第六話 祈祷師ルイザ

 街に着くと宿を手配した。セバスチャンに任せて、目立つ骸骨船員たちは部屋に閉じ込めた。

 私とエンリケは、街で情報収集を始める。

 エンリケの目的は、新しい船の調達。私の目的は社交界から離れていたここ一年、特に母国イスパニアやリシャールの情報。

 そして情報と言えばここ。私たちは酒場に入った。


「ラムを二杯くれ」


 エンリケは深く被ったフードの中から、小銭を出して注文した。


「さてと、これで本当に無一文になった訳だ。かんぱぁい」

「乾杯じゃないわよ⁉ あなた気は確か? お金なくてどうやって船を調達するのよ!」


 笑って言うエンリケに腹が立ち、私は語気を強めて言う。まぁ船が無くなったのは、私のせいなんだけど……。


「だって、ないものはないからなぁ。まぁ、ここなら仕事の話もあるかもしれないし」

「なんて楽観的なの? 呆れた。あなたが昔、どこぞのボンボンだったか知らないけど、ここまで計画性のない男なんて初めてよ!」


 私が更に立腹していると、見知らぬ女が話しかけてきた。


「あら、素敵な殿方。どう? 今晩私空いてるわよ」

「悪いな姉ちゃん。生憎俺は今、文無しだ」

「なんだい、貧乏人かい。ふん」


 態度を急変させ、女は立ち去った。

 見た感じ娼婦だろうけど、怖い。だって、一緒の席に女の私がいるのよ? それで普通話しかけてくる? 別に嫉妬とかじゃなく、所構わぬその所作に、私は恐怖を感じた。


「あんちゃん、金がないならそこのマダムなんかいいぜ」

「マダム? ほう、あれか?」


 今度は、話を聞いていた隣の酔っ払いが話しかけてきた。


「なんでもな、夜な夜な男を漁りに街中の酒場に来るんだけどよ、どっかすげーお屋敷の女主人みたいでさ、かなり羽振りはいいらしいぜ」

「これはいいことを聞いた。恩に着るぜ、おっちゃん」

「なぁにいいってことよ。だが気をつけな。噂だと、あの女と一緒に行って、帰ってきたやつはいないって話だ」


 ますます怖くなった。なんなのここは。無法地帯なの? 秩序はどこにいったの。


「マリア、ちょっと仕事してくるから、適当にやっててくれ」

「は? あんた正気? さっきの話聞いてなかったの? 怪しさ満点じゃない!」

「なんだ、俺の心配してくれてるのか?」

「そういうのじゃないですから。さっきの噂話よ」

「あんなもん。帰ってきたやつがいないなら、屋敷がどうとか羽振りがいいとか、誰が噂を立てるんだよ?」

「まぁ確かに……」

「じゃ、そういうことで」

「あ、ちょ――」


 奥の女性のほうに行ってしまった。

 私は公爵令嬢よ。普通一人にする?

 エンリケはその女性と談笑すると、一緒に酒場を出て行ってしまった。

 信じられない! こんな若くて綺麗で性格も……若くて綺麗な女を置いていく⁉

 ぶつぶつ文句を言いながら、あいつの残したラム酒も一気に飲み干す。

 そしてヨハンナの言葉を思い出し、酔っぱらった勢いでさっきのおじさんに聞いた。


「あの、この辺で「ルイザ」と言う女性はいるかしら? 祈祷師やってるらしいのだけど」

「ルイザ? そんな名前、五万といるからなぁ」

「お姉さんが「ヨハンナ」って言って、危ない船の中で暮らしてるの」

「んなこと言われてもなぁ。おい誰か! ルイザって祈祷師知ってるか?」


 おじさんは周りの客に大声で聞く。貴族の私には、とても恥ずかしかった。


「祈祷師ってシャーマンだろ? ここらでそういったのと言えば、あれじゃないか? モスクの反対側の」

「あぁ、あのボロ屋か」

「名前は分からねえけど、そこが確かそんなのやってたぜ」

「ありがとうおじさん、みなさん。モスクはどこにあるの?」

「酒場を出て、道なりに北に向かったところだ。ただ、夜道に若い女一人じゃ危険だぞ」


 このおじさん分かってるじゃない。そうよ、危険なのよ。なのになんで、エンリケめ。


「ご安心ください、マリア様。わたくしがご同行いたしましょう」

「セバスチャン!」


 渡りに船とはこのこと。急に周りが明るくなったかと思ったら、セバスチャンが来てくれた。


 酒場を出てモスク方面に向かう。道中確かにガラの悪そうな男たちもいたけど、なぜだか私を見ると、驚いたり怯えた様子になって誰一人近寄ってこない。思いのほか明るい夜道を歩きながら、セバスチャンは聞いてきた。


