第十三話 ネロとの遭遇
「ほら、早く謝りに行きなさいよ」
「……なんで俺が行かないとならん?」
「なんでって、あなた責任者でしょ? 船長でしょ? 部下の失態は、あなたの責任でしょ?」
「お前こんなときだけよくも――」
「おい、全員動くな!」
言い合いしているうちに、タラップを掛けて海賊たちが船に乗り込んできた。
「お前、俺たちが誰だか知って船をぶつけてきたんだろうな?」
大きな二角帽を被った海賊は、エンリケに剣の刃先をちらつかせて言う。見たところ船長のようだけど、体に対してやたら帽子がでかすぎるわ。背は私より低そうね……まさか、身長を高く見せるための帽子?
「いやぁ参ったよ。イスパニアの艦隊にハチの巣にされかけてさ。渡りに船だねぇ」
「は? イスパニア? 何言ってんだお前、バカかよ?」
エンリケの言葉に、海賊たちはみな大笑いする。なぜだかエンリケもその輪に加わる。
「お前が笑うんじゃねぇよ!」
「いやなんか、楽しそうだからさ。なんだよ、ダメなの?」
「ダメなのじゃねぇよ! お前自分の立場分かってんのか⁉ このスカタンが!」
「ちょっとエンリケ、相手は刃物を持ってるのよ? 少しは慎重にいきなさいよ」
私は海賊の持つサーベルの刃先をつまみながら、エンリケに言う。
いくら魔女の力があっても、相手は十数人はいるもの。危険すぎるわ。
「そうだ! この嬢ちゃんの言う通りだ、マヌケが!」
「あ、あれ? 私が……見える?」
「あぁ、よぉく見えるぜ。よもや海の上で、こんな可愛らしい嬢ちゃんに会えるとはなぁ」
「ちょっとエンリケ、刻印はどうなってるのよ⁉」
「ん? これは大砲避けの刻印だから、姿を隠すのとはまた別物」
「先にそれを言いなさいよ!」
「そうだぞマヌケ野郎! 先に言え! よしお前ら、この嬢ちゃんは客人として丁重に船に案内しろ」
私は二人の男に挟まれ、腕を掴まれる。
あぁもう最悪。エンリケもそうだし、この海賊も絶対アホだわ。
「エンリケ! 連れていかれるでしょ⁉ 早く助けなさいよ!」
「ん~そうだな。じゃあその娘をやるから、お前たちの帆をくれよ」
言うだけ無駄だった。このクソ男が。
「帆、だぁ? おいおいおい。本当のマヌケかよお前。冗談はその尖った耳と牙だけにしろってんだよ、なぁお前ら」
「全くでさぁ」
またもや海賊は笑いだす。
そりゃそうよ。たかだか船の帆と、この知性と美貌を併せ持つ公女の私が等価交換? ふざけるのもいい加減にしなさいよ!
「お前のでかすぎる二角帽も、冗談みたいだぞ?」
「なんだと……貴様、俺の帽子にふれやがったのか⁉」
「待ってくだせぇお頭、この状況下でこの余裕。ちょいと変じゃありやせんか?」
海賊の一人が船長に耳打ちする。
「変? そうだな、まさかこのネロ様の恐ろしさを知らねぇとはな」
「いや、そうじゃなくて。もしかしたら、下に武装した船乗りが大勢いたりして?」
「お前、中々鋭いじゃねぇか。俺様もそう思ってたとこよ。やいお前ら、すぐに船内を調べろ!」
このネロって船長の声が大きいので嫌でも耳に入ってくる。本当のバカだわ。絶対にこんなやつの船に乗るものですか。
それにしてもエンリケめ。私をなんだと思ってるのよ!
