉」


 エミーの声に振り向くと、なんと衛兵を一人引きずってきたのだ。


「ちょっとあなた!」

「大丈夫れすよ。この人、あらしを見たらなぜか驚いて気を失っちゃったのへ」


 お気の毒に、霊感が強かったのね。にしても、いくらなんでも大胆すぎるわよ! 緊張感がまるで感じられないわ。

 そう思いながらも、素早くその身ぐるみを剥がして、トーブとターバンに身を包む。

 うぅん……ちょっと背丈が足りないかしら……。


「エミー、私をおんぶして」


 トーブの中でエミーにおぶってもらい、背丈も他の衛兵と遜色なくなった。完璧ね。


「さぁ、そのまま真っすぐ進んで。門のとこまで」


 移動はエミーの足なので、私は進行方向を指示する。


「そう、その方向。やるじゃない。そのまま真っすぐ。あ、そこで止まっ――」


 思いのほか速足のエミーに制止の指示が間に合わず、私はドアに頭を打ち付ける。


「いったぁぁぁい。エミー、ちょっと速すぎるわよ!」

「だっへ、見えないんへすもの」


 仕切り直してドアを開け、中に入る。

 思いのほか衛兵の数が多いわね。ここまで警備を固めるってことは、ここにいる客人ってのは相当位が高いのかしら。


「ん? お前見ない顔だな。新入りか?」

「え⁉ ははっ! わた……拙者は新参者でござる!」

「変な訛りのあるやつだな。声も女みたいだし」

「はっ! 流行り病で、喉がやられてしまったでごわす!」

「流行り病⁉ いや、すまん。ちょっと失礼」


 急に話しかけてきた兵士は、逃げるように去って行った。勝手が分からないなりに、うまくいったみたいね。

 うぅん。ここからどこに向かえばいいのかしら? 屯所からは通路が四方に続いていた。まるで迷路のようなその分かれ道をどう進むべきか考える。あ、そうだ、エミーに匂いを嗅がせればいいのよ。


「おいお前、何やってるんだ……?」


 考え込んでいた私は壁に突き当たったまま、なおも前進を続けていた。

 しまった、指示を受けていないエミーは壁に当たっていることも知らず、前に進み続ける。


「はっ! これは――」


 目の前で話しかけられてるので、エミーに指示を出すこともできない。


「お前、なんかおかしいな?」


 やばい、ここまで来たのに、バレちゃう……。


「手の空いてるものは、議場の護衛を固めろ。正門で騒音があったようだ。侵入者がいるかもしれん」


 兵長っぽい人物が来て、みなに命令する。正門の騒音? きっとエミーのあれね……。まぁ、わざわいを転じて福と為すね。今のうちに。


「エミー、ここから右に。そうそう、そのまま真っすぐ」


 ざわざわと動き出す人の波に乗って、私たちは広間へ向かう。奥の部屋には、テーブルに座するドルマンの端が見える。あれはアブドーラの着ていた――。


「よし、お前は入口の内側に立て」


 その部屋の前に来ると、年配の兵士に中に入るよう指示される。

 これはラッキーだわ。

 広々とした部屋の中心の手前と奥に、長いテーブルが並べられていた。その手前側には見慣れた後ろ姿があった。

 エンリケとアブドーラ。

 さらに奥のテーブルには三人の姿がある。その中央には小憎らしいイサベルが座っている。なによ、なんであの小娘が真ん中に堂々と座ってるのよ。

 そしてその両脇を固める二人。剣を携えるその姿から見ると騎士なの? 艶のある黒い長髪の男。そして茶色でカールしたセミロング髪の男。誰? イサベルの周りにあんな人たちいたかしら?


「――なるほど、よく分かりました。やはりセビリアは封鎖されていましたか。ならばこちらの十二勇士の二人と共に――」


 イサベルが口を開く。……え? 十二勇士って言うとフランクの? するとこの二人はパラディン? つまり……あの、歴史で習ったフランク国王シャルルマーニュ陛下の⁉

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