「ところで、坊ちゃんはどうされました?」

「えと、仕事が入ったみたいで」

「さようでございましたか。さすが我が主。どのような状況でも、勤勉さをお持ちでいらっしゃる」


 感激するセバスチャンであった。これはエンリケではなく、セバスチャンの為に真実は言わない方がいいと思った。


「ここがモスクのようですな」

「グラナダにあるのと同じ感じね。えぇと」


 そう言いながら教会の向かいを見ると、一件明かりの点いたボロ屋があった。


「きっとあそこよ」


 そう言ってその家に近寄る。看板は特に出ていない。


「ごめんくださぁい」


 セバスチャンを入口に待たせて恐る恐るドアを開けると、中に猫を抱いた一人の黒人女性がいた。


「何か御用でしょうか?」

「すいません、ここにルイザさんっています?」

「ルイザは私ですが」


 ビンゴ! ヨハンナはきっと力になってくれるって言ってたけど、どういうことかしら?


「あの、祈祷師のルイザさんですよね?」

「はい」

「ヨハンナさんの紹介で」

「姉の? ――お引き取りください」

「え?」


 ヨハンナの名を出すと、彼女は態度を豹変させる。なんか話が違うんですけど……。


「いや、だって……おばさんはルイザって人が、きっと力になってくれるって」

「あんなどうしようもない、姉の話を信じてるのですか⁉ 家族を捨てて、家を出て行ったあんな人の」


 状況は深刻そうだった。考えてみれば力になると言っても、一体なんの?


「申し訳ありません。老婆心ながらお見受けしたところ、あなた様は以前、コロン提督の従者の家に仕えていた姉妹と存じ上げます」

「あなたは――よく、ご存じですね」


 急に明るくなったかと思ったら、入口にいたセバスチャンが私たちの話を聞いて、割って入ってきたのだ。気のせいか、ルイザは少し驚いた表情をしたようだった。


「えぇ、コロン提督は冒険好きな我が主の盟友でしたので。従者同志、わたくしも個人的に、あなたの主人と親交がありましたので覚えております」

「では、あなたはエンリ――」

「さようでございます。現在特殊な状況下にあるため詳細は話せませんが、どうかその名前は伏せて頂きたい」


 あれ、今ルイザは何を言おうとしたの?


「――承知しました。あなたを信じます」

「感謝いたします。ではご紹介しましょう。こちらの貴婦人、イスパニアのアルバ公女、マリア様でございます」

「なんと、マリア様がご存命⁉ マリア様、これまでのご無礼、謹んで謝罪いたします」

「あ、いや。そんなかしこまらないでいいわよ」

「そんな訳には参りません。アルバ公令嬢となれば我が主も同然。なんなりと、処分は甘んじてお受けいたします」


 そう言ってルイザは、深々と頭を下げ続る。


「いえ、本当頭を上げて。同じ姉妹なのに全然違うわね。ヨハンナなんてしょっちゅう、私を箒で小突いてたのに」

「なんと⁉ 姉のご無礼、そちらも代わって私が罰をお受けいたします」

「だからそういうんじゃないって! じゃあ、処分じゃなくてお願いを聞いて。私たち今、船が必要なの。どこかで、船を手に入れられるような話はないかしら?」

「船……そういえば丘の上のお屋敷の依頼で、報酬が船一隻と言うものがありました」

「それよ! どんな依頼?」

「簡単に言えば、幽霊退治です」

「え……?」


 ルイザの話によると、その屋敷は数年前の賊の襲撃で、家主と使用人たちが惨殺され、今は空き家なのだそうだ。だが先日突然匿名で、その屋敷の幽霊退治を依頼されたという。封書には依頼書と、署名されていない船の権利証が入っていたという。


「でも幽霊退治なんて、どうやって……」

「除霊だけなら、私ができなくもないのですが。その屋敷の霊はかなり警戒心が強く、先日私が向かいましたところ、逃げ隠れされてしまい見つけることが出来なかったのです」

「私なんてそもそも、最近までそういうの全く信じてなかったくらいよ。今までだって見たことないもの」


 そう言いながら、私はルイザの抱いている猫を見た。さっきから全く鳴かない静かな子だと思って。それを見たルイザは、不意に私に聞く。


「マリア様、今ここに誰が見えますか?」

「え? あなたと私?」

「他には?」

「他にって、あとはセバスチャンとあなたの抱いてる猫くらいよ」

「⁉」


 私がそう言うと、ルイザは驚いた顔をする。


「これが見えるのですか?」

「いや普通に見えますけど。ねぇセバスチャン」

「マリア様、申し訳ございません。その猫は……」


 え、なにこの反応。どういうこと?


「マリア様。ちょっと失礼いたします」


 ルイザはそう言って私の頭上に手をかざして目を閉じ、何かを念じ始める。


「お喜びくださいマリア様。幽霊退治、道筋が見えました」

「はえ?」


 きょとんとしている私を見て、ルイザは笑顔でそう言った。

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