「お、お頭ぁぁぁぁ!」
数分後、海賊たちは慌てて船倉から駆け上がってくる。
「ん? どうしたんだ、お前ら」
「ひ、人魂……お化けですぅぅ!」
すると体の周りに人魂を浮かせながら、セバスチャンがゆっくりと歩いてくる。
「ちょ、待ってくれ! 俺たちはまだ駆け出しなんだ! あんたなんか知らねえし、人を殺したことだって、まだ――」
ネロは青ざめた顔で、必死にセバスチャンに取り繕おうとする。
「マリア様ぁ! 怖かったですぅぅ!」
エミーもそのあとから、全力で私に駆け寄る。そのまま勢い余って、私と激しく衝突する。私の体は吹き飛ばされ、マストに当たる。
「ちょっとエミー! いきなり痛いじゃない!」
「すみません……怖さの余り、つい……」
私がぶつかった衝撃でマストの見張り台から骸骨たちが甲板に落ちる。
「が、が、が……骸骨⁉」
落ちた骸骨たちを見ると、さらに慌てて自分たちの船に駆け戻ろうとするネロたち。エンリケはすかさず風を起こして、タラップを外し、やつらの逃げ道を塞ぐ。
「ちょっと君たち。話の途中だってば」
「お、お頭……。この男もよく見ると、この耳と牙は……」
「ひ、ひぃ……きゅ、吸血鬼⁉」
「この娘が欲しいんだろ? 代わりに帆をくれよ」
「き、きっとこの娘も、魔女かなんかですよ!」
「むす……お、お嬢さんはけ、結構です……なんでも持って行ってください……」
「あれ、気前いいねぇ。俺は好きだよそういうの。んじゃお言葉に甘えて」
エンリケは指を回すと、海賊たちは一斉に海に飛ばされて行く。
「よし、じゃあジャンとジャックは帆を張り替えろ。ポールはその船をロープで結べ」
どうやら骸骨三人の名前はジャン、ジャック、ポールのようだ。
「ではこの船は有難く頂こう」
「て、てめぇ。名を名乗りやがれ!」
ネロは海面から大声で言う。
「キャプテン・エンリケだ。諸君、サメの餌にならなかったらまた会おう」
「くそぉ、覚えてやがれぇ! エリンギ!」
「お頭、エンリケです!」
ネロは負け犬お決まりの捨て台詞を吐く。
帆は張り替えた船はエンリケの力を使って、海賊船を
「エンリケ、あんた本当にいい加減にしなさいよね」
私は舵を握りながら、エンリケの私への扱いに不満を漏らす。
「まぁ、相手の実力は分かっていたからな」
「実力?」
「真新しい船体に真新しい帆。服装も綺麗なままだし、初めて海原に出たような新参者ってのはすぐ分かった」
「だから何よ?」
「船員も十人そこそこだ。何かあっても、お前を守れる自信があったからな」
卑怯者め、ちょっとドキっとしたじゃない。違うのよリシャール、これは唐突で心の準備が出来てなかっただけで。
「それに帆を貰えれば、最悪お前と交換でもいいかなって」
「……」
前言撤回。いつも一言余計なのよ……。
きっとしかめっ面であったろう私は、舵を握りながら水平線の奥に明かりを見つける。
「お、港か?」
「セビリアから、ジブラルタル海峡を抜けた対岸……セウタ。イスラムの港よ」
距離と方角で考えると、そこはセウタ。アフリカ北岸、地中海入口のイスラムの港。
「イスラムか。こりゃ、またドンパチになるかもな」
「ちょっとどうするのよ?」
「決まってる。撃たれる前に着けばいい。全速前進!」
エンリケは風を強め、船はあっと言う間にセウタの港前にやってくる。
「小さな漁船ばかり。軍艦らしきものは見当たらないわね」
「こりゃ拍子抜けだな」
「あなたねぇ……」
残念そうな表情をするエンリケから目を外し桟橋を見ると、大勢の人の姿が見える。
「人が集まってる。やっぱり私たちを迎え撃つ気よ。どうするの⁉」
「まぁまて。ほれ、よく見てみろ」
呑気に言うエンリケに苛立ちながらも、言葉通り見てみる。
大勢の群衆はこちらに向かって白旗を振っていた。
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