第八話 万事休す

「とりあえず奥様と、執事のヨセフさんに見つからなければどうにかなるかと。他のものたちは、私が頼めば見逃してくれると思いますので」

「見逃す?」

「はい、奥様は若い人の魂を吸い取るのです。奥様は生前から、若さに執着しておりました。死んでもなおその思いは途切れることなく、夜な夜な酒場に行っては若い殿方を誘い込んで、その魂を……」

「なんなのそれ! 死人の分際で」


 生きてるとき、よほどロクなこと無かったんでしょうね。それにしても私みたいな美貌溢れる若い娘は危険ね。なんとか少しだけ水は残ってるし、これをその奥様に掛けることができればいい訳よね。


「エミー、それで奥様はどこにいるの?」

「先ほど若い殿方をお連れになったので、地下室にいるかと思います。ご案内いたします」

「え、あなたいいの? 主人を裏切ることになるんじゃ?」

「ご心配なく。殺害された当日、私は解雇されてしまいましたので」

「解雇?」

「はい、私と同じく若い娘の使用人たちは、同日みな解雇されてしまいました」

「なんでそんな」

「私も直接聞いた訳ではないのですが、執事のヨセフさんの判断らしくて。奥様より若い娘はみな」

「なんか、きな臭いわね」

「私以外の娘たちは、みんな屋敷を出た後だったのですが、私だけ荷造りが遅れて、賊の襲撃に巻き込まれてしまって……」


 この娘、哀れと言うか抜けてると言うか、大丈夫かしら……。


「では、こちらでございます」


 エミーの案内に、私は付いていった。


「やぁ、エミー」

「こんばんは」

「そちらのお嬢さんは?」

「奥様のお客様です」

「珍しいね、若い娘さんの客人なんて」


 途中出会った幽霊たちを、エミーはうまくはぐらかせる。それにしても、こんなに屋敷の中に幽霊いたんじゃ、いくら聖水があっても足りなかったわね。結果的にこの娘に出会えてよかったわ。


「この階段の先が地下で……お嬢様、こちらに!」


 エミーは慌てて、私の手を取って柱の陰に隠れた。


「ん? 気配がしたようだが」


 中年の男が周りをちらちら確認する。


「気のせいか」


 そう言い残し、男は屋敷の奥に消えて行った。


「あの人は?」

「彼が執事のヨセフさんです」


 エミーが見つからないようにと、念を押していた男だ。確かに意地の悪そうな眼鏡面していたわ。


「さぁ、今のうちに」


 エミーに手を引かれながら、階段を下りる。


「ここは……」

「地下牢です」


 ただの屋敷なのに、なんでこんなものがと驚く。四つほどあった牢獄の先に、小部屋がある。


「あそこにきっと奥様が」


 エミーは小声で言うと、ゆっくりと私の手を取りながら歩く。


「よぉ、マリア」

「きゃぁ――」


 急に声を掛けられ、びっくりして叫び掛けた私の口をエミーが抑える。危なかった、エミーに感謝ね。そして恐る恐る、声の先に目をやる。


「おいおい、そんな幽霊を見るような顔するなよ」

「あなた、どうしてここに⁉」


 牢獄の一つの中にエンリケがいた。


「いやなに、色々あってな。ちょいとその奥の部屋から、鍵を取ってきてくれ」

「冗談じゃないわよ。呆れた。へこへこ女の人についていった結果が、この有様?」

「まぁそう言うなって。とっておきの情報だってあるんだ」

「あらそう? おあいにく様。私もとっておきの情報持ってますので、間に合ってます」


 冷たくあしらうと、エンリケは顔をしかめる。当然よ。私をほっぽり出して、呑気にこんなとこで捕まって……。あれ、エンリケは確か酒場の女性に付いて行って――って、もしかしたら。


「その情報っての、言うだけ言ってみなさい」


 私が言うと、エンリケの顔に笑みが戻った。


「聞いて驚けよ。俺を酒場で誘ったマダム。なんとこれがこのお屋敷の若奥様だったのよ。それで、さぁこれから楽しもうってとこで――」

「あらそう、よかったわね。じゃあ私は先を急ぎますので」


 冗談じゃないわよ! なんで私があんたの色恋話を聞かないといけないのよ!


「ちょちょちょ、待て待て!」

「ご勝手にすればいいわ! あなた得意の能力で出ればいいじゃない! さぁいくわよエミー」

「あ、はい」


 ぶっきらぼうに言うと、エミーを連れて奥の小部屋に入った。


「お嬢様、お静かに」


 勢いよく入ったはいいが、そうだここには屋敷の主、奥様がいるんだった。迂闊うかつに物音を立てる訳にはいかない。エミーに言われて思い出した。いささか冷静さを失ってたわ。

 ゆっくりゆっくりと進むと、小部屋の奥にもう一つ扉が見えた。その向こうからは、何やら女性のすすり泣く声が聞こえる。


「エミー……これ、幽霊とかいるんじゃないかしら……」

「お嬢様、私が既に幽霊なのですが」


 そ、そうね。ちょっとだけ恐怖を感じて取り乱してしまったわ。仕方ないじゃない、私だってか弱い乙女なんだから。


「この声が奥様なの?」

「そうでございます」


 なんなの⁉ すすり泣くとか、恐怖以外のなにものでもないわ。でも大丈夫、私にはエミーも付いているし、聖水だってまだ少し残って……あれ?


「どうかされましたか、お嬢様?」

「水筒がないの」

「――え?」

「もしかしたら、さっきあいつと話したときに置いてきちゃったかも」


 危ない危ない。いざ幽霊と対面してからじゃなくてよかったわ。とにかく早く戻って水筒を持ってこないと。

 振り返って牢部屋に戻ろうとしたとき、壁に掛かった鍵の束を見つけた。

 これって牢の鍵かしら? ったく、仕方ないわね。あのバカに恩を売っておいてもいいか。

 自分で言うのもなんだけど、私ってなんて優しいのでしょう。若さに美貌、地位も名誉もあって頭脳明晰、加えて優しいなんて、非の打ちどころがないじゃない。私は自画自賛しながら、エンリケのもとに戻った。


「おぉ、やっぱり来てくれたか」

「勘違いしないでよね。水筒を忘れたついでよ。でもこれで恩は売っておくわ」


 そう言いながら、牢獄の鍵穴に鍵を差し込む。


「早くしてくれよ」

「黙ってなさいよ。いくつも鍵があるから大変なのよ」


 鍵は回らなかった。束になった鍵がいくつもあるので、正解を探すのも一苦労だ。


「そうそう、ここに水筒があったでしょ? 私が持ってたやつ」

「水筒だぁ?」


 また別の鍵を試しながら私は聞いた。


「だいたい鍵なんかなくても、自力で抜け出せるんじゃないの? あなた魔女の呪いがかかってるんでしょ?」

「俺は呪いじゃなくて契約。それも風の魔女だ。残念ながら風を使った能力しか使えん。それより急いでくれよ」


 そう言いながら、エンリケはおいしそうに水を飲んでいた。


「――ちょっとあなた、それ……」

「ん? あぁ悪いな。全部飲んじまった。喉が渇いたのか? 残念、外まで我慢だな」


 この男、私の置いていった水筒の聖水を飲み干してしまった。


「なにしてるのよあんた!」


 私は声を荒らげた。それはそうよ。大事な聖水を飲み干すなんて。まぁ半分以上は私だけど。


「誰かいるのか⁉」


 階段のほうから男の声が聞こえた。


「お嬢様、ヨセフさんです! 早くこちらに」


 エミーに手を引かれ、私たちは慌ててまた奥の小部屋に入った。


「あの方に見つかったらおしまいです……」

「エミー……」


 私たちは小部屋の隅に身を寄せる。後ろの部屋には奥様がいるし、前からはヨセフが迫っている。この部屋に隠れる場所などない。エミーの尋常じゃない怯え方。これは本当にやばいのかも。

 そして部屋の向こうの足音は扉の前で止まった。もう入ってくる。

 ドアノブがガチャっと回る。いよいよ万事休すね……。